第226話 舞い踊る狂気、振り下ろされる死の帳



月読つくよみ指令、緊急事態です! パイロットらを直ちに非常呼集し、全フレームを出撃させます! 」


『クオンか!いったい何があった! 』


「奴が……エイワス・ヒュビネットがこの宙域に潜んでいる恐れがあります! フレスベルグまで同行しているかは、定かではありませんが! 」


『なん……!? くっ……致し方ない!出撃を許可する! 』


 救いし者部隊クロノセイバーを戦慄が襲った。

 英雄少佐クオンへまさかの接触を図ったのは漆黒。

 漆黒の嘲笑、エイワス・ヒュビネットである。


 だが、英雄が彼のいると濁したのは、闇との遭遇に覚えた違和感こそが要因であった。


 それは遭遇した時間までさかのぼる。



「エイワス・ヒュビネット……なぜあんたがここにいる。」


「ここにいる? それを聞いて、どうなるものでもあるまい。お前が取る行動は一つしかないのだからな。何――」


「今日は貴様へ挨拶にでもと足を運んだ次第。もはや先の様に、。」


 背合わせで隣り合うベンチシート。

 英雄少佐はその背に、身も凍り付く様な戦慄を感じていた。

 振り向く事さえ躊躇ためらわれたそこで、淡々と言葉だけが紡がれて行く。


 少佐が先に覚えた違和感を撒きながら。


「地球から上がった戦禍の申し子らは、実にいい動きをする。、煽り立てれば火が付くのにさしたる時間も要さないとは。つくづく、人類の哀れな末路を予感させるな。」


「それを煽り立てているのが、他でもないあんただろう? よくその様な口が聞けた物だ。」


 背中越しで交わされる、英雄と漆黒の煽りあう様なの応酬。

 その言葉の端々で、双方が相手の出方をうかがう戦場。

 否――


 すでにあら方を想定した様な漆黒の嘲笑ヒュビネットが、明らかに優勢のまま会話が進められる。


 そして……直後に訪れる、救いし者部隊クロノセイバーにとって――

 漆黒の言葉で開く事となったのだ。


「ともあれ、英雄殿が今までご健在でなによりだ。お陰で俺も、。」


「何を言って……――」


「デモンストレーションだ。俺のために用立てた、Ωオメガに対成す禁忌の機体……Γガンマフレーム デスクロウズのお披露目と行こうか。」


「……っ!? グラディウスシリーズだとっ! 」


 嫌味を込めた漆黒の口ぶりへ、


 それを耳にし、弾かれた様に振り返る英雄。

 今までの恐れを跳ね除け、背後にいるであろうその元凶を視線で捉えんとした。


 直後、視界を占拠したのは――


「っ!? 立体映像……! 」


『気付くのが遅いぞ?英雄とやら。すでにデモンストレーションの幕は上がっている。さあ見せてくれ、この俺の前で手折られる、救いの部隊の結末を。』


「くそっ……各フレームパイロットに告ぐ! 非常呼集だ、それぞれでフレームへ搭乗!急げっ! 」


 英雄少佐の双眸へしたり顔の漆黒が映り込む。

 しかしそこに本人の実体は、

 一般構造物に隠されて設置された立体映像投影機が、音声通信とともに漆黒を映し出していた。



 詰まる所、であったのだ。



》》》》



 今も禁忌の旗艦キャリバーンは、小ソシャールドックアームへ係留されたまま。

 あまりにも急な事態で、即座に動けるのはフレーム隊のみであった。


「各員第一種戦闘配備! 全フレーム隊発艦後、旗艦もドックから離艦する! 敵はエイワス・ヒュビネット……状況は最悪を想定しておけっ! 」


「了解! 旗艦のシステムを緊急立ち上げ! 発進シークエンスを一部省略! 」


「フレーム隊、準備が整った者よりスクランブルどうぞ! 」


「旗艦操舵、いつでも。」


「敵機体を発見次第、データ収集にかかります! 」


 敵襲来の予感を宣言されたブリッジは、急ぎ旗艦起動準備に取り掛かる。

 すでに難事をいくつも熟したクルー達の行動は速やかである。

 だがしかし、そこに余裕など一切存在していなかった。


 それは襲来されると予測された相手が宿敵……幾度も刃を交えし、漆黒が指揮する部隊ザガー・カルツの可能性があったから。


 先にはΩオメガ覚醒の元、圧倒的な力で難を乗り切った救いし者部隊クロノセイバー

 その勝者の余裕を刈り取ったのは英雄少佐クオンが、旗艦指令月読へ向け追加した想定外の言葉の羅列が起因していた。


「クオン! 漆黒は確かに、グラディウスシリーズと呼称したのだな!? 」


『はい……! あの男は、あらゆる言葉で狡猾に揺さぶりをかける策士です! が、今回の対話で「こそこそ闇討ちする必要もなくなった」と仄めかしており、弄する策を廃し正面から当たるとの宣言に取れます! 』


「……承知した。よもやグラディウスシリーズ同型機がまだ、この時代に存在していたとは。聞いたな!? これより出現するは、! 」


 ブリッジ所ではない――フレームを駆るパイロット全てへその戦慄は共有された。

 部隊が宇宙人の楽園アル・カンデ防衛軍たるC・T・O時代より、長年研究し続けてきた人智を凌駕する禁忌の力。

 いにしえに封印されたブラックボックスがΩオメガフレーム……今ブルーライトニングと名付けられた、武力である。


 その兵装系列はグラディウスシリーズと呼称され、皇王国本国を含め僅か数機しか確認されてはいないのだ。


Ωオメガ・フォース、発艦する! ライズアップ! 』


Αアルファ・フォース同じく発艦するわ! イグニッション! 』


 まだ見ぬ驚異を振り払う様に、各フレームが宇宙そらへと飛び出した。

 そしてすぐさま隊列を整え全宙域へ向けた警戒を張る。


紅円寺 斎こうえんじ いつき神倶羅 綾奈かぐら あやな、ライジングサン……イグニッションっ! 」


「セイバーグロウ各員発艦、緊急事態に備えます! 」


 続くは禁忌の蒼と並ぶ赤き最強戦力一角と、新たに武装を備えた救いの御力セイバーグロウ

 遅れて蒼き霊機が旗艦カタパルトへ固定された。


「遅くなってすまない、ジーナ! 」


『いえ! それより、あのヒュビネット大尉と本当に……!? 』


「ああ、先んじて仕掛けられていた立体映像で、まんまと一杯食わされた! 気付けなかったのは、ヤツの発する漆黒の霊力震イスタール・ヴィブレードが、ことの外強大になっていたせいだ! それであたかも、そこへ奴がいるかのように錯覚させられたんだ! 」


 緊急発艦のためコックピットへ滑り込む英雄少佐。

 双光の少女ジーナの言葉へ歯噛みし、己の失態と吐露した。

 宇宙と重なりし者フォースレイアーは時として多くの命との霊的な感応を齎すが、漆黒はそれと同質にして対極に位置する力を有し……いつの間にか強大に膨れ上がったそれが英雄を惑わせたのだ。


「ジーナ・メレーデン、Ωオメガ・エクセルテグ……ライズアップ! 」


「各機体の発艦を確認! これより対ザガー・カルツ戦闘状況を開始する! クオン・サイガ……ブルーライトニング、ライズアップ! 」


 言い換えるならば、宇宙そらと重なる者の対極。

 宇宙そらを虚無へと引き摺り込む驚異。


 ――虚無へ進む者ナース・トラスター――


 部隊が漆黒襲来を予見し戦線を張る。

 しかし刹那が無限に感じられる時間の中、漆黒は姿を見せない。

 それどころか、旗艦である禁忌の怪鳥フレスベルグさえも存在を確認出来ぬ状況であった。


 警戒を維持しつつ、事の真意へ疑惑を抱く男の娘大尉アシュリーが英雄へ苦言を呈す。


『クオン……本当にあのヒュビネットが襲撃して来る訳? どこにも姿が見えないんだけど。』


「すまないな、アシュリー。オレもヤツの全てを信用はしていないが、すでに後手の状況だ。何が起きても対応出来るよう皆を――」


 敵が見えぬ驚異は部隊へ焦燥と疲労を蓄積させる。

 例えそれが数分の出来事だったとしても、相手取る者が桁外れの恐るべき敵であるから。

 油断の一欠片で、状況が最悪へと突き進む事を皆が理解していたのだ。


 蒼き霊機ブルーライトニング蒼き新鋭機Ω・エクセルテグ赤き霊機ライジングサンに両機体支援チームと武装救助隊のかなめ

 それらが緊張の中、あらゆる波長のモニターを、センサー反応を睨め付けていた。


 万全の警戒。

 あらゆる方向への、構えられた覚悟。

 そこへ――


 無数の飛来物体が突如舞い飛んだ。


「なん、だ……!? 攻撃……いや!? 」


『隊長、今のはロックオンの反応は無かったですぜ!? 』


『いやむしろ、攻撃なのかも怪しい所ですよ!? 』


 Ωオメガ・フォースより声が上がる。


「ちょ……何がどうなってんのよ!? 」


『ちょっとちょっと!? 今飛来した物はなによ、隊長! 』


『あら〜〜! 正体が不明すぎて〜〜状況が掴めないわ〜〜!? 』


 Αアルファ・フォースも困惑へと叩き落とされた。

 その……直後。


 ほぼ一斉に、各支援部隊の機体へロックオンの警告音が鳴り響いたのだ。


 それは刹那の出来事。

 

 謎の攻撃は六機のシグムントをまとめて襲う。


 突如として爆轟が無数に散る光景は、禁忌の聖剣キャリバーンブリッジ大モニターへと映し出された。

 起きた事態を、把握出来る者はそこにはいなかった。


「……何だ! 何が起きている!? 」


 旗艦指令さえも困惑へ叩き込まれる中、正気を飛ばしかけた小麦色の曹長テューリーが、声を震わせ告げた。


 たった数分のウチに起きた出来事の全容を。


「そん、な……そんな事って!? たった今Ωオメガ・フォースとΑアルファ・フォース全機が攻撃を……謎の地点からの同時攻撃を受けました! 」


「バカなっ…… あの一瞬で、彼らが同時に撃たれただとっ!?被害状況は! 」


「それが……シグムント全機が被弾した模様。内、バンハーロー機と……ムーンベルク機が……――」


「なっ……ん!? 」



 戦慄が……恐るべき死神の舞い降りるが如く、部隊へ死を振り下ろしたのだ。

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