第204話 小さな未来の大きな一歩



 禁忌の怪鳥フレスベルグ漆黒ヒュビネットが新たな行動に移らんとする中。

 救いし者部隊クロノセイバー中継ソシャールラック・ラッドへ災害避難民移送を完了し、宇宙航行物資の運び込みのため一時係留していた。

 避難民の中には未だ完治していない重傷者もおり、ソシャール医療センターへ部隊からも医療班が出て医療支援に当たるが――

 必死の任務遂行の中に、未だ笑顔の一欠けらさえ存在していなかった。


 妖艶な女医ローナの死が、それほどまでに部隊の奥底へと悲しみのくさびを打ち込んでいたのだ。


 そんな悲壮感のただよう中、容態回復に向かう避難民の病床をいそいそと駆け回る影がいた。

 妖艶な女医に、救うべき命の全てを託されたマスコット伍長ピチカ宴黙な軍曹アレットである。


「お姉さん、お身体の調子はどうなのだ? もし気分が優れないなら、ピチカへ一報よろしくなのだ。」


「はい、お陰様でとても気分が安定しました。本当にありがとうね?小さな女医さん。」


「む……食事がすすんでいないようだぞ? あなたは極度の衰弱した状態で運ばれてまだ、回復が充分とは言えない。食べられるだけでも食べ、少しでも身体へ栄養を蓄えるといい。」


「……ありがとう、姐ちゃん――いや……凛々しい女医さん。故郷とも言えるソシャールがなくなって、どうにも食事が喉を通らなかったんだ。けど、そんな女医さんの心配そうな顔見たら、このままじゃいいけねぇって思ったよ。ちゃんと食事は取るから安心してくれ。」


 実質彼女達は、殆ど休息も取らずの医療対応。

 救いの御手セイバー・ハンズが誇る救急救命の女神の支援を受けているとは言え、明らかに疲れが顔へと刻まれていた。


 それを見かねた英雄少佐クオン

 今後を踏まえた重要作戦会議を終えた足で、彼女達の元へと赴いていた。

 彼女達の献身はどう思考しても、命を落とした妖艶な女医への積み重なる想いから、歯止めが効かなくなった状態と悟っていた故である。


「モアチャイ伍長、それとリヒテン軍曹。働き詰めはよくない……現状重篤患者は殆ど峠を越している。後はセイバー・ハンズと、ラック・ラッドスタッフへ任せて身体を休めるんだ。」


「少佐殿。む……確かに私達は休む間も惜しんではいられなかった。けれど今は人手不足も徐々に解消している中。であれば、少佐殿の配慮は謹んで賜るべきで――」


 英雄少佐の労りで、己の心身が限界近くまで酷使されていた状況を感じ取った宴黙な軍曹。

 そこへ気付けたのは少佐の言葉があってこそと、冷静に状況を分析……と――そこで自分以上に酷使しているであろう年下の伍長へと視線を移した。


 その時――


「次の患者さんは……どこ、あ……あれ? 」


 英雄と軍曹のやり取りを見えていないかの様に、次の患者へと足を向けようとしたマスコット伍長が……僅かに言葉を洩らすやふら付いた。

 そしてそのまま、患者のベッドへもたれ掛かる様に身体が崩れ落ちる。


「モアチャイ伍長!? リヒテン軍曹、彼女を治療室へ運ぶっ! 」


「む……!? まさかこんなになるまで、ピチカは! 了解です、サイガ少佐……すぐに彼女の対応に当たります! 」


 小さな身体で、命の恩人たる女医の無念を託された少女は……己の限界を越える程に医療現場で戦い続けていた。

 英雄少佐が直感を以って訪れたそのタイミングで、彼女の緊張の糸が途切れてしまったのだ。


 周囲で看護を受ける避難民が心配を寄せる中、英雄少佐は幼き勇者の体を抱き上げきびすを返し……掛け替えのない同僚に配慮が足りなかったと歯噛みする軍曹も後に続く。

 程なく知らせを受けた中継ソシャール側医療スタッフが「ここはお任せ下さい。」との配慮を見せ、手が空いていた霊装機セロ・フレームパイロットらも駆け付ける。


「極度の緊張と過労から来る高熱が出ていたが、倒れたタイミングが良かった。だが暫くは安静にさせておけ。」


「む……シャーロット中尉。その、私も配慮が不足していた。ピチカは我らよりも体力的に幼き身空。そこで力の限りを尽くしていたのに、気付くのが遅れるとは痛恨の極み。」


「ばかもの。この様な事態だ……尽力したのはピチカだけではない。リヒテン軍曹とて、医療現場を支えるべく戦い続けていたのは誰もが知る事実。これは誰が悪い訳でもない……だから彼女と共に、お前も休め。」


 中継ソシャールラック・ラッドの医療センターには、現在妖艶な女医を引き継ぐ形で小さな救いの英雄シャムが詰めていた。

 諸々を継ぐためソシャール側のセンター内にも存在する医療履歴などを参考に、己が医療の中核を担うための引継ぎ作業の中。

 そこへ突然運び込まれたマスコット伍長には双眸を見開くも、手早く処置を終わらせる。

 交わされる会話に大きく息を吐く霊装機セロ・フレームパイロット達。



 事なきを得たそこはやがて安堵の空気へと移り変わり、ようや宇宙災害コズミック・ハザードが引き起こした緊急事態は終息を迎えつつあったのだ。



》》》》



 ピチカはとても辛い日々を送っていました。

 ピチカを育ててくれたパパとママは、自分の食べる物も惜しんで与えてくれ……ピチカ以上にやせ細っていたと聞いています。

 それでもピチカ達家族を襲う砂漠地帯の猛威……飢えと灼熱と重度の感染症の試練が、容赦なく身を蝕んでいたのです。


 そして気が付けばパパとママはいつしか言葉さえしゃべれなくなり、たかるハエに見取られる様に――

 もうそこから、自分では食べ物を得る事が出来ない当時の幼いピチカは、ただ飢えと戦う一人ぼっちの時間を少しだけ過ごしたのです。


 けれど……幼い子供がそんな地獄の様な環境下、一人で生き延びられるはずもなく、限界を越えた飢えの中目を閉じて闇に浸っても良いと思った時――


 ピチカを必至で生の淵へ呼び止め、救い上げてくれたのがローナ先生でした。


「……むにゃ。あれ? ピチカ、なんでベットの上? 」


「むっ……! 良かった……心配したよ、ピチカ。身体の不調はないか? 」


「そっか。ピチカ、倒れちゃったのだ? が健康管理を怠るなんて、を取ったのだ。」


「その口調が出るなら、もう安心だな。だが念のため、残る医療勤務をキャンセルしてでも養生する事。これは工藤大尉からも言付けられている。いいな?モアチャイ伍長。」


「はい、なのだ。部隊を統括する、エーユーさんの命令には従わなければならないのだ。」


 ラック・ラッドの医務室ベッドで目覚めたピチカは、霊装機セロ・フレームのパイロットさん達とアレットが心配そうに見ていたので、ちょっと反省です。

 この部隊の素敵な大人方は、いつもピチカを応援し、励まし……支えてくれる掛け替えのない家族です。


「俺も協力するっすから、ピチカちゃんは今はゆっくり休むっす。」


「そうね。地球は地上を代表する日本人としては、人道的な行いこそ尊ぶべき――私も影ながらお手伝いさせてもらうから。」


「私も日本国のそう言った、ですか?そういう心意気、関心します!」


「いや……? ジーナちゃん、少し文化の知見に偏りがない? 」


 いつきにーちゃんも、綾奈あやなも、ジーナちゃんも……ピチカが悲しんでるかもと気を使ってくれ――それだけでもこのままではいけないと思ってしまうのです。


「さあ、モアチャイ伍長の事は暫くシャーロット中尉に任せ……我々はその協力にたる作業へと移る事にしよう。」


 そして素敵な大人方が残る任務へと移る中、病室にはアレットと二人だけが残されたのです。

 そのアレットが――


「む……ピチカ。激務から暫し開放された頃合だから言うのだが、実はエンセランゼ元大尉からの預かり物がある。少なくともこの様な事態を悟っていた彼女は、最初から君にこの映像記録を渡す算段だったようだが。」


「……ローナ、が? ピチカに? 」


 静寂を破るアレットの言葉で、胸が苦しくなったピチカ。

 けどローナ先生の想いがつづられているであろう、機械端末のそれを受け取ります。


 心のどこかで未だ信じられぬ事態と向き会う様に。

 ピチカの未来を自分で掴み取る様に――


「『ピチカ。これを見ていると言う事は、きっとあってはならない出来事が起きた後でしょう――』」


 いつも暖かく見守ってくれた、ピチカにとって一番素敵な女の人が映る宙空映像。


「『だからこそあなたへと、伝えたい事があります。もしあなたがちゃんと未来を見据えているならば……目指しなさい、医療従事の道を。あなたの故郷たる地球と、宇宙そらで助けを呼ぶ人達を救い上げる最後の砦となる道を――』」


 けどもう一つ、ピチカが彼女に抱いていた……秘めた想い。


「『私はあなたを宇宙そらに上げた事を後悔なんてしていません。だって、――』」


 そう――

 もうロナルファン・エンセランゼと言う、素敵なお医者さまで先生な人は……ピチカの――


「……ママ……。う、ふぇ……うわああああん――」



 せきを切った様に溢れる涙の向こうにいた映像に浮かぶ先生は、もうピチカの――いえ……育てのママだったのです……。



》》》》



 マスコット伍長ピチカの容態安定の後、各所からの進言と、少女と共にあった宴黙な軍曹アレットからのたっての願いが受理される事となる。


「リヒテン軍曹に異存はないかね? 元々は君の方が、モアチャイ伍長より先にそれを受けてしかるべきだが。」


「む……お気遣いは無用です、月読つくよみ指令。そもそも今は亡きエンセランゼ元大尉の思う所により、ずっとピチカの昇進を先送りとしていた所。それに――」


「元大尉の意志を正統に継ぐべきは、その教え子であり……血は繋がらずとも娘でもあるピチカをおいて他はありえません。」


「分かった。では――」


 救いの猛将俊英救いの女神シャム……さらには軍曹同行の元、禁忌の聖剣キャリバーン小会議室へと召集を受けたマスコット伍長は、その時より下る正式命をたまわるため黙して立つ。


「それでは改めて……ピチカ・モアチャイ伍長。君をこれより准尉とし、医療の砦たる〈いなづま〉の専属医療責任者 シャム・シャーロット中尉補佐を言い渡す。医療の道……遥かその先で、極めてみるがいい。」


「はい。ピチカは――いえ、 ピチカ・モアチャイは准尉を賜り、シャーロット中尉補佐の元目指して見せますのだ。エンセランゼ元大尉が指し示してくれた、掛け替えのない未来の道を。」



 そしてその命は、マスコットな容姿から脱却した――

 後押しする事となったのだ。

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