第228話 英雄の墜つる時
圧倒的に優位な漆黒の機体。
攻撃と口撃の際に生まれた隙に乗じ、
狙い定めたのは――
「……え? クオン、さん? 」
実質ロックオンを悟らせぬ攻撃は、その一筋の線条でさえかわし切るは困難を極める。
それが集中砲火となれば、回避は絶望的であった。
回避が絶望的な攻撃に、先鋭機が晒された。
それはつまり
故に英雄は飛んでいた。
大切な存在を奪われる訳には行かないと。
それこそが、漆黒が漏らした消えぬ弱点であろうと……少女の元へと飛ぶしかなかったのだ。
時が停止した様な一瞬の静寂の中、遅れて無数の爆轟が宙域を包む。
だが、
それでも――
双光の少女の、双眸へ写り込んだ悲劇を、回避する事は出来なかったのだ。
「クオ、ンさん? クオンさ……嫌……嫌ーーーーーーーーーーーーーーーっっ!! 」
双眸見開く少女は目にしてしまう。
己が共に歩むと誓った英雄が、
愛おしき者が、死の刃の餌食となる瞬間を――
「……ぐぼはっっ!? 」
それと同時に、漆黒の機体内でも異変が生じていた。
今まで
『ヒュビネット隊長! それ以上は……! 』
『ああ、今日はそれで打ち止めだ、隊長殿。機体は兎も角、貴君の身体が限界だろう。』
「くくっ……余計な気遣いを。だが上限は見極めた……これ以上の戦いは――」
機体の異常より重篤な、パイロットへ伸し掛かる身体負荷が漆黒の攻勢へ待ったをかけていた。
同行し成り行きを見守る狂気の狩人が、悲痛の叫びを上げ、兵器狂いがテスト中断を申し出る。
それが響くや攻勢を解き、惜しむ様に撤退を思考した漆黒。
そこへ……重なる二つの咆哮が叩き付けられた。
『……にしやがった! クオンさんに、何をしやがった!この漆黒がーーーーーーっっ!!!』
『我らの希望を、これ以上やらせはしない! 絶対にっっ!! 』
一つは救いの部隊最強戦力の一角である
もう一つは……ついぞ武装装備を許可されたばかりの、
直後それに応じた様に、機体の機能不全に陥る
通常は興味の対象以外には見向きもしない男だが、眼前で機能不全に陥る機体には興味津々であり……それが彼の動く理由となり得ていた。
『申し訳ないが、余興はしまいだ。ここで引き取らせてもらう。』
「待てっ! これだけのことをしておいて、簡単に引き下がれると――」
『
『ふむ……赤き勇者とやらは血気盛ん。しかし同じく赤き機体へ搭乗する女の方は現実をよく見ている。機体は当然だが、未知の素養秘めたパイロットにも些か興味が湧いた。では失礼する。』
双方で別方向に事態が展開する中、一人だけ場違いな程の冷静さを醸し出す兵器狂い。
それは漆黒の体調異変さえも、さして気に留めぬ感が其処彼処に
ただその兵器狂いからすれば珍しく、炎陽の勇者と
そのまま曳航に入ろうとした……刹那。
宙域にいるどの機体よりも、小柄な白き影が舞い踊る。
「クリシャ・ウォーロック……ブルーライトニングを援護しつつ後退します! ベナルナ、ルッチェは霊機をすぐに
『『『『イエス、マム!! 』』』』
特務大尉を賜る妹が、
すでに解禁となる重機関砲を撒く小さく白き機体。
その姿――機体の動きの端々に見え隠れする素養が、血反吐に沈んだ漆黒によって見定められていた。
「……救生の部隊め。ここに来て隠し玉とは恐れ入った。どこかで見覚えがあると思ったら、この救急救命機……まるであの女傑ラヴェニカの動きそのものではないか。」
火星圏でエースが排出される所に、あの漆黒が慕った女傑が関わっている。
妹特務大尉の過去……そこへ奇しくも因果が絡み合っていたのだ。
その因縁を歪んだ嘲笑で一瞥した漆黒は、ほどなく兵器狂いの
》》》》
敵の撤退を見るまでもなく、救急救命の要である
内、大破も致命傷を免れた
だが……事態はそれどころではない、緊迫した状況へと突き進んでいたのだ。
「診療台を開けろ! 各員速やかに緊急手術の準備、急げ! 時間の遅れは命取りになるぞっ!」
「クオンさん……返事して、クオンさん! やだよこんなの、クオンさん――」
「ジーナちゃん、ここは一旦離れましょう! リヒテン軍曹、クオンをお願い! 」
「む……お引き受けした!すぐに私も準備に取り掛かる!」
移動担架で運ばれるは
機体から降ろされるや、
それは十二分な安全生を誇ったはずのコックピットさえも穿った、漆黒の攻撃によるものであるのは言うに及ばず――
「むっ……! ウォーロック特務大尉……状況を! 」
「少佐の傷を、生体ナノマシンによって縫合を試みた! だがそもそも、現在の我らが許されるロスト・エイジ・テクノロジー制限ではそれが限界だ! 」
「損傷は、右の腹部裂傷が内蔵まで届いている! 頭部に肩部も、攻撃を掠めた側で皮膚下まで達する熱傷がある! 整備チーム肝いりの、コックピット安全機構のお陰だが……それでも頭部の傷は、あと少し深ければ即死だったぞっ! 」
「緊急を要する……! ならば私も、全力で手術に望みます! 」
手術服を纏い駆け付けた
今まで
訪れた事態へ、普段の
開け放たれた扉の先は、かの女医が数多の命を救い上げた名残を残す手術室。
中でも危機的重症患者を扱う
「アレット! えーゆー殿はどうなって……っ!? 」
程なく事態を聞き付けた、
先んじて運ばれた支援隊隊長らの処置を施す際の補佐を成し、そこから
だが……先の二人の容態は表向きの外傷がさほどで無かったため、パイロットスーツに付く血痕も微々たるもの。
しかし、英雄少佐が負った傷は致命傷一歩手前の外傷を刻んでいる。
スーツの至る所に残る大量の鮮血は、まだ幼き少女にとっては衝撃的な光景であった。
「……お、おえぇぇ――」
今まで目にした事もない痛ましさが、彼女の胸を、そして思考を焼き焦がした。
「むっ……! ピチカ、無理をするな! まだこの様な重篤な傷の経験は――」
担架から英雄少佐を手術台へ移す寡黙な軍曹は、口を抑え
「ダメ、なのだ……! エーユー殿は、皆を導く希望……なのだ! なら、私も……医療をローナママから託された私も、傷を負った患者を前に逃げる訳にはいかないのだっ! 」
そこにはもう、マスコットと可愛がられた少女はいなかった。
紛う事なく、彼女は妖艶な女医の意思を継ぎし医療の未来。
遥か先の時代で、医療の女神を宣言するにたる救急救命の希望がそこに誕生していた。
「……む、分かった。では、英雄殿の手術を開始する! 」
立ち上がる医療の幼女神を筆頭に、手術補佐とし妹特務大尉と、英雄を運んだ
そこから時を置かず、生死の淵を彷徨う英雄少佐の緊急手術が開始されたのだ。
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