第206話 ダブル・チェーン・リアクション・システム



 炎陽の勇者が、赤き大尉綾奈の雰囲気から読み取っていた彼女の想いの真相。

 それを汲む様な彼の行動は想定を越え、機動兵装乗りら皆へ少なからず衝撃を与えていた。

 同時に……そこにいるのは未だ成長途中の勇者である現実が、まざまざと突き付けられたに等しかった。


 そう――で終わらぬ、


「で、いつき。具体案はあるんでしょうね。そこがないと、協力も何もないわよ? 」


 スケジュールを空けたと明言した両支援機隊員らは、こぞって休憩とトレーニングルームに隣接する艦内カフェへと移動していた。

 重要にして内密の相談と言う関係上人の目を忍ぶ形ではあったが、すでに火星圏への出立を待つ部隊隊員らは慌しくそれぞれの部署を走り回る状況。

 休息を義務付けられたパイロットら以外の影は、そこになかった。


「大体の発想は詰めてます。あのΑアルファは元々、研究もそこそこに運用資金から何からが凍結されていたΩオメガと同じく、あらゆる点がブラックボックスな所があるっす。けどそこへ、お袋率いるF・H・A・Cフリーダム・ホープ・アカツキ・コーポレーションが開発に関わっている事に加え――」


「機体コンセプトが格闘及び白兵戦寄りの、スーパー・ロジステック・ビルディング・テクノロジーとされているのが重要っすね。」


 炎陽の勇者に怒り顔で注された男の娘大尉アシュリーも、彼の真摯さに免じを省いた名で呼ぶ中……幾多の戦闘を越えて来た格闘家たる少年は思い描くパートナーの戦い方を模索していた。

 言うに及ばず、同じ格闘家である赤き大尉の会得する技術を網羅しての考えである。


 これまで少年は強くあるため、己が訓練最中にも赤き大尉との生身の組み手を織り交ぜており、そこから得られた彼女の格闘家としてのレベルさえも把握していた。

 が――


「その機体の性能面での調整云々は問題ないと考えてるっすけど、別の観点から見た性能強化を踏まえて……皆さんのお力添えをと踏み切ったっす。」


 彼が提言するそれを機体で実現させるためには、調整如何では片付けられぬ点が存在し――

 まさにその改善のために、お歴々たる機動兵装パイロットを協力と称して参集願ったのだ。


 炎陽の勇者の語りを黙して静聴していた鉄仮面の部隊長クリュッフェルが、おもむろに口を開く。

 少年の成長を感じつつ……その少年が己に戦いに於ける相談ごとを持ち掛けた事へ、ささやかな歓喜を込めながら。


「大体は理解したが、我々まで呼集したのだ……かなり大掛かりなチューンアップを想定しているのであろう?少尉。だが忘れるな……今は長期任務の最中ゆえ、大掛かりな機体改造となれば物資も時間も許されるものは少ない――」


「許容される範囲と言うのであれば、月読つくよみ指令も許可を下さるだろうが。そこは努々忘れるな? 」


 鉄仮面の部隊長よりの言葉は実情をしかと見据えた言葉。

 するとそれを想定した様に炎陽の勇者が言葉を返納した。


 返された言葉に、機動兵装パイロット皆が想定だにしない案件をぶち上げられ、驚愕で双眸を見開いてしまう事となる。


「クリフ大尉の言葉は心得てるっす。ですからその物資と時間の許容範囲と言う事で、機体へ大きな改造を加える事無く実現出来る案を準備して来たっす。これは機体の戦闘に於ける戦いのスタイルを、パイロットの特性に合わせ任意に変更するシステム――」


「きっとお袋が、こんな事態すら想定してたんだろうから乗る方向なんすけど……、同一機体で任意に変更可能な連続可変システム運用機構。ダブル・チェーン・リアクション・システムってのを考案するっす。」


「……っ!? それは――」


いつき……。あんたそれ、本当に自分だけで編み出したの? ちょっとどころではない、とんでも改造案件よ? 」


 見開く双眸。

 そして各々の額に踊る汗は、驚愕の中打ち震え期待を乗せたもの。

 格闘少年として才を見出され、霊装機セロ・フレームに選ばれた炎陽の勇者は……遂に



 その宣言は即ち……示唆していたのだ。



》》》》



「マジっすか……!? こんな時のために、Αアルファに拘わる諸々の装備が運び込まれてたなんて――」


「しーっ!ディスケス、声がデカイ。これは綾奈あやなさんには極秘で進めたいんだ……そこん所をマケディ軍曹とも打ち合わせ頼むぞ? 」


「さーせん。しかし紅円寺こうえんじ少尉も隅に置けないっすね。神俱羅かぐら大尉のためにこんなサプライズまで。」


「……? 隅に置けない? 何の話してるんだ? 」


「……あ、いや(汗)。お気になさらず、こっちの事っす。(はぁ……天然ジゴロの噂は確かっすねぇ。)」


 Αアルファフレーム強化の全容を、クリフ大尉やアシュリーさんへ協力前提で提示してこちら……返す足で大格納庫へ向かった俺は道すがら旗城きじょう准尉にも同行を願っていた。

 彼を通じマケディ軍曹指導の下、整備チームの一部協力を得るためだ。


 あんな事態の後だから、すぐには重い腰が動かないかとも思ったけど――

 ディスケスの話では、彼らはむしろあんなあんな事があったからこそと気概に溢れているとも聞き及んだ。

 ならば今こそがΑアルファへ新しい勇者の魂を吹き込む時と、彼を説得しての格納庫移動だった。


 そこで歩き様、妙な話を混ぜて来たディスケスには頭をひねったものだけど。

 隅に何を置けないんだろう?変な奴だ。


 ひねる頭もそこそこに、大格納庫でも兵装研究に当てられた一角へと進み重厚な金属扉を潜る。

 宙空モニター群へ兵装の現状全てが映し出される空間……ディスケスとマケディ軍曹の持ち場の一つ――最前線の現場だ。


「いよう、お二人さん。クリフ大尉から大体は聞いてるが、こっちでもすでに準備は進めてんぜ? 」


「チーフ、その件は神俱羅かぐら大尉には漏洩厳禁っす。頼んますよ? 」


「おうおう、あの旗城きじょうが偉くなったもんだ! 分かってら、少尉の気持ちを汲むはやぶさかじゃねぇ。で……どっから始める? 」


 かつての後進をいじるマケディ軍曹の心は軽い――いや、違うかな?

 あの悲しき出来事から気持ちを切り替えるため、少し大げさに喜んで見せてる様な気がする。


 ローナさんは俺達 機動兵装パイロットに止まらない、クルー全ての心の支えだったんだ。

 普段は綾奈あやなさんとおバカな押し問答で有名なチーフでさえ、格納庫の奥でマジ泣きしてたと聞いている。

 ――こんな人情に厚い人だからこそ、今回の俺の案には身を乗り出して協力を申し出てくれる。


 これ以上宇宙人そらびとの民からも、俺達クロノセイバー仲間内からも……誰一人悲しい結末を辿る者を出さない決意と共に。


「はい、まずは俺と綾奈あやなさんの格闘スタイルの違いをデータ上と……今まで記録された戦闘画像から、皆さんへ視覚的に理解し易い情報として表示します。」


 軍曹の気概にたかぶってしまった俺も、さっそくとばかりにモニター群をタッチパネルで操作し始めた。


 最優先となるのは、整備チームでは恐らく全容が把握しきれない俺達格闘家の動きを明確にする事。

 元来お袋率いるかのF・H・A・Cフリーダム・ホープ・アカツキ・コーポレーションでは、Αアルファへ俺が格闘技を用いる事前提であらゆるシステムと装備を満載してたはずだ。

 けれど俺は長く戦いを続ける内……綾奈あやなさんでも気付かない、システム上の特殊封印が施された場所を発見してしまった。


 いや――むしろそれを発見し易い様、意図的にメインコックピットにのみ提示させる仕組みだったんだ。


「次に……アシュリーさん達から教わった、綾奈あやなさんが持つ独自の格闘スタイル――確か地上 三神守護宗家が源流の古武術を交えた、システムで認識出来る様にします。さらに――」


「クリフ大尉へその旨を話した上で得られた、展開出来る様にし……そちらへシステムをチェンジした場合有効とするのがまず最初の仕事っすね。」


 きっとお袋も見ていたに違いない。

 綾奈あやなさんが機動兵装のメインパイロットになる事に憧れ、血の滲む様な研鑽を積み上げてきていたのを。

 けどかつては起動実験もままならない事態――からの極めて重要な任務への長期出動が重なったΑアルファへ……最早お袋が、彼女への労りを機体に込める事さえ儘ならなくなった。


 だから託されたんだ……お袋の想いを感じ取る事が出来る俺へと――


 そう思考し、説明の中モニターを睨め付けていた俺の視界の端へ……後で了承を得るはずだった人が現れた事で「やべ……」と嫌な汗を噴出させてしまった。


いつき、関心しないな。これは部隊前線指揮を取るオレの了解を、真っ先に取るべき案件だと感じるんだが? 」


「……っと、その(汗)。すいません、クオンさん。事後承諾じゃ話にならないっすよね。」


 思わずそちらを見た俺へ、同じ境遇だったディスケスにマケディさんまで冷や汗垂らして硬直してしまった。

 もうこの人は、それだけの緊張感を呼ぶだけの部隊指揮官となった人だから。


 そんな指揮官の影から、ニッコニコの笑顔で現れたジーナさんを見やるクオンさんが告げて来る。

 俺達の動揺なんて置き去りにする様な、ビックリ仰天の提案を準備して。


「事後承諾で良いなんてレベルの話ではないぞ?いつき霊装機セロ・フレームはそもそも軍の最重要機密の塊だ。忘れたとは言わせないからな。ならばそれを――」


「君の気持ちは俺達も理解しているつもりだ。だからこれよりオレとジーナも、そのΑアルファフレームへ――いや?これより新たな名をたまわる、の強化開発へと名乗りを上げさせて貰うとしよう。」


 機体名称へ〈ライジングサン〉の名を掲げるとの宣言。

 それは正に、――



 そしてあの宇宙そらの深淵とうそぶいた、マサカーから贈られた賞賛でもある〈舞い上がる太陽ライジングサン〉と言う誇るべき名が告げられたんだ。

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