第202話 草薙の剣が守りしは、宇宙の親愛なる同胞



 宗家特区医療施設での養生の甲斐あり、順調な体力回復を見た堕ちた少年エース

 頃合と見た宗家は彼の早々の移送準備に移って行く。

 しかしその時点では、少年を宇宙へと運ぶ手段は限られており――


「以上が移送に関する事前説明となります。現代の地上では、古代技術関連の使用は愚かその情報流出さえも制限を受ける事情ゆえ――」


「宗家が宇宙の同胞用に用立てたシャトルを用い、さらにはそれを限定解除されるマスドライブ・サーキットで打ち上げる必要があります。」


「分かりました。言わばあの回転翼機と言う飛行機体で、発着場とやらへ。その後はフジヤマと呼ばれる場所に秘匿される当該施設からシャトルで宇宙そらへ……と言うのが、ボクの移送手順ですね。」


 堕ちた少年移送の詳細を、生ける伝説叢剣に仕えるインテリSP善秀が順を追って伝達する。

 

 宗家管轄医療機関施設内……要人向け個室へ招かれた少年も、現状頼れる相手が宗家以外にない事もあり真摯な受け答えに徹していた。

 思考では豪気な女傑ラヴェニカとの日々と悲劇的な別れと、それを招いた愚かなる地上人への憎悪が少なからず渦巻いて――

 しかし眼前の地上人は、己をおとしいれた愚物とは大きく異なると言い聞かせながら。


 インテリSPが口にした通り、その時代でのいにしえなぞらえる技術使用には厳重な制限が科せられていた。

 言うに及ばず……それは観測者と呼ばれる存在――宇宙そらで言う惑わす蛇リリスたるリヴァハの姉妹たる少女を形取る者。

 名をアリスと呼称する地球を守護せし観測者によってかけられた制限だ。


 古来より、過ぎたる技術の乱用が文明崩壊と人類滅亡の引き金となったのを知る古き者達。

 それらが文明を維持するために科した制限は、地上人と宇宙人そらびとの間に大きな技術格差を生み出す事にも繋がった。

 だが、宇宙そらに住まう人類は対する巨大すぎる宇宙摂理に立ち向かうため、自立と共存の果て高次元の存在へとシフトしたのだが――

 逆に緩やかな退化を続けていた地上人の状況を鑑みれば、技術制限を受けるは致し方なき事でもあった。


 個室内簡易モニターで目的地を視認した堕ちた少年。

 そんな状況下目にした、場にそぐわぬ景観へ映像ながらに感嘆を洩らしていた。


「これが、。なんと荘厳な……そして雄大な姿。宇宙そらしか知らぬボクも、こんな物はお目にかかった事がありません。」


「そうですか。ならばモニター越しではなく帰還する僅かの間にでも、その目に焼き付けて故郷へとお戻り下さい。今我らは、あなたを国内観光にさえ送り出せぬ状況ですが――」


「我が国を代表する、荘厳なるかの山を見せられるだけでも誇りであります。、お目汚しとなってしまいますが。」


 多くが観測者の制限下にある中、限定的な使用を許可されたマスドライブ・サーキットの一つがそこ……富士の樹海内へと秘匿された地上の巨大な古代技術施設ロスト・エイジ・システムであった。

 元々膨大な電磁力を伴うそれは、秘匿する際も周囲へ結界の如く電磁波流を撒き――その影響で人が迷い込めば出る事叶わぬ樹海へと変貌を遂げていたのだ。


 その数少ない宇宙そらへの渡航手段となる場所へ向けた、宗家所有の移送用回転翼機ヘリコプターが待つ臨時飛行場へと黒塗りのセンチュリーが宗家特区医療施設を出た。


 背後に只ならぬ気配を引き連れたまま――



》》》》



 宗家が有する軍事兵装や移動貨物車両は、本来日本国のおおやけへ必要以上に曝す事が禁じられている。


 すでに国家の防衛の要である自衛隊が存在する中で、それらの必要意義を知らぬ一般市民の感情を煽らないための処置。

 故に宗家に於ける対魔防衛に於けるそれら運用は影で秘密裏が主であり、場合によっては後手に回る件も存在するのだ。


 堕ちた少年エースを移送する件に至っては、対魔防衛と言う本来のお役からは大きく逸脱する行為であり――捉え方によっては強大な軍事力を私物化しているとも見られる恐れがあった。


 それらを思考に留めながら、インテリSP善秀が運転するセンチュリーが現在建設途中の宗家所有臨時飛行場施設へ入り……堕ちた少年の視界へ陰陽の紋をあしらった回転翼機ヘリのアイドリングする姿が映る。

 が――

 本来同乗する事はまかり間違ってもない生ける伝説叢剣が、回転翼機ヘリの傍で待ち構えていた。


 眼前の当主とあらかじめ打ち合わせしていた様なインテリSPは、そこで急激に車両のアクセルを踏み込みバックミラーを睨め付ける。

 そこにはセンチュリーを密かに追っていた複数台の黒塗り車両が映り込んでいた。


「ヒュビネット様、手荒くなり申し訳ありません。が……ご容赦を! 」


 と放つや、インテリSPは宗家で当たり前とも言える改造を施されたセンチュリーの……本来備わるはずのないサイドブレーキ――縦に伸びるレバーで油圧作動の強力な後輪ブレーキを引き絞る。


 背後から迫る車両から大きく距離をとるため、インテリSPは見た目では分からぬ程のレース用チューンを施されたセンチュリーを……華麗なハンドル裁きとブレーキテクニックで180度ドリフトターンさせた。

 鈍重と思われた車両が激しいスキール音を上げ、有り余るパワーで空転したタイヤから煙幕の如くスモークが巻き上がる。


「……なにがどうなっているんです!? この状況は――」


「残念な事に、あれが先の話で洩らしましたお目汚しの不逞にございます! しかし我らはあなたの味方……なんとしてもあなたを宇宙へと帰還させてさしあげましょう! 」


 煙幕に紛れるセンチュリーの自動開閉ドアが開くや、堕ちた少年へ行けと視線を投げるSP。

 さらにそれを待ち構えるのは、彼を救わんとこの場に先んじた生ける伝説 草薙 叢剣くさなぎ そうけんであった。


 ふところよりデザートイーグルを抜いたインテリSPは、開けた車窓から44口径の弾幕を轟音と共に煙幕の中へと撃ち放つ。

 それでも視界に捉えた黒塗り車両の集団には、弾かれた様な音が響いただけに止まった。


「こちらは対戦車砲も弾く人工オリハルコン製の強化装甲……人の持ち得る銃では傷は付けられませんよ? 」


 迫る車両内で余裕の笑みを浮かべるは、現在の宗家へ反対を示す派閥首魁 天月源清てんげつ げんせいである。

 反意の分家源清が手を挙げるや黒塗り車両……十台は下らないそこから武装集団が銃装備で走り降りる。

 中に混じるSUV車両からは、搭乗しうる限りの武装兵。

 それが各々に、アサルトライフルを構え飛行準備に入った移送回転翼機ヘリを取り囲み――


 問答無用の銃弾の弾幕が火を噴いた。


「ヒュビネット殿、こちらへ! ヘリが間もなく発つ! だが奴らに、対戦車ミサイルなど放たれては、万事休す……詳しい事情を語る時間もない! さあっ! 」


「何を……事情は兎も角、あなた方はどうなるのです!? 助けられた手前、ボクとしてもその恩人を見捨てる様な事は――」


 置かれた状況へ疑問符を躍らせた堕ちた少年だったが、彼も誇りある軍人を目指した端くれ――眼前の生ける伝説が何を言わんとしているかを感覚で悟ってしまう。

 自分を救おうとする者がいて、それを阻止し自分を利用せんとする者がいる……ただそれだけと。


 事の外地上に住まう人類の根底が、想像以上に腐敗しきっていたと言う事実を。


「上手くまいたつもりでしょうが、あの宗家特区は我々にとっても庭の様なもの! それにあなたが起こす行動の多くに、反感を持つ同志も多くいる! そう――」


「そんな宇宙人うちゅうじんと馴れ合う様な未来など望まない! 宗家の歴史は、……草薙 叢剣くさなぎ そうけん! 」


「やはり、反宗家の他派閥勢力が幇助していたか……潮時だな。」


 銃弾の舞う後方に陣取り、嘲笑う反意の分家が高らかに歪んだ思想の全容をぶちまける。

 御家への変革を齎さんとする生ける伝説を、

 すでにあらかたを覚悟していた生ける伝説も、そここそが死に場所と腰にかけた日本刀と思しき刀を抜き放った。


 それは刀にして刀に非ず。

 一般の真打などとは一線を画すその柄には、炎陽を模した装飾と陰陽紋。

 只ならぬ霊的な力がほとばしるは、守護宗家はクサナギ家が当主へ代々継承して来た荒ぶる破壊の権化の力の一端を宿す霊刀。


 対魔討滅を齎す破壊の炎神〈ヒノカグツチ〉を宿す刃である。


 堕ちた少年を守る様にそれを構えた生ける伝説は半身で彼へと振り返り告げる。

 宇宙そらから訪れた同胞を、その身を以って守り抜く決死の覚悟を。

 

「あれらは腐っても、宗家を頂かんと研鑽を詰んだ身内の強敵。されど私も老齢ゆえあの数を屠れる保証はない。生ける伝説などとうたわれてはいるが、人間は老いには勝てんものだ。」


「だがせめて……せめて残る命は、宇宙の同胞を守るためにと取って置いた。願わくばエイワス・ヒュビネット……君が宇宙への帰路についた後でも、どうかこの地上の稚拙な愚かさを憎まないで欲しい。いつか地上の人類も……いつかは――」


 そこまでを語った生ける伝説は燃える刀身を正眼へ構えるや、裂帛の剣気を不逞なる輩へと叩き付けた。


「ここが我が死に場所と見たり! 老兵は身を引こう……だが古き歴史は良い形の変革なくしては生き残れない! そのきっかけとなる宇宙の同胞の未来のため……草薙家表門当主 草薙 叢剣くさなぎ そうけん――推して参るっっ!! 」


 歯噛みし回転翼機ヘリへ駆ける堕ちた少年と、それを守る様に弾け飛ぶ炎風となる生ける伝説。



 後の世界を震撼させる、計略発動の引き金となってしまう悲劇的な別れ。

 それが深く、そして痛ましく蒼き大地に刻まれてしまったのだ。

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