第196話 ソラ送りの儀
すでに大災害が通り抜けた宙域より大きく離脱を見た
超遠距離ライブ映像をモニターへ捉えるブリッジには、一部の機関員を除き大半が留守としていた。
それは言うに及ばず——
現在逼迫する医療状況改善のため、志願したクルーらを医療支援へと向かわせた事が関係していた。
「仲間を失う痛みと空隙……幾度経験しても慣れる事はありませんね。」
「そうか……ハイゲンベルグ少佐も仲間の多くを。だがそれに、すぐ慣れる様な者でないのには安心したよ。」
「お戯れを……。私は己の任務とは言え、何度も味方を見殺しにした死神です。それこそあの、アシュリー大尉を非難する事さえ
艦の最低限必要となる運行上、操舵手を演じる
その内容は際限なく重さが際立つ彼の過去話であったが。
国家に於ける特務諜報部と言う立ち位置であった少佐は、幾度と無く仲間の死を目の当たりにして来た。
それも味方側ではない敵側で、と言う注釈の元である。
彼が零す自分は
その返答へ同じ穴の狢である旗艦指令も言葉を
避けられぬ現実……軍と言う組織に属する者は、大なり小なり同様の経験をしていて
そこからの沈黙の後――
モニターへ表示された宇宙標準時刻が、ある重要事を始める時間に近付きつつある点を思考へ描く旗艦指令。
沈黙を静かに解いていく。
「ハイゲンベルグ少佐……そろそろ規定の時間だ。主だった者を連れ旗艦最後部の例の場所まで。」
「イエス、サー。艦の航行制御を一時自動航行へ切り替えます。目標地点を先の小岩礁ソシャールへ設定。では皆を集めて向かいます。」
「そちらは任せた、少佐。」
それを境に旗艦指令は口にした場所へ一足先に赴き、続く諜報部少佐も該当するブリッジクルーを招集の後続いた。
そして時を置かず、旗艦最後部――指定された場所へ各部門の主だった者が集められる。
次いで宙空モニターが各部署へ送るはライブ映像。
旗艦最後部の宇宙を望める場所に添えられたのは、
否――
亡骸さえ消し炭となってしまった彼女の遺影であった。
「各員よく参集してくれた。そしてライブ映像で参加の各部署クルーも、この度は手間を取らせたな。これより今作戦で命を落としたロナルファン・エンセランゼ大尉……二階級特進とし、中佐となった彼女へのソラ送りの儀を始めたいと思う。」
そして、ブリッジクルーも同席した場所で厳かに催されるは〈ソラ送りの儀〉。
「救急救命の任務である以上、この様な事態は少なからず想定していた。だからと言って、それが起こるなど誰一人望んではいない。だが――」
「そんな中でも彼女は、命に拘わる未来を後世への希望と捉え……その者達が大災害の窮地にある所から救い上げた。もはや彼女は、救急救命界にとっての偉大なる英雄となった。」
悲しみと最大の敬意の中妖艶な女医が
すでに耐えかねた女性陣ではすすり泣く声さえ混じり始めた。
それでも……否――だからこそこの儀は執り行われる。
彼らが命を救い上げる部隊であるが故に。
その人命を何物よりも重んじる事が求められる故に。
「では各部署の方々も
最後となる旗艦指令の
この広大なる
》》》》
幸いな事に、管理民で大事に至る者はおらず――
しかしその状況を導く要因は紛う事無く、漆黒の部隊から離反した者達の働きがあってこそだった。
だが――
「確かに彼ら管理民と、元ザガー・カルツ構成員を保護させて頂きます。
『アシャー局長殿、ご配慮感謝する。あと漆黒より離反した者達はくれぐれも……人道的配慮の元、手厚い対応をとお伝え下さい。』
「心得ております。彼らがいなければ、管理民は誰一人助からなかった可能性もあり……その様な大恩を受けた方々を侮辱する非道など持ち合わせてはおりませんゆえ。」
『お心遣い、感謝します。』
旗艦指令と
事の成り行きを把握するためと、現状捕虜の扱いを受け入れた彼は下された沙汰を静かに聞き入っていた。
しかしその歯噛みした表情には別の想いが宿っていたのだ。
「(我らザガー・カルツ離反者は全て、あの救急救命部隊に救われた。だがそれを担った立役者たる軍医殿が、その作戦で天に召されるなど……――)」
歯噛みしたまま双眸を固く閉じる銀髪の初老。
自分達が助かり、救助に当たった者が命を落とすと言う現状に……言いようの無い後悔が滲む。
が――悔やんでも悔やみきれぬ想いはやがて、彼の思考へ一つの光明を見出していた。
「規定上ここで数日を過ごしてもらう事になりますが、ご心配には及びません。彼ら救世の部隊から
「分かっている、その計らいには感謝しかない。我らも軍人の端くれ……恥辱に耐える覚悟での離反だったのだ。そこへこの様な配慮を頂けるだけでも、かの部隊の偉大さを痛感している。」
申し訳ないとの面持ちで、漆黒よりの離反者らを簡易独房へと収監する施設局長。
それに対する離反者も、投降した兵としての立場に甘んじていた。
漆黒より離反した隊員は十二名。
率先して管理民への対応に当たった銀髪の初老を初め、伝達役を見事に果たして見せた若衆 クジャレー・ネイビルと……年齢も
独房とは名ばかりの、大人数の宿泊も可能な豪勢な大部屋を一瞥した初老は感極まる。
元より軍人として敵対部隊に組した以上、いかな投降者とて場合によっては酷い拷問さえありうる火星圏の実情を知っていた彼。
それが皆名誉ある客人としてもてなされている事実は、もはや奇跡でしかなかった。
そしてそこに集められた者達を一瞥し……輝く雫を湛えながら彼は、今回の一番の功労者へ視線を飛ばす。
生まれた新たな決意を噛みしめ、口にするため。
「クジャレー……お前が彼らを連れてくる事ができなければ、我らは今頃管理民諸共 巨大小惑星の餌食となっていた。よくぞ、この勤めを果たしてくれた。感謝する。」
「そんなっ! 俺はスターチン大尉の覚悟があったから、命を賭して勤めを果たせたのです! そんなあなたと管理民に……残り、彼らを支えていた仲間のためにと! 」
功労者たる
そんな彼を見やる初老は義を持って吼えた苦難の新鋭を細めた双眸で見やり、決意を言葉とした。
分かたれた因果の道がまた一つ合流し、新たなる強固な柱へと生まれ変わる様に。
「……お前のその気概ならば、後々我等が独自に部隊を立ち上げしても勤め上げてみせるだろうな。ならばクジャレー――」
「我らは今後、
「なっ……!? あの部隊の、後方支援……!? かの宇宙を駆ける国際救助隊の……――」
女医の死が影響し、悲しみに濡れた面持ちであった隊員へ確かな輝きが戻っていた。
苦難の新鋭は見開いた双眸で、信じ難き言葉を思考で反復する。
自分にとって掛け替えの無い仲間を救い上げ死した名軍医と……その彼女の死に心を痛める救世の部隊へ、返しきれぬ大恩を返せると。
偉大なる名軍医の死は、想像以上に救世の志士達の心を痛め付けた。
だがしかし、その行いは新たな意志に目覚めた同志を生み出しもした。
天の業に立ち向かう救世の志士達を、ゆっくりと……静かに集う強き魂達が包んで行く。
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