聖者を浸蝕するのは蒼き大地の呪い

第197話 追憶の聖者



 救いし者達クロノセイバーが、巨大小惑星への大災害対応とし……救急救命活動に尽力していた同じ頃――

 翼を捥がれ予想以上に動きへ制限のかかった禁忌の怪鳥フレスベルグが、救世の部隊に悟られぬ航路にて火星圏へと向かっていた。


 その艦内。

 先の戦いで致命傷を受けたのは怪鳥たる旗艦や漆黒の機体に止まらない……部隊を指揮していた漆黒の身体にまで及んでいたのだ。


「……っ。かなり長い間落ちていた様だな俺は。よもやこの身が旗艦医務室の厄介になるとは。」


 怪鳥艦内で唯一存在する医療施設。

 彼らとて如何な戦いを巻き起こそうと人であり、傷を負うたならそれを治療なしには部隊行動そのものが立ち行かなくなるのが常である。


 漆黒が目覚めた場所には、古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーに準えるナノマシン治療を可能とする究極の医療装置が鎮座する。

 本来それほどの装置は厳重な技術制限にかかるものであるが、彼らはその制限を無視した様な強引な利用を進め……部隊に於ける負傷の大小全てをそこで事なきとしていたのだ。


 そこに並ぶ真っ白なシーツのベットで上体のみ起こす漆黒。

 ふと傍に眠りの底でまどろむ影を視界に入れた。


「こいつ、ずっとここに居たわけではあるまいな。ラヴェニカ……目を覚ませ。状況を報告せよ。」


「……ふぁ。はっ!? ヒュビネット隊長、ご容態はっ!! 」


「騒ぐな。俺の容態より状況を先に報告しろ。現在フレスベルグはどの位置だ。」


 相当長く傍についていたであろう狂気宿す黒髪の少女へ、嘆息も状況説明を優先させる漆黒。

 彼女の普段でもありえぬ感情の起伏から、どれほど漆黒を案じていたかが覗えるも……当然その姿が映るのは片目のみであった。


「(やはり左目は死んだな。ならば今後無理は通らぬか。)」


 いそいそと現在地を手持ちの携帯端末で確認する狂気の狩人ラヴェニカは、すぐにそれが応えられぬ時点で医務室への長居が露呈する。

 むしろそんな事は後回しと、漆黒の傍にあろうとする健気ささえ覗わせた。

 同時に狂気の狩人へその話題を振った漆黒は、焦る彼女の首元から零れ落ちたネームタグを視認し……残る右目を僅かに見開いた。


「(……ラヴェニカ・セイラーン。ラヴェニカ――あの女傑じょけつならば、こんな時どうしただろうか。)」


 狩人が現状を確認し終わるまでの僅かの時間、漆黒は物思いにふけっていた。

 それはラヴェニカと言う少女ではない……彼がラヴェニカと言う女性の事についてである。




 宇宙人そらびと社会の歴史を、現代より十年さかのぼった火星圏にて。

 当時まだ天才エースの名さえ遥かな夢物語だったある少年が、足を運んでいた。


 純粋にして無垢……傍目からすればけがれを知らぬ聖者の様な少年が起した、軍に志願する事さえ無理難題な己を鍛え上げるための行動と記録されている。


 火星圏の名門〈マーズハルト〉は数々のエースを輩出したが、そこには知る人ぞ知る男勝りな女性がかかわっていた。

 その御家お抱え指南役たる彼女の存在こそが、名門を名門たる地位へと押し上げたといっても過言ではないのだ。


 火星圏元宇宙軍所属、……元軍部大佐のラヴェニカ・セイラーンは身の丈180cmに及ぶ体躯を持つ

 彼女が操縦すれば機動兵装が例えガラクタ同然の型遅れな個体であろうと、戦場で悪鬼の如く活躍すると半ば恐怖語りの中で広がっていた。


 反面……機体より降り立てば、流れるボディラインと脚線美で長身である事など忘却させる体躯が、数多の男を魅了して止まぬ戦いの女神でもあった。


「なんだい?あたいの戦技教導を受けたいって? 気は確かかい……ならばテストしてやらないとねぇ。着いて来な。」


 そんな彼女が現役を退いたある時、たった一人……退教えたとされる。


「そういやあんた名前は? ちゃんとそれを名乗らなけりゃ、あたいはこれっぽっちも技を教えてやる気はないからそのつもりでな。」


「……申し遅れました。ボクの名はヒュビネット……エイワス・ヒュビネットと。」


……。ふん、いいだろう。これからあたいはあんたをと呼ぶ。せいぜいあたいの特訓に追い縋ってみせるんだね。」



 十年の月日に埋もれた、ある日の火星圏はとある軍管理施設にて。

 それが女傑 ラヴェニカ・セイラーンとエイワス・ヒュビネットとの出会いであった。



》》》》



「隊長が目を覚ますまでの統制管理を、私ユミークル・ファゾアットが命じられている。それを踏まえて各員行動に移れ。」


 漆黒の指揮する部隊ザガー・カルツ禁忌の怪鳥フレスベルグと供に火星圏へ飛ぶ最中。

 医務室で意識が戻らぬ漆黒ヒュビネットと、その看護を任せられた狂気の狩人ラヴェニカ

 少なくとも部隊長の不在は今後の作戦へ支障を来たすと――漆黒も一目置く電脳姫ユミークルが臨時の部隊指揮を取る。


 すでに桃色の砲撃手ユーテリス戦狼アーガスが離反した現在では、彼らを指揮できる存在は限られている故でもあった。

 元より否めない。


「キヒヒ。あの部隊長殿がやられるって……あの蒼い機体は相当じゃん。ああ、早く撃墜したいぃ! 」


「気概は買う……隊長ならそう言うだろう。けどこうも言うはずだ。「余計な手出しは、己が背中から撃たれる覚悟をしてからにしろ」と。」


「わーかってんよ! 隊長殿の邪魔はしないって! 」


 艦内へ指示を飛ばしながら格納庫へ足を運んだ電脳姫へ、狂気面で狩人と被ると愚痴られた傭兵隊の狂気少女スーリーが軽口を飛ばす。

 対応する電脳姫も漆黒なら口にするであろう言葉を借り、無難に彼女の狂気を押さえ込んでいた。


 その光景を遠くから視認した整備クルーの若者、中でも中心と言えるパサート・ハワーズ准尉が電脳姫へと確認を取る。

 今後の部隊活動に置ける指針を聞くためと、長身といかにも軍人らしい規律が滲み出る様相のまま言葉を放った。


「ユミークル嬢。我らは今後、どの様な機動兵装管理と整備につけば良いか……隊長よりお聞きになっておりますか? 」


「無論だ。だがフレスベルグはこの有様で、火星圏のボンホース派施設まで戻らねば修繕もままならない。その中で出来うる限りの機体整備を完了させておくのが、あなた達整備部門の仕事――」


 そこまで口にした電脳姫は、格納庫の奥にある厳重な隔壁を見やる。

 そして……これより救いし者部隊クロノセイバーと当たった上での、必要不可欠な戦力ロールアウトを決断し言い放つ。


 すでにそれは漆黒の嘲笑より言伝られた内容でもあった。


「それに先立ち、隊長がいつでも出られる様にアレを整備して置け。〈Γガンマフレーム デスクロウズ〉……隊長は遂にあの、禁断の破壊兵装を戦場へ出すおつもりだ。」


「……!? 遂に、ですか。あの蒼き霊装機と並ぶ、火星圏文明の遺産。……。」


 隔壁奥にそびえる影は、すでに漆黒の嘲笑に合わせた黒色の装甲と集光部のグリーンが映えるカラーリングに身を包む。

 霊装機セロ・フレームで言えば、Αアルファフレームに準ずる様な曲線を切り落とした装甲を幾重にも重ね……全体像ではスマートながらも強靭さを宿す。

 際立つのは背部に備わる機体サイズほどある数枚の集光装置。

 機体の漆黒も相まって、殆どが集光機能を持つ物質で形成されると思しきそれは異様な姿を曝け出す。


 禍々まがまがしき体躯の頂点に構える頭部は、複眼式とでも言うべき六連装のアイカメラが複列で縦に並ぶ……言葉にするならば

 それは人型を模したと言うよりは、かの蒼き地球の伝承にある邪神 這い寄る混沌ナイアルラトホテップを模したと言う方が妥当であった。


「赤いのは任せるにしても、あのジーナ・メレーデン覚醒は大きな誤算だ。隊長もそれを踏まえた上での機体配備だろう。ならば残る隊の機動兵装への強化も怠る訳にはいかない。」


「……ですね。了解しました。我らはこれよりザガー・カルツに属する機動兵装全般の改修強化に移ります。成し遂げてみせましょう……、あの隊長殿と供に。」


「ああ、そうだな……。成し遂げよう……我らで。隊長をお助けして。」


 漆黒が意識を飛ばす中でも、革命への準備はとどこおりなく進む。

 彼らには彼らの目指すものがあると、只ならぬ覚悟を乗せて。



 それが例え宇宙人そらびと社会へ未曾有の大混乱を呼ぶ事になろうと、決して妥協などしないとの決意を胸に抱きながら――

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