第201話 蒼き呪いは聖者の心を蝕みて



 最後の記憶は海洋へ力なく沈み始めた機体の惨状か。

 すでに破損が致命傷となる頃には、炎上箇所が海水で鎮火していた。

 よくよく考えてみれば無茶な着水……そのまま海の藻屑となってもおかしくはなかった。


「――っ……。ここは? 生きているのか?ボクは……。」


 徐々に鮮明となる視界が映す風景は、Ωオメガに決定打を受けて以降に見た純白の清潔感漂う医療施設の室内。

 言わばそれが二度目だったのだ。

 大きく違っていたのは……である点か。


 当時生を実感するも、油断は出来ない状況であった。

 座標としては日本近海へ着水したと推察するも、あれだけ広域な海洋でピンポイントに日本国が自身を発見できると言うのは奇跡でも起きなければ不可能だ。


 だが目覚め直後、それが奇跡以外の何物でも無い現実を目の当たりにする事となる。


「気が付いたようだな、宇宙からの来訪者よ。まあ、あまり無理をするな……全身打撲と脳に軽い障害も出ていた。さらにはこの大気圏内不順応から来る症状が出ている。幸い我が守護宗家では、宇宙での活動を主とする身内もいる所――」


「その不調に合わせた医療設備を準備できた。本当に奇跡としか言い様がないのだがな? 」


 ベッドで上体を起こした所でかかる声は、初老ほどの年季を感じさせ……しかし敵意の様なものはなく心よりの労りを乗せたもの。

 そして宇宙人そらびと社会でも常用となる言語で、そこが日本国である事を確信した。


「ここは日本国でしょうか? ボクはどうやら助かった様ですが、あなたがボクを? 」


「……! なるほど、宇宙に上がった宗家関係者から聞き及んではいたが……どうやら日本語は宇宙共用語の一つになっている様だ。ああ、名乗りが遅れて申し訳ない。私は草薙 叢剣くさなぎ そうけん――」


「この日本国の守護を仰せつかる、三神守護宗家は草薙家の表門当主だ。そして我が宗家の特殊部隊が君をここへ運んだ次第。私が君をと言う点は、少なくとも間違いではない。」


「そうですか。ボクはエイワス・ヒュビネット……故あってこの様な事態となりましたが、救出と保護には感謝します。」


 声を聞くや同胞を見る様な初老は安堵を零し、初老の男は名乗りと事の詳細説明に入った。

 俺への警戒は皆無の、客人をもてなす様な口調で。


「遅ればせながらの紹介の後でなんだが……残念な事に今の時代背景的事情により、そのまま君を国内観光へご案内とはいかないのが実情。体調が回復次第、君を宇宙側へと移送する準備を現在進めている所――」


「これは君の身の安全を保証する上での最良の判断と、こちらも考えている。そこは悪く思はないでくれ給え。」


 表情からして嘘偽りでない事は確認した当時の俺。

 その時点では、時代背景から来る事情などは範疇の外であったのだが――


 そこから時を置かずして、彼が口にした事情とやらをその身で体験する事となったのだ。


「この大気圏内への不時着は正直賭けでもあり、そんな中で自身の命を優先で助けて頂いた手前。これ以上の無理を通すいわれもありません。分かりました、その移送までは身体の養生に努めます。」


「そうか。そう言ってくれると助かる。身の回りの世話と、ウチの宗家分家でも信の置ける者を配置する故な。」


 身辺警護との言葉の羅列。

 身内で信の置ける者と言う追加で、俺は自身の置かれた状況を悟ってしまった。



 詰まる所――俺を含めた宇宙そらから降りて来る宇宙人そらびとその物が、時代錯誤の世界には望まれぬ存在だと宣言されたのだ。



》》》》



 日本が誇る三神守護宗家。

 しかしその実体は時代の移り変わりと供に変容し、新たな時代に合わせた態勢へ移行する親宗家派と……古来の仕来しきたりに固執・強行する反宗家にと内部分裂が勃発していた。

 中でも分家過激派は実力行使に訴える事もしばしばであり――古き考えに固執するあまり、その過激な行動はやがて内部分裂をより顕著な物へと誘っていたのだ。


 時期は秋の頃。

 その秋の天空から墜落して来た宇宙製の機体。

 守護宗家はクサナギ家が真っ先に動いたため、世界的な情報漏洩は即座に収拾を見る事となるのだが――

 それをハイエナの様に嗅ぎ付けた者達が、残念な事に事の詳細を把握してしまっていた。


「いけませんねぇ、宗家御家元は……この様な有益な情報を秘匿するなど。この――それ以外の情報や技術こそが他国の勢力より抜きん出る、言わば国家軍事力強化に於ける重要なファクターなのですから。」


「そこへ宇宙人うちゅうじんの地球侵入など、またとない技術研究の機会。それをおめおめ送り返すなど、正気の沙汰ではありませんねぇ。」


 宗家特区から大きく離れた反宗家派が擁するアジトは、日本国内でも地図にすら記されぬ洋上の孤島。

 首都圏を初めとした特区一体は、主に御家元が管轄であり至る所にその手が及ぶと……反宗家派は首都圏洋上のみならず日本国各地に地図にない拠点を構えていた。


 そんな反宗家派で台頭するはクサナギ家は分家末端の一家である天月てんげつ家。

 当主である天月 源清てんげつ げんせいが、反勢力の手綱を握っていた。


 そして彼は吐き捨てる。

 一般的に、同胞が宇宙に住まう者を呼称する際の〈宇宙人そらびと〉ではない……〈宇宙人うちゅうじん〉と言うを以って。

 そう――彼らが呼ぶ宇宙人うちゅうじんと言う言葉に人権などは皆無。

 、反宗家派と呼ばれる者たちであったのだ。


 反意の当主源清は拠点孤島の施設内で事の詳細把握に努める。

 宗家管理の防衛施設同等か、それ以上の防衛要塞と化したその一室で。


「君達は、あの叢剣そうけんめが宇宙へ送還する前に特区へ。その際目立つ行動は控えろ。腐っても奴らは守護宗家の本丸……正面から当たれば相応の人的損害をこうむる事となる。が――」


「戦の華はやはり、総大将の首級。実験対象を匿った事実と、奴らを本丸から引き摺り降ろす。そして晴れて我ら、天月てんげつ家こそが次期クサナギの本丸よ。」


 ヘイト発言からの人権無視。

 そして時代錯誤な戦国武将の様な思考がチラつく反意の当主は、

 それは世界が如何に未来への道を歩もうと、必ず存在する一握りの偏重主義を持つ人間のサガ。

 日本だけではない、世界中に存在する数多の争いの元凶であった。


 その時より反宗家が組織した特殊部隊が宗家特区へと侵攻をかける。

 秋の宵闇に紛れる様に、祖国の同胞を欺く様に。




 這い寄る同胞の毒牙の猛威を知らぬ堕ちた少年エースは、その身を未だ宗家医療施設へと預けていた。

 怪我の状態はすでに回復すれど、未だ大気圏重力下での生命活動に支障を来たす彼は、自身が素手での防衛にさえ難がある事を察し養生に徹していた。


 すでに悟った、と言う事実を胸に。


「あの艦砲射撃を受けては、ラヴェニカさんも……。そしてボクはこんな人知れない土地のベッドの上。ボクは何を間違えて、こんな事に……。」


 災害防衛に尽力するフレーム乗りに憧れ、己を鍛えんがため教導を申し出た豪気な女傑ラヴェニカとの訓練の日々。

 そこから導かれた今に絶望すら覚える堕ちた少年。


 そんな彼を支えるのは――

 彼を同胞と呼び宇宙そらへの帰還にさえ手を差し伸べた者……草薙 叢剣くさなぎ そうけんと言う未知の世界で邂逅を遂げた、人としての大器を備える武人。


 そう思考し、明るい室内から窓の漆黒に浮かぶ無数の電飾を眺めていた少年に声がかかる。

 身辺警護に当たっていた分家の男性からである。


叢剣そうけん様のSPを勤めさせて頂いております、綾凪 善秀あやなぎ ぜんしゅうと申します。ヒュビネット様、体調で優れぬ所はありませんか? 」


「ああ、ありがとうございます。何分地球の重力圏が初めてなもので、幾分普通の動きさえも満足にいかない所があります。」


かしこまりました。当主はその辺も含めて私を配しと考えております。ご要望があれば、何なりとお申し付け下さい。」


 柔らかな物腰とフチなし眼鏡に、日本人らしい艶やかな黒の御髪を切り揃えた若者。

 綾凪 善秀あやなぎ ぜんしゅうと名乗ったSPは……己の行動は全て、忠義を抱いて止まない当主 叢剣そうけんの御心そのままとの態度に終始する。


 それだけでも堕ちた少年の心は、二三言葉を交わした程度の守護宗家が誇る偉大なる武人の、尊敬に値する心根に触れた様な感覚に包まれた。


 少年は白きベッドの上で、生の実感を改めて噛みしめ……地球に住まう同胞との親睦を確かに深めて行く。



 やがてその身に訪れる、地球人類全てへの憎悪を刻み付ける凄惨なる悲劇も知らぬまま――

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