第211話 迫る時と、揺らぐトライアングル



 サプライズの機体大改修。

 それは私を宇宙そらに上げんとする、大切な仲間達の素敵な配慮。

 けれどそんな配慮を素直に喜べない自分がいた。


 喜んではいけないとさえ思っていた。


 宇宙そらで思い知った

 赤き霊機と呼ばれたかのライジングサン――かつてΑアルファフレームと呼称された、人類史の新たな一歩を託された超常の機体には、それこそが求められた。


 気付けばそこへ至らぬ己への葛藤を繰り返し……ただ何も出来ずに宇宙そらを駆け回り、数多の任務へと流されるまま身を委ねていた。


 故に何も出来ない自分が腹立たしく、それに苛立っていたんだ。


綾奈あやなさん? あの……俺のした事、やっぱ迷惑でしたか? 』


 大改修の進むコックピットの中で、今回の件立案者でもあるいつき君が申し訳なさそうに声を掛けて来る。

 けど今の私は、彼の言葉へ返答する事さえ戸惑っていた。


「……作戦まで時間がありません。あなたが主導で開始した改修を、早急に進めます。」


 そして言うに事欠いて、冷たい対応を放ってしまった私は自分の態度に嫌気がさしてしまう。

 彼の厚意に何と無礼な事かと。


 きっと顔に不機嫌として表れていたであろうそれを見やった彼が、苦笑いのまま通信を切り――そこで私は自分へ向けた嘆息を洩らしてしまう。


「何をやっているのよ。私は……。」


 無様なやり取りのまま大改修に望む私は……訪れた今を導いてくれた者達の顔を思い出していた。


 機体モニターに映る必要なデータ群を睨み、打ち込む脳裏へ――

 アシュリーを。

 カノエを。

 エリュトロンを。

 エリート部隊の皆の顔を。


 クオンに、ジーナちゃんに……斎君の顔が浮かんでは消え、気が付けばキャリバーンクルー全体の事が思考を満たしていたんだ。


「こんなにも多くの人が、私の一歩を後押ししてくれている。かつて私が見た、霊装機セロ・フレーム乗り至上初の女性メインパイロットの……夢。」


 ただがむしゃらに、宗家で御家を引っ張る事だけを考えていた時代。

 宇宙そらに上がり、ないがしろにされる女性の権威を解放するため戦い続けた時代。

 C・T・Oへ入隊し……多くの命のためにと、Αアルファと呼ばれた機体へ全てを懸けて挑んだ時代は――


 いつしか私が夢へと踏み出す力を、この胸に与えてくれていた。

 その最後のキッカケは……赤き炎陽に照らされた紅円寺 斎こうえんじ いつきと言う、年下で学生で、宿


「……そうか。そう言う事か。なぜ私が一歩を踏み出せなかったのか、やっと分かった。認めたくなかったんだ、彼への想いを。口にするべきかを迷っていたんだ。」


「でももう、認めるしかないじゃない。私の夢を現実のものとしたのは、彼……いつき君なんだから。」


 データ群を見やる私の視線が、自分でも分かる程に柔らかさを帯びて行く。

 やっと自分の気持ちの本質へと辿り着いたから。


「好きなんだ、私は。彼が……いつき君の事が。それを認める事が嫌だったなんて、ほんとに我ながら失礼にも程があるわよ。全く――」


 柔らかさを取り戻した視線で、コックピットの中の鏡面部分へ移る私は……恥ずかしいぐらいに恋を抱く乙女のもの。



 そう……私が人生で抱いた――初恋がもたらしたものだった。



》》》》



 赤き霊機ライジングサン大改修が進む中も、刻一刻と作戦提示時間が迫り来る。

 外装へ大規模に手を入れる事がないとは言え、その改修自体は時間的にもギリギリの様相を呈していた。


『――以上が、今回私が臨時に許可を出した諸々の制限解除です。月読つくよみ様、こちらをしかとデータ上で記録よろしくなのです。』


「ええ、心得ました。しかし……あのいつき少年がよく、この様な案を思い付きましたな。目覚しい成長には驚かされるばかりです。」


『ふふ……彼を見た皆さんが皆して、それを思っていた所なのですよ? もう立派な、部隊の誇る炎陽の勇者だと。それに――』


 機体大改修にともな古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジー制限解除のため、全体のアドバイザーとして付いた監督官嬢リヴは、旗艦指令月読との事後に備えた会話に終始していた。

 すでに第三種警戒態勢――戦闘及び危機的状況に備えた準備段階である救いし者部隊クロノセイバーが、準惑星セレス宙域へ近付きつつある現状を見定める旗艦指令。


 そんな彼へ返す監督官嬢は、必要以上に暖かさを乗せた声色で訪れた淡い人生の一幕を語りだす。


『当のいつき様本人は気付いておられないのですが、綾奈あやな様とアシュリー様が……――ああ、これは本人達には内緒ですよ? 私が怒られてしまいます。』


「……まあその件は、事実が前例としてありますからね。それに霊装機セロ・フレームの、ロスト・エイジ・テクノロジー上の言い伝えとし〈共に霊装機に選ばれ、搭乗せし者同士は魂さえも繋がる〉と記されています。」


『そうでございます。すでにクオン様とジーナ様の睦まじき仲は、部隊でもみなの知る所。ですがそれ故に、少し残念でもあるのですよね~~。』


 そして旗艦指令とやり取りする監督官嬢は、調

 それは明らかに指令が今いるブリッジを意識したものであり、一つのメッセージでもあったのだ。


「残念? それはいったい何を指して――」


 語られた意図が一瞬理解できなかった旗艦指令の問いが早いか、バンッとブリッジオペレーターが座する席の方で物音がした。

 旗艦指令が何事かと視線を向けるや、鬼の形相で立ち上がったブリッジの花達がそこにいた。

 ただ一人、通信手が出遅れた中で。


月読つくよみ指令っ! 申し訳ありません、ただ今から少しだけお時間を頂きます! 」


「ふえっ!? なんでウチっ!? 」


「はい、これより人生でも極めて重要な事態が押し迫っており……これはお時間を頂くも已む無しと考えます! 」


「いや、ちょっと!? テューリーはんにトレーシーはん、なんでウチがお時間頂く事になってはるの!? それも二人して! 」


「あー……うん。指令、それにはボクも賛成です。ヴェシンカス軍曹にお時間を――」


「勇也ちゃんまでっ!? 」


 まさかのブリッジクルーが少女な少年勇也さえ巻き込み、名指しで恋する通信手翔子へ休息をと声を上げる。

 それも第三種警戒態勢の只中で、であった。


 さしもの旗艦指令もポカンと口を開け呆けていた所へ、これまた支援が飛ぶ事となった。


「ふふっ……全く。事態は緊急、そんな状況でブリッジの通信のかなめが抜けるなどと。だがしかし、。恐らく今後、それは尾を引けば部隊の士気にさえ関わる物と考えますゆえ。」


 苦笑ののち女性陣の意見を推したのは諜報部少佐フリーマン

 少々の対応ならば己が兼任も辞さぬとの視線で、旗艦指令へとお言葉を提供した。


 名指しされた恋する通信手と、監督官嬢の言葉で状況を察した指令は深い嘆息を吐くや苦笑し――


「……フリーマン軍曹――いや? これはハイゲンベルグ少佐の言葉として取るべきか。ヴェシンカス軍曹が名指しで挙げられると言う事は、そう言う事なのだな。致し方ない……ヴェシンカス軍曹に作戦までの僅かではあるが、休息を与える。」


「その休息は、使うと良い。その時間……大切にするんだぞ? 」


「な、なんで指令まで乗って来てるん~~!? あ、ちょ……押したらアカンて、二人共っ!? 」


「いいから! 指令が大号令を出してくれのよっ!? 」


「さっさと行きなさいったら! これで心置きなく、! 」


「ふぇっ!? ふえーーーーーーっっ!!? 」


 小麦色曹長テューリー真面目系軍曹トレーシーに持ち場のデスクから押し出された恋する通信手は、己の意思とは無関係なままブリッジを締め出される事となる。


 そこへ……男の娘大尉アシュリーが彼女を待ち構えていたのだ。


「翔子ちゃん、見事にブリッジを追い出されたわね~~。リヴ様の計画通りに。さあ……時間はないわよ!?走りなさい! ここ一番でしっかり、バカいつきの所で自分をアピールして来なさいな! 」


「ふぇ~~!? なんでアシュリーさんまで、ウチの事に絡んでんの~~!? 」


「言うまでもないでしょ! あんたの恋心は、もはや部隊皆の知る所! 後悔しない内に当たって来なさいっ! 」


 強引な口ぶりで軍曹の手を引き走り出す男の娘大尉と、成すがままの少女。



 手を引く大尉は心にチクリと痛みを感じながらも、そのお相手の下へと連れて行くのであった。

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