第227話 ―デスクロウズ―



 それは刹那の出来事。

 我が部隊で果敢に戦い、戦果を上げ続けた仲間達が、瞬く間に降り注いだ攻撃で力を失った。


「アシュリー、クリフ大尉!応答願う! 無事なのかっ! 」


 焦る心だけがオレを包む。

 ありえない事態……あのエリートたるバンハーロー大尉と、多くの命を救う使命帯びたアシュリーが――


 一瞬、命の灯火さえ消失したかの様に感じた。

 直後目にした惨状で、オレの心はさらに追い詰められて行く。


『さわ……ぐな。私は、無事だ……小――』


『だいじょう……ぶ。大丈夫だか……ら、そっちは――』


「二人の機体が、大破……だと!? くそっ……いなづま、応答願う! シャーロット中尉、救急救命措置の準備を! ウォーロック特務大尉は、二人をすぐにいなづまへっ!」


『こちらシャーロットだ! 臨時にいなづまだけでも緊急発艦させる! 』


『りょ、了解です少佐! こちらでも攻撃元が確認出来ません! 少佐もお気を付けて! 』


 今のいままで武勇を誇って来た二人のシグムントが、どこから受けたかも分からない大きな亀裂を機体へ刻み、コックピット内で無重力のままに舞う鮮血が無慈悲な現実を突き付けて来る。

 バイタルはイエローを確認したが、それでも苦悶の表情浮かべた反応から察するに、重症である事は間違いなかった。


 そこで唯一、状況観測の成ったジーナからの通信が飛ぶ。

 しかしそれは、さらなる事態悪化を予想させる言葉の羅列だった。


『クオンさん、今の攻撃元を推測出来ました! 恐らくあれは、量子無線誘導 殲滅兵装……それもかなり特殊な攻撃効果を齎すモノです! 』


「ヴァルキリージャベリンに類似、だと!? それに特殊とは――」


『クオンさんっ!避けて下さいっす! 』


 エクセルテグに備わる最新観測能力が導く結果は、想定など遥か彼方の危機的事態。

 しかしそれをジーナから聞き取る最中、いつきの鋭い感覚も、その異常な攻撃手段を察知していた。


 いつきの声と重なる様に響くロックオンアラート。

 しかもそれは確実に、


 その音で、ΑアルファΩオメガの両支援隊が同時に撃墜された真相へと辿り着く。


「くっ……これは!?この攻撃は……! 」


 攻撃しているはずの相手が見えない。

 否……それは突如として宇宙空間へ顕現した。

 超振動を伴い半物質化レベルまで収束された、量子の刃クオンタム・シュレッド


 次元さえも切断する事の叶う、――先に飛来した飛行物体との射線上へ浮かび上がっていたんだ。


『言っただろう?デモンストレーションだと。さあ舞い踊れ、死の舞を。このΓガンマフレーム デスクロウズが放つ、彼方の敵も狂いなく仕留める刃〈クラウソラス〉によってな!』


 あらゆるセンサーにかからぬ状況から突如浮かび上がる刃は、機体システムへ直前までロックオンしたと認識させない。

 そんな中で寸前の回避を余儀なくされる中、その声は通信で叩き付けられた。

 先にアーレス・リングス内で刻まれた不穏の業火、Γガンマフレーム デスクロウズに加えたそれに備わる兵装名称と共に。


 発したのは紛うことなき漆黒の嘲笑、エイワス・ヒュビネットだった。


「エイワス……ヒュビネットーーーーーーーっっ!! 」


 すでに撃たれた仲間。

 湧き上がる憤怒。

 激情のまま、感じる深淵の力の先を睨め付けたオレの視界を占拠したのは――


 あたかもそこに、姿


『あれはまるで……いにしえの邪神! 宗家文献に登場する深淵からの使者、かの這い寄る混沌〈ナイアルラトホテップ〉じゃないっ! 』



 悲痛なる叫びが、敵の意匠を突き止めた綾奈あやなから飛ぶや……その機体がブルーライトニングをも上回る速度で襲撃したんだ。



》》》》



 刹那の襲撃を敢行したのはΓガンマフレーム デスクロウズ。

 古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーに準える破壊と滅亡の権化。


 かの蒼き霊機ブルーライトニングが属するグラディウスシリーズの影として産み落とされた、歴史にさえ存在していない邪なる遺物。


 その様相は地球……三神守護宗家に残る文献へ記される、宇宙そらの彼方より訪れる破滅の化身、這い寄る混沌ナイアルラトホテップを模していた。


 救いし者部隊クロノセイバーは、その死を振り下ろす異形により部隊へ致命打を浴びせられたのだ。


「ジーナ、ヤツの機体性能は桁外れだ! そちらも無理をするな! 敵からのロックオンを待たず、飛来する武装端末を追い攻撃を予測、回避に専念しろっ! 」


『はい、了解です! エクちゃんのシステムで、それらの攻撃パターンを観測しつつ回避行動に移ります! 』


 振り下ろされた死の刃へ立ち向かうは蒼き霊機ブルーライトニングと、蒼き先鋭機Ωエクセルテグ

 部隊に於いて、随一の機体運動性能を誇る最速戦力である。


 だが……それを持ってしても、飛び交う禍つ死の刃クラウソラスを避けきるは困難を極めた。

 そもそも攻撃寸前まで、機体システムにロックした事を悟らせない常軌を逸した攻撃手段は、システムの恩恵に頼りすぎたパイロットでは迎撃は愚か回避さえままならない。


 それでも二人の機士が回避を為せるのは、ひとえ宇宙そらと重なる覚醒者故である。


うとましいものだな、フォースレイアーとやらは。聞きしに及ぶいしにえの民の証……道理で俺の策がことごとく覆される訳だ。』


「……っ! あんたは、フォースレイアーを知っているのか!? それ以前に、こんな事をして何の特がある! 」


『余裕が欠如し始めているぞ?英雄とやら。そんな事を聞いて、俺が心を揺さぶられるとでも思ったか。』


 蒼き霊機ブルーライトニングが雷光を撒き接敵するも、死を撒く刃デスクロウズは捉えられない。

 機体の推進力云々ではない、

 それは当然であった。


 死を撒く刃デスクロウズの機体性能の基準は、全てのブラックボックスが明かされた状態の蒼き禁忌と同等である。

 詰まる所、


 それでも英雄少佐クオンは食い下がる。

 霊装セロの機士を賜る彼の研鑽は伊達ではない。


 一時は敵対勢力戦闘に向かぬ、災害防衛兵装で戦いをしのいで来た経験が、ここで遺憾無く発揮されていた。


 接敵に次ぐ接敵。

 その間も舞う禍つ死の刃クラウソラスは無線誘導にて宙域をはしり、目標を両最速機体と定め飛ぶ。

 かつてその二機で圧倒した戦況は、たちまち覆される事となった。


 霊機の蒼刃対機関砲ガンエッジの弾幕を異常な回避速度で避けきる死を撒く刃デスクロウズ

 同じく狙い打たれる機械妖精ヴァルキリー・ジャベリン統一場クインティアビーム砲撃も、禍つ死の刃クラウソラスが生む次元の断層が捻じ曲げ……戦局が漆黒の嘲笑ヒュビネット有利へ傾いていた。

 否――


 デモンストレーションと謳った漆黒が、そうなる様に仕向けていたのだ。


 赤き霊機ライジングサンさえも追えぬそれへ追いすがる英雄が吠える。

 例え言葉の揺さぶりが効かぬ相手であろうと。


 救いし者として戦い続けた意地が、咆哮となって漆黒へと叩き付けられた。


「これほどの技術を準備出来るなら、なぜあんたはそれを弱者を守る力に使わないんだっ、エイワス・ヒュビネット! 今も戦火が世界を包むなら、それこそを――」


 飛ぶ咆哮……英雄少佐の魂の叫び。

 しかしそれは漆黒の嘲笑の心を揺さぶるどころか、その逆鱗に触れる事となった。


 常であったトレードマークの嘲笑が、憤怒称えた眼光へ変貌する逆鱗に。


『弱者を生んでいるのは地上の人間だ……! 霊長類の頂点をうたい、奴らが一体何をした!? 弱者を陥れ、姦淫し、打ちのめし、救う力のある権力者は自らが世界の頂点と名乗り、守るべき民を虐げる! 』


『それがたった千年程度の歴史上、止めどなく繰り返されたのだ! 度重なる横暴は地球環境さえも悪化させ、遂にはこの宇宙人そらびと社会にまで手を伸ばした! 地上人類との融和だと……ふざけるのも大概にするがいいっ! 』


 英雄の叫びに返されるは、

 今まで多くの戦禍を呼び込み、世界へ混沌を齎した者が発する物ではない……それこそ通信越しで叩き付けられる。


 その返しは、英雄少佐さえも想定はしていなかった。

 同時に部隊内で推論されていた、漆黒の引き起こす災禍の根本原因が揺らぎ始める。


 力に酔いしれ、戦いをゲームと称し、力無き民を巻き込む外道の所業と思われたそれが――

 世界の過ちに憤怒し、抗議し……そこへ反旗を翻した革命者の抗いと言う顛末へ。


「……っ、エイワス・ヒュビネット! あんたは……! 」


『過ぎたる文明を手にした人類が、最初にそれを投入するのはどこだか分かるか、英雄とやら! ……殺戮をバラ撒く武力で誰より先んじるために、惜しみなくな!弱者へ最初に使うべき力は全てそこで熟成され、忘れた頃にその残滓が民へと届くのだ! 』


『それが地上の人類! それが退化人類ターニテルと蔑まれた、霊長類の成れの果てだ! 俺がいにしえの技術を戦禍へまず投入する……それは奴ら地上の人類が、長きに渡り繰り返してきた愚行そのものだっ!! 』


 揺らぐ英雄少佐。

 猛る漆黒。

 すでに機体性能に於いては、漆黒が圧倒的な優位に立っていた。


 その戦場にて生まれた隙が英雄を襲う。

 革命者の放つ想定外の反論で、躊躇う英雄の心の隙を逃す漆黒ではなかった。


「……機体の弱点を克服したつもりだろうが、新たな弱点が生まれているぞ?英雄とやら。」


『何っ……!? ……っ!! 』


 英雄少佐の一瞬の隙の最中、飛来した禍つ死の刃クラウソラス

 だがその目標は蒼き霊機ブルーライトニングではない。

 蒼き先鋭機Ωエクセルテグ――双光の少女ジーナが駆る機体である。


「や、めろ……ジーナーーーーーーーーーーーっっ!!! 」



 刹那……蒼き霊機ブルーライトニングは機体出力を最高まで引き上げ飛んでいた。

 ―― 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る