第224話 恋の戦場、挑む者と引く者と
ファクトリー民救済で一躍時の人となった
それは機関の誰もが待ち望んだ瞬間でもあった。
そこへ俺自身が貢献出来た事には、とても意味があり……同時に一つの決意を宿すきっかけにもなった。
決意も新たに格納庫で小用を済ませた俺は、続いてトレーニングを今まで以上に
としたら、アシュリーさんに捕まるハメとなってしまった。
「
「か、カツアゲで……ぐぼぉ!? みぞ……
「お前が寝ぼけてんのがいけねぇんだよ。」
捕まるや冗談交じりで問えば、ガチフックが腹へめり込み、完全に男に戻ってる彼女に引き摺られる様に……旗艦内生活モールへ誘導されてしまった。
ああ……トレーニングが。
そのまま連れられる俺の視界を占拠したのは、艦内カフェモールのテーブルを囲むイスへ、ちょこんと収まるヴェシンカス軍曹。
けどこちらに気付いた彼女は急によそよそしくなるや、髪をくるくる弄り出していた。
今までの俺ならば、きっとその状況さえも何が起きているかは想定の外だったんだろう。
けど――
「翔子ちゃん、いますね。」
「ええ、私が呼んだわ。」
「
「ここでお姉さまの名前を出すなんて、どれだけあなたは無粋で鈍感極まりないのかしら? 」
半目で返される言葉。
けど彼女は今理解した。
俺がそれを聞いた真意を。
こちらもそれを伝えるため、敢えて
思考で考えが改められて行く。
俺はファクトリー救済作戦であるスニークミッションの出撃前、
でもきっと、アシュリーさんはすでにそれを知り得ているはず。
今それを知らないのは翔子ちゃんだけだ。
だからこそのシチュエーション……つまりは俺を巡っての恋のバトルで、翔子ちゃんだけに置いてけぼりを食わさないための時間。
「あ、ああああの!
近付く俺に、あたふた可愛く弁明を振りまく翔子ちゃん。
隣で「甲斐性見せなさいよ? 」と一瞥するアシュリーさんは、そのまま
うん、これは確かに覚悟を決めてかかる必要があるね。
「大丈夫っす。俺もトレーニングの合間で時間が取れた所っすから。」
アシュリーさんにトレーニングへ行こうとしたらとっ捕まったとなどとは、おくびにも出さない様に努め――
「火星圏に近い小惑星帯内縁宙域までは、警戒態勢もレベルは低いっすから、その間に思う存分お茶を楽しむっすよ! 」
自身でも会心の笑顔で応答が出来た。
眼前では、こっちまで音が聞こえて来るほどズギュン!とハートが撃ち抜かれた翔子ちゃんが、トロットロに
危うくそこで、
今まで気付けなかった分、ちゃんと相手を見て応じなければ、俺に好意を持ってくれた人達の失礼に当たるから。
そうしてアシュリーさんからの強引な引き継ぎもそこそこに、俺は翔子ちゃんとの作戦合間のささやかなティータイムを過ごす事となったんだ。
》》》》
半ばヤケクソ気味な
「ウォーロック特務大尉! あなたはもう私と同列だからね、敬称は抜きにするわよ!? あなたも普通に対応しなさい! 」
『りょ、了解ですアシュリー大尉! 』
「違う! アシュリーさんよ! 」
『は、はいぃぃ!? 』
『そこは適当でいいでしょうに……(汗)。』
『あら〜〜。もう私達ともお友達ね〜〜。』
かつては武装装備を禁じられていた、白に赤のワンポイントが輝く
だが今そこへ備わるのは、機体に合わせて調整された取り回しの良い固定短機関砲二門に汎用短機関砲と、近接戦用の超振動ブレード。
しかし――姉に隠れて武装の取り回しを鍛錬していた躍進の妹は、その程度の武装も様になる立ち回りを見せる。
相手取るは
女性を目指す三人娘相手に、特務大尉の名に恥じぬ接戦を見せていた。
それを視界に入れるは、訓練に立ち会うため旗艦側の監視展望サブブリッジに居合わせる
「いったいいつから、あの子は武器を振り回す鍛錬を
吐露する姉は複雑な心境で妹の戦う姿を見定める。
彼女は妹を、救急救命に於けるスペシャリストに育て上げたつもりであった。
だがそれを否定した妹は武器を取り、しかしやがてそんな救急救命の志士が必要とされる時代が訪れてしまった。
まさに喜ぶべきか悲しむべきかの心境で、妹の躍進を見つめていたのだ。
「いつかはこの日が来たんだろう。けど、彼女には一足先にそれが訪れ……奇しくもそこへ必要な能力が備わっていた。今は喜んでそれを受け入れようじゃないか、シャーロット中尉。」
隣で女神の鍛錬を見届けるは
救いの姉の気持ちを汲みつつも、今後を見据える彼はそう答えざるをえない。
その未来さえも想定していたであろう女医が、命がけで戦い、散った惨劇を乗り越えて……躍進の女神の今を勝ち取ったのだから。
「全く……。英雄殿からそう言われれば、受け止めるしかなかろう。卑怯だぞ?サイガ少佐。」
皮肉る姉も苦笑で英雄の言葉を受け入れる。
これより向かう先の戦禍は、姉も知る所である故に。
そんな英雄達の会話も知らぬ男の娘大尉は、なおも躍進の女神を
まるで己の中にある感情を偽る様に。
ただ残念な事に、そんな感情のフラつきは長年寄り添った仲間には筒抜けだったのだが。
『あら〜〜? 隊長、
「なぁっ!!? そそそ、そんな事ある訳ないし!? 誰があんなヤツの事なんか! って言うか、私は元男よ!? そんな感情が
『あら〜〜? 少数性を代表して啖呵を切ったのは誰かしら〜〜? そんな隊長が、今更男を好きになるのを躊躇するのはおかしくな〜い? 』
「……っ!? 」
筒抜けな仲間達は鍛錬の最中にも拘わらず、ニヤニヤと最愛の隊長を弄り倒す。
男の娘大尉も、己が発した啖呵がまさかの自分の首を締める形に言葉を失った。
良い方に締める形である。
けれど、そんな仲間達さえも知らなかった。
彼女が新たに芽生えさせた感情で揺らぎ初めていた事に。
「(私が
少年であった少女の揺らぎの要因、それは彼女が拘束に成功した男。
地球上がりのメンフィス・ザリッドである。
ただの男であれば、昔の彼女の思考のままに牙を向いてもおかしくはない所。
それが
地球上がりは、同性を大切にし慈しんだ者であるから。
詰まる所、男の娘大尉と似た境遇であったのだ。
『隊長、取られるわよっ!? ボサッとしてないで! 』
「ふわっ!? とと、やるわねクリシャ! 私の隙を付くなんて! 」
『えっ!? むしろぼーっとしてましたよ、アシュリーさん! 』
『隙ではなく好きを突かれた感じね〜〜。』
「エリュは余計な事言わなくていいわよっ(汗)!? 」
恋に焦がれる男の娘大尉。
そして恋する可憐な通信手は――
揃って己の恋に揺れるままに今を生きる。
火星圏までの道のりは木星圏ほどの距離はない。
ないからこそ、その心の猶予は僅かである。
それでも
頼もしき彼らを乗せた
小ソシャール〈アーレス・リングス〉――
その影に一隻の高速艇が潜む中、彼らはソシャールへの寄港となったのだ。
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