第198話 聖者を鍛えし女傑、ラヴェニカ



 十年前――

 俺がかの壮大な謀略行使へと辿りつく前の事。

 素質はあれど正規軍には程遠い機動兵装操縦技術をなんとかするため、とある施設へとその足を向けていた。


 今でこそ多くの者が俺のフレーム操縦を賞賛するが……そもそも自身が天才などと思考した事は一度も無い。

 無いからこそ俺は修練に修練を兼ねる日々に明け暮れた。


 まだ心が純粋であった頃……――


『どうした!?このひよっ子が! あたいの技術を盗むために、戦技教導を願い出たんだろう!? もっとあたいを、唸らせる成果を見せておくれっ! 』


「くっ……こんな速度、どうやって捉えれば――くあっ!? 」


 とある施設。

 俺が足を運んだ火星圏でも名の知れた女傑 ラヴェニカが居住する小ソシャール。

 そこで俺は驚愕の事態に晒される。


 彼女が駆る機体は

 ともすれば、防衛用に仕立てた自立制御のA・Fアームド・フレームの方が性能も高いのではと思えるそれ。

 そんな機体を駆る彼女は、噂に違わず悪鬼の如き強さを見せ付けた。


 当時俺が十を越えた程度の身空で挑んだ事を差し引いても、訓練用に与えられた手も足も出なかったのだ。

 そう――皆が持てはやす天才エースなどと言う言葉は、鍛錬を積まぬ者のやっかみであり強さを目指す事を諦めた者達の逃げ口上だ。


 真にこなれた者からすれば、俺が最初から天賦の才など持ち合わせていないのは一目瞭然だろう。

 だからこそ俺は女傑 ラヴェニカを師と仰ぎ教導を申し出……


 そして地獄の様な教導の後は死ぬほど眠り、減りすぎた腹の虫に叩き起こされると言う毎日が俺の日課。

 その度出される料理が存外に上手かったのは今でも覚えている。


「ほら、食いな! あたい特性の地球産肉を煮込んだものだ! それじゃ足りんだろうから、若造のためにリゾットも準備してやった……感謝するこったね! 」


「地球産の食材? 構わないのですか? 高価なのでは――」


「ああん?あたいの料理が食えねぇってのかい? いいから、そんな心配は無用。さっさと食いな、冷めちまうだろう! 」


「……強引ですね。……っ、うまい。」


 彼女に当てられたとも言える小ソシャールの建物の一角。

 恐らくそこに長年居を構えているであろう事は想像に難くない。

 居住するそこのキッチンであろう場所、侍女の様な者もいないそこでちらかる料理道具のあれこれが彼女の自炊からの手料理好きを覗わせていたから。

 そうして教導の合間に、その簡素な作りの居住空間で寝食を供にした彼女はやがて俺の新たな憧れとなっていった。


 だが地獄の様な教導戦闘は相も変わらず……けれど自身としても、それなりの戦いの型が出来上がって来た矢先の事。


 俺達へ急務となる依頼が舞い込んだ。


「……は? いえ、ボクは教導にしごかれる身です。その様な作戦への参加を唐突に持ち出されても。」


「つべこべ言ってないで準備しな! あちらはあたいが軍部に所属してた時の上官、無碍に出来ないお偉いさんだ。今のあたいがいるのも、彼と彼が纏める機関のおかげさね。それに――」


「あんたにはちょうど、実践訓練を回したいと思ってたとこさ。願っても無いったやつさね! 」


「心得ました。ふぅ……本当に強引ですね。」


 当時の俺の身長からすれば大人と子供以上の開きがある美神。

 見上げる先で豪気に笑う彼女はまさに、戦いの女神マーズの如き後光に包まれていた。


 そうしていつしかカラカラと笑う彼女が発する言葉は、純真無垢を地で行く俺……崇拝すら抱く啓示となっていた。


 抱く崇拝のままラヴェニカと供に依頼のあった任に着く。

 それは火星圏から遠く離れた地球圏での任務。

 有り体に言えば、その頃火星圏に混乱の火種が各所で捲き起こり……軍部としては猫の手も借りたいほどの惨状。

 そこへ来て、地球圏よりの依頼とかで中央評議会からの申請の元――小惑星群の排除を押し付けられたと言う。


 地球圏の社会で我らは極秘の存在であり、その我らへ依頼を振って来た地球側のいい加減さも去る事ながら……火星圏軍部の腰抜け感も同時に感じていた。


 そう思考に抱くも俺は、教導をラヴェニカに頼み込んだ手前断る事などできず――


「災害防衛と言う形を学ぶ上では、これ以上の舞台は存在しないか。」


 半ばなし崩しではあるも、心の中で決断して事に望んだ。



 そこで訪れる因果のうねりが、俺の人生を地獄の底へ叩き落す事になるとも知らずに――



》》》》



 地球は地上世界に於いて、未だ宇宙そらに生きる存在は皆無とされる常識が席巻する。

 そんな地上人と宇宙人そらびとおおやけでの友好的な接触は、ある意味絶望的とさえ言えた。


 しかし市井しせいに生きる民の預かり知らぬ所で、地上は知らずの内に宇宙人そらびと社会と繋がっていたのだ。


 暁の国家 日本で名高き三神守護宗家は、宇宙そらに居を置く御家の総本山。

 それらを初めとした世界の名だたる国家機関の、宇宙進出と銘打った秘密裏の接触――その中には火星圏に住まう同族との交流も含まれる。


 が――

 全容はほとんどが世間には公表されず、さらにはそこへ古の技術体系ロス・トエイジ・テクノロジーかかわる事もあり……地上の誰にも悟られぬ体での国交が世界を一つに繋いでいた。


『ミズ・セイラーン、ここから30000の距離に部隊を展開し災害防衛にあたります。何かご質問は? 』


「ああ、だけどね…… 一つだけ聞こうかい。これは本当に災害防衛の依頼なんだろうね? 」


『ええ、これは地球側より依頼された案件。あなたが気にする様な事は何もありません。任務に集中下さい。』


 そんな地球側へ降り注ぐ宇宙災害コズミック・ハザード、小惑星群飛来に対する防衛を依頼された豪気な女傑はその日――

 火星圏で設立された、当時はまだ手を取る国家も少ない連合宇宙軍出向部隊に同行していた。

 その当時はすでに滅亡を迎えていたマルス星王国の事件が影響し、国家群相関関係の大幅な変化が起きていた火星圏。

 後に火星地上と火星宙域を二分する国家群は、まだ宇宙人そらびと社会情勢を睨みながら伏していた。


 そこで小惑星帯に居を構える中央評議会からの打診で結成された災害防衛部隊……が、後世で活躍する木星圏が誇る災害防衛機構に比ぶるまでもなく規模が小さかった。


 そう――

 木星圏で火急とされる宇宙災害コズミック・ハザード防衛は数で勝れる無人オペレートの重機兵装を主力とし、火星圏では人と争う事が前提の有人機体を中核に据えた部隊配備が主。

 まさに双方が入れ違う様に、社会の時代背景を逆になぞる軍事防衛施策の歴史を辿っていたのだ。


「(かの木星圏が誇る災害防衛では、A・Fアームド・フレームを中心に小惑星への防衛を張っているそうじゃないか。精度は落ちるが数は準備できるし、その上軍人の殉職率も相当下げられるだろう。しかしねぇ――)」


「エース、聞こえるかい? これは秘匿通信で話してる。あたいはどうも、こっちを買ってくれている上役は兎も角……ここで共同戦線を張る奴らの態度が腑に落ちない。確かに災害防衛対象である小惑星群は確認されている様だがね。」


 腐っても元軍部大佐の豪気な女傑ラヴェニカ

 己が配された部隊から漂う言いようのない感覚を気取っていた。

 それは彼女に散々しごかれた聖者な少年エースも同様であり――


『やはり気付いていたのですね?ラヴェニカ大佐。確かにボクもおかしいとは思っていました。宇宙ソシャールへ降り注ぐなら兎も角、この膨大な大気層に守られた地球を見るに杞憂とも取れる災害防衛対象の数。』


『しかもいくら地球側とて、これほどまで正確に把握出来る小惑星群飛来に対処できぬはずもない。仮に彼らが防衛能力は皆無であったとて、それを事前に回避できる宇宙監視体制ぐらいは整っていてしかるべきでしょう。』


「ほう?よく見てるじゃないか。伊達にあたいへ教導指南を求めて来た訳じゃないってことさね。後、大佐はよしな。もうあたいは現役を退いた身さね。」


 豪気な女傑の危機察知能力を確証付ける様な発言に終始する。


 偶然にも女傑の下へ転がり込んで来た聖者な少年は、いつしか軍部でも恐れられる元大佐と好愛称の相棒バディーへと成長を遂げていたのだ。


 二人の懸念を孕んだ地球側依頼に基づく宇宙災害コズミック・ハザード防衛任務。

 皮肉にもそれが、二人の懸念をピタリと当てる結果になるなど……そして聖者な少年が――



 好相性な二人の聡明な思考でさえ、計り知る事もままならなかったのだ。

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