第199話 地球圏に散る艶華



 小規模の宇宙災害コズミック・ハザード防衛を果たす前。

 女傑ラヴェニカは多くをこの俺へと伝達していた。

 任務について感じた不穏とは別の、俺の知見範疇の外であった蒼き星との向き合い方に相当する物を。


「いいかい?エース。万一に備えて機体には大気圏落下を考慮した、超耐熱フォールバラストを備えておきな。あの地球の大気層へその機体単機で飛び込めば、まず間違いなく摩擦熱で消し炭さね。宇宙製の機体はそもそも地球・地上への突入など考慮されていないからね。そして――」


 機体移送時の小型フレーム搭載艦内で、小言の様にそれを受けていた俺は内心呆れが顔に出そうになるのを耐え凌いでいた。

 少なくとも自身は、地球の大気組成や重力的な知識に基づいた大気圏内突入のイメージは充分理解していた。


 ――


 さらに彼女が付け加えた注釈も、俺としてはおおよその予測ではあったが想定した事案。

 だが教導を申し出た手前、その本来教わる予定にない事柄までもを粛々と聞き続けていた。


「突入後は海へ、さらには特定の国家近海を目指しな。主要大国中20の内最低18ヶ国は、あたいら宇宙人そらびとの存在も極秘ながら知り得ているだろう……けど他の途上国は文化的なレベルから宇宙そのものの知識がまちまちでね。」


米、露、中、中東近海に降りるんじゃないよ? その国家群じゃ逆に、民間が知らないのを良い事に実験動物にされかねない。そうすればあんたの命さえ危うい事態にになりかねないからね。。よく覚えて置くんだよ?」


「……分かりましたラヴェニカ大佐。心得て置きます。」


「はぁ……大佐呼びはやめてほしいもんだねぇ。」


 あくまで不測の事態に備えたものであり、それがないに越した事はない。

 そうして事前準備を終えた頃には、依頼のあった宙域へと到着を見る。


 そこは地球宙域でも、衛星軌道より遥かに遠い地磁気帯……地球の生命を守護する天然の惑星防御地磁気シールドの瀬戸際だ。

 強力な地磁気シールドを纏う蒼き世界は、その恩恵から太陽より猛烈な勢いで放たれる放射線の脅威を知る事無き生命が生を謳歌する。

 地球が生まれ、連綿と。

 

 さらにその地磁気シールドを越えた先、地上から10000mの距離を薄く覆う物こそ大気層であり……俺達が依頼を受けた破砕予定の小惑星を焼き尽くす役目を果たしている。


 地球と言う命を育む惑星は――

 そうやって宇宙人そらびと大宇宙の神秘と言える存在なのだ。


 ゆえに宇宙そらならではの過酷な環境を常とした宇宙人そらびと社会に対し、それを考慮する必要が少ない地上人は大海や大地に天候激変の災害に的を絞った備えを常とする。

 だが――命の危険度で言うならば、宇宙人そらびと社会の過酷度は比べるまでもないのだ。


『もう作戦時刻は間もなくさね。宇宙電磁波嵐の予報も確認した……あんたもしっかり、実戦訓練を熟して見せな! 』


「了解です、。これより機体の災害防衛兵装を起動状態で待機します。」


 大佐呼びを配した俺の言葉に満面の笑みを浮かべた彼女を一瞥し、人知れず自身の憧れとなっていた人の戦いの余す事無く刻もうと神経を研ぎ澄ませた。



 しかしその日……何気なく交わした日常の様な会話は、師と弟子が普通に接した最後のやり取りとなったんだ。



》》》》



 火星圏より訪れた機動兵装一団が、地球圏へと近付く衝突コースの小惑星群を排除して行く。

 規模としては確かに、そのまま大気圏への突入を許せば少なからず地上への被害が出るクラス。

 しかしその災害防衛は依頼上とはされるも、かの悪鬼と恐れられた豪気な女傑ラヴェニカを招いての作戦遂行は過剰とも言える内容である。


 そう――

 、それ程の規模を要するのは宇宙人そらびと社会でもまれな程に。


 そんな過剰防衛な一団を要する理由。

 女傑と、それに引き連れられた聖者な少年エースは思い知らされた。

 自身らへと向けられた制裁とも言える機動兵装の一斉攻撃によって。


「くっ!? あんたら、誰に銃を向けているか分かっておいでかい!? こんな事をすれば――」


『ああ、ご心配には及ばんさ。そちらの上司殿もすでに拘束したと報告が、今しがた入った所……あの宇宙の堅物には辛酸を舐めさされたからねぇ。』


「……と言う事は、まさかあんたら全員かいっ! 」


『……口の利き方に気を付け給え。どの道君達にはここで闇の藻屑と消えて頂く事になるんだがね。』


 災害防衛のため前線へ立たされていた女傑と少年を背後から襲ったのは、つい先ほどまで彼らと同じ任務に就いていた一団であったのだ。

 そして彼らは口にした……「宇宙の堅物」と呼んだ豪気な女傑の上司を拘束したと。


 即ち自分達は、地球より上がった不逞の勢力であると名言した様なものであった。


 だが如何な勢力を引き連れた所で、相手は悪鬼と恐れられた女傑。

 只の機動兵装部隊で太刀打ち出来ぬは明白だ。

 その彼らが艦砲射撃まで交えて応戦する。


 そう――

 、この地球圏は巨大なる磁気シールド宙域で。


『ラヴェニカさん、! このまま戦と――つづ……ガガッ、ザー……――』


「ちっ……デリンジャー現象かい! どうやら量子通信さえ出来ないこっちの型遅れを封じるための、見え透いた罠だったって事さね! 」


 デリンジャー現象――

 それは恒星が放つ太陽フレアよりのX線を初めとした膨大な電磁波流が、地球圏の地磁気を掻き乱し大規模磁気嵐を誘発する宇宙災害コズミック・ハザード

 太陽系ではその恒星からの影響が、冥王星を越える遥か1光年以上彼方にまで及ぶ。

 広大な宇宙からすればあまりにも小さな太陽系の規模、が……人類からすれば想像など遥かに凌駕する恐るべき世界である。


 定期的に訪れる超電波乱流は、各惑星圏へあまねく行き渡る。

 地球圏は地磁気がそれを防御する惑星であるが……その磁気シールドへ超電波流が干渉するポイントこそが防衛指定を受けた場所であった。


 地球圏でのデリンジャー現象は、規模によっては衛星軌道上の人工衛星・静止衛星へことどとく襲い掛かり――さらに地上へ到達するや……送電線を含めた様々な電子機器への甚大な局所的被害を及ぼす事が知られている。


 地上から宇宙そらへと上がった者は、その被害規模と恐ろしさを宇宙人そらびと以上に知り尽くしていたのだ。


 磁気嵐で豪気な女傑の型遅れ機体の通信機器がダメージを受ける。

 申し訳程度の磁気対策が抜かれるや、機体電子系ダメージが至る所で火を噴いた。

 対し――


「ちくしょうめ! こっちはすでに、殆ど機体が言う事を聞かないってのに……奴らハナから機体への対策を施していたってことかい! 」


 すでに通信が寸断されたも同然の豪気な女傑は歯噛みする。

 

 言い寄る男さえ持ち前の気性で退けて来た彼女にとっての、最初で最後――自分の全てを曝け出して向き合える男が現れた故に。

 年場もいかぬ少年であったとて、何れは一端の機動兵装乗りへと変貌する希望宿した若者と出会ってしまった故に。


 、地上から上がった不逞の輩よりの突き立てられたのだ。


 制御不能寸前の機体。

 巻き沿いを恐れて後退して行く火星圏防衛軍。

 それを追いつつ、豪気な女傑の機体を救わんとする聖者な少年の機体。

 奇しくも当時の最新型機体を与えられた少年は、デリンジャー現象が猛威を振るう宙域でも辛うじて動ける状態であった。


 それを視界に留めた豪気な女傑は、口角を上げ最後の時を覚悟する。

 そこへ未来への希望を巻き込む訳にはいかないと――


「……焼きが回ったもんだねぇ、あたいも。けど、この人生最後……そこであんたに出会えたのは幸いだよ。何せだったんだからね。」


 すでに誰にも届かぬ声で一人ごちる豪気な女傑は、通信さえ出来ぬ状況で唯一使用が叶うアナログ式光学灯を使い信号を送る。

 聖者な少年を生き残らせるために。


「これでいい。あんたはそのまま地球圏へ逃げ延びな。どの道こっから火星圏へ帰る手段は、すでに奴らが断った様なもんさね。ならば信用に足る地球圏国家へ逃げる以外に、生き延びる術はない。」


 それは賭けであった。

 宇宙そらの広大な世界からすればちっぽけでも、かの蒼き地球が要する海原の何処かへ落ちればそれだけで命の危機に曝されるは明白。

 事前に彼の機体へ備えさせた大気圏落下用装備が活きるも、実に星の七割を占める大洋のど真ん中へ落下すれば詰んだも同然である。


 彼女の意図を悟った聖者な少年の機体が地球圏へと進路を向けた。

 少年もその賭けが外れれば、命の保障がない事は覚悟の上で。


「達者でな、エース。あたいの生涯で最後の生徒……そして最高の夢を見させてくれた男前さんよ……。」


 悪鬼と恐れられた女傑は、制御不能となった機体で後退して行く裏切りの部隊の艦砲射撃をまともに受け――



 永劫に続く深淵の中でたった一人……あまりにもあっけない姿で艶やかな華を散らしていった。

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