第203話 そして黒き聖者は、凶鳥の翼と共に舞い上がる
そして地上では命の恩人となる
俺を残虐なまでに翻弄する因果の
この身を、日本国が有するマスドライブ・サーキットへと移送した宗家の機関員……その誰もが歯噛みしつつ俺を必至で
その彼らの反応を見やる俺も同時に、言いようの無い思いが込み上げたものだ。
湧き上がる地上人への憎悪と憤怒。
すでにそれは抑えられない程に昂ぶり、月宙域で火星圏へと帰る算段を模索する中も荒ぶっていたのだ。
それより数日後、火星圏で俺と通じる友好組織の者が使者として移送に訪れたのをきっかけに、俺はある頼みを申し出ていた。
「グラジオス・マーグ大尉、あなたに頼みがあります。ボクをラヴェニカさんがいたソシャールへと護衛として運んでくれませんか? 用はすぐにすみますので。」
「おやおやジェントルメン、あの危険地帯へ用があるってぇ? そいつはちと厄介だが……まあ、政府の汚れ役に後始末が私の仕事でもあるからねぇ。それに――」
「今形だけついてる上役とも、時期に縁が切れる所だ。ちょうどいい、その依頼受けてやろうかね。」
十年前も今と変わらぬ
それがどこからの差し金かは、今となっては測り兼ねる所だが……当時の俺ではそこまでを調べ上げる知識も経験も全てが足りていなかった。
だがそんな助けさえも当時はありがたかたった故、彼の持ち機動兵装護衛の元小型シャトルで火星圏宙域を飛んだ。
そして――
俺の死亡を確認出来ていない政府強行派の目を掻い潜り、辿り着いたかつて恩師 ラヴェニカと僅かに暮らした家のあるソシャール……すでに四方が戦略フレームの十字砲火で瓦礫と化したそこへ赴いた。
「長居はできないよ?ジェントルメン。奴らの目を盗んでいる今、持って数分……それまでに用をすませてくれるかい? 」
「遺品整理です。彼女はそれほど手持ちの品を持っていませんので、それで充分ですよ。」
分かっていたとは言え、瓦礫を歯噛みしながら掻き分け……少ない彼女の遺品を丁寧に集めていた時。
傾いた化粧棚からか細い鎖がサラサラと落ちる音を聞いた。
音の方へ足を向けた俺の視界に映ったのはネームタグ。
恩師ラヴェニカがいつも付けていた、彼女の存在を唯一現実へと繋ぎ止める形見。
それを拾い上げた俺は、後二分と通信で告げて来るマーグ大尉が映る宙空通信映像へと背を向け――
もう還らない恩師と、自身を命懸けで
十年前。
あの日から、俺は憤怒と憎悪を撒き散らす様にある壮大な作戦を思考に描いた。
足りなかった知恵を、戦力を、そしてあらゆる情報を引っ提げて――
積年の負の感情を原動力とし、やがてそれを一つの目標へと変換する。
だが全てが軌道に乗り始めた八年前、それは現れた。
》》》》
火星圏宙域は衛星フォボス周辺アステロイド帯。
そこへ身を隠すは
そこに誂えられた宇宙修繕ドックで、穿たれた大翼が程なく傷を癒す頃合に怪鳥艦内へと通信が飛ぶ。
「少し時間を無駄にした。だが先の戦いでは、あの禁忌の聖剣相手によくぞフレスベルグを守り抜いた。これを失えば、我らの革命と言う大義のための重要戦力を失う所――改めてここに集う同志に感謝する。」
艦内へ向けた通信を飛ばすのは
彼は今機動兵装内よりそれを送っていた。
『隊長……それの調整はすでに完了していますが――背部ユニットの実戦データが不足しています。現在ユミークルが、あのクロント・ボンホースの人格再設定に集中しているため機体武装調整までがギリギリです。』
「構わん。さんざん踊らされていた火星圏政府も、相手がまさかこの世に存在しないAIヴァーチャルデータとは思ってもいないだろう。陽導は充分と言える。」
声が響くや
その通信に続く様に言葉を投げたのは
言うに及ばず、彼女が狂気的なまでに心酔する男の復活は彼女自身の動きを格段に上昇させるカンフル剤になる。
そんな狩人と通信映像をやり取りする漆黒は、通信を全周波体から狩人にのみ聞こえる周波へ変更すると――
そのまま機体外にいる彼女を呼び寄せた。
『ラヴェニカ。重要な作戦指示がある……機体最終チェックを装いこちらへ来い。』
「えっ!? は、はい! 」
定番とも言える口元まで裂けんばかりの薄笑いを浮かべた狂気の狩人が、チェックを装えと言う指示も忘れてあせあせと小走りで漆黒の元へと向かう。
各部集光グリーン機構が怪しく光を放つ、部隊長機として
胸部からやや腹に近い装甲が排圧と共に左右と上部へ開かれ、そこへ通じるハンガー通路から走り寄る狂気の狩人に対峙する様に漆黒が立つ。
ほどなく息を切らせて駆け寄る彼女へ向けて……部隊が最悪の結末を向かえた際の行動を、漆黒は指し示した。
「我らザガー・カルツが万一完全敗北した場合は、お前が筆頭となり速やかに部隊を解体後……クロノセイバーへ投降しろ。可能な限り部隊からの死別者を出さぬ様にな。」
「……っ!? 隊長、それは――」
漆黒を崇拝して止まない狂気の狩人も、双眸を見開き普段では見せぬほどに慌てふためくが……構わず漆黒は伝えるべき指示を伝達して行く。
「現在部隊を俺以外で指揮する事が叶うユミークルでは、根底の所で俺達の思想から離れているため……敗北後もそれを認めず、私情に任せて思わぬ強行にでかねない。俺達の役目はあくまで悪を演じる事――」
「それによって
そこまで語った漆黒は、狂気の狩人が胸元に提げるネームタグをそっと撫でる。
狩人もそれが自分を撫でられた様に感じ、くぐもった声を上げた。
そして――
「ラヴェニカと言う名は、お前以外の女性の物だとは理解しているだろう? だが、もうその名はお前が生きた証だ。部隊解体後はお前がこのザガー・カルツの語り部となり、俺達が味わった地上人の招いた地獄の惨劇を……集めた膨大なデータ分余す事無くこの太陽系全土へ発信し続けろ。それが――」
「それがお前に与える、俺の死後を見据えた最後の命令だ。」
「たいちょ――ん!? 」
かつて廃墟の様なソシャールから拾い上げ、ただの駒として手元に置いていた狂気の狩人へ向け……漆黒が口角を上げた。
嘲笑ではない――慈愛さえ浮かべたほんの僅かな微笑で。
想像だにしない漆黒の表情で呆ける狂気の狩人の、腰に手を回した漆黒はそのまま彼女を抱き寄せ唇を重ねる。
甘い吐息が漏れる狩人を、僅かの間悶えさせる程に……情熱的に。
「お前はラヴェニカ・セイラーン……お前は俺が生きた証だ。この世界へ低俗なる愚物を蔓延させるな。
開放され、苦悶と熱を帯びた表情の狂気の狩人へ語る姿はまさに聖者。
彼は革命を旗上げした時点で、敗北後に己が革命の首謀者として死ぬ事を覚悟していた。
己の死さえ前提とし、全ての策を組み上げていた。
それはまさに、悲劇にその身を焼かれ漆黒に塗り潰された……黒き聖者そのものであったのだ。
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