第195話 悲しみに濡れる家族達



 ソシャール ニベル管理民の救助活動作戦は、管理民全員とそれを支え続けた元ザガー・カルツ隊員救助と言う成果を上げての終了となった。

 けど——そこで生まれた犠牲はとてつもなく大きな空隙を、家族の心へ刻んでしまったんだ。


「ローナさん……なんで……。」


 歯噛みする俺は言葉が浮かんで来なかった。

 彼女は言うなれば、この部隊に於けるもっとも最後尾にして裏舞台の立役者。

 救急救命に於ける花形とも言えるセイバーハンズと比べるまでもなく、華やかさなんて存在しない。


 けれど俺達誰もが知っている。

 この広大な深淵で人間の身体なんてちっぽけな物だ。

 そんなちっぽけで――しかし小宇宙と呼ばれる生命の神秘肉体を、あらゆる面でサポートしていたのが彼女……名軍医と呼ばれたロナルファン・エンセランゼ大尉だったんだから。


いつき君、気をしっかり持ちなさい。あれは誰が悪い訳でもない……相手にしたのは宇宙が齎す大災害。そこでこれだけの民を救い上げられたのは、それこそ私達への救いよ? 」


 すでに旗艦格納庫のハンガーへ固定させるΑアルファフレーム。

 それを見上げれば、こいつさえも悲しみに暮れている様に思えてならない。

 そんな俺へ声をかけてくれるのは、俺よりも遥かに彼女との付き合いも長いはずの綾奈あやなさん。


 気丈に振る舞うも、すでに泣き腫らし充血した眼で理解してしまった。

 上官としての責任、友人を失った悲しみ、それでも俺と言う部下を導くために……彼女は前に進もうと——

 過酷な人生と言う戦いを越えて行く決意を滲ませていた。


綾奈あやなさん……今俺に出来る事はないっすかね。」


 そう言う彼女だからこそ、俺は思わず口にしていた。

 霊装機セロ・フレームのパイロットとしてやらなければいけないのは、今後に備えて十分な休養を取る事。

 分かっている……分かっているけど、何かやらずにはいられなかった。


 偉大で誇り高き名軍医の想いを継ぐ者として。


 俺が口にしたそれをとがめるでもなく、足を格納庫先……ローナさんが緊急に用立てた臨時増設病床の方へ向ける綾奈あやなさん。

 視線は前へ……言葉だけを俺へと投げかけた。


「医療チームは、ピチカちゃんとアレットの補佐に回り人手が足りません。よって私達が取るべき手段も、少なからず増えています。行きましょう。」


「了解っす。その……ありがとうございます、綾奈あやなさん。」


 彼女の意図は即ち——

 救いの砦の本丸たるローナさんを失った事で、医療現場の逼迫が如実に示された事に他ならなかった。

 だからこそ同じ艦に搭乗する家族として、取れる対応も発生していると言う事だ。


 Ωオメガフレームの方を見やれば、クオンさんが未だボロボロ涙を零すジーナさんの背を優しくさすりながら機体から降りた所。

 諸々を月読つくよみ指令へと伝えねばならぬ彼より、「そっちは任せた」の視線を受けた俺は首肯すると己が救いの部隊に属する上でやらねばならない事のため——



 悲哀滲んだ上官へ続く様にその足を、今も状況が逼迫する臨時増設病床区画へと進めた。



》》》》



 救い上げられた管理民が手厚い治療を施される中、長く同僚としてあった妖艶な女医ローナの最後を悔やんでも悔やみ切れない猛将俊英が一人——

 艦長室たるそこでままならない咆哮を上げていた。


「なんと言う事だ! 医療のかなめが……今まで数多の命を救い上げて来た、誉れ高き医療従事者へ最初に引導が渡されるなど! こんな事があってなるものかっ! 」


 歯噛みし、デスクへ叩き付けた拳へ血が滲む。

 彼とてかの蒼き大地地球の歴史上、誇り高き海の武士道で名を馳せた名艦長の血を引く者。

 敵でさえ救い上げたそれをならう様に、先の事件では戦狼アーガスを……そして此度は離反した元漆黒の部隊員らをも救い——

 その彼らにさえ手厚い看護の手を惜しみなく伸ばしている。


 故にままならぬ現実。

 医療に於ける従事者は、世間では目立たぬ影の功労者である。

 有事の時にこそ、その存在の真価が問われると言っても過言ではない。

 だからこそ医療にかかわる者達は、例え社会の目に止まらぬ働きであろうと……何者より讃えられてしかるべきなのだ。


 そんな救いの英雄が、あってはならないのだ。


 硬く閉じた双眸へ一筋の雫すら浮かべる猛将もまた、誇り高き存在である。

 大切な同志の死へ……溢れんばかりの弔いの証も惜しまなかった。


 そこからどれ程経ったか——

 割り切れぬ想いが残る救いの猛将の元へ、此度の功労者の一人である救いの姉中尉シャムが足を運んだ。


「工藤艦長、邪魔するぞ。」


「シャーロット中尉か……構わぬ、入り給え。」


「……?艦長。」


 姉中尉の言葉に少しの間を置き反応した救いの猛将。

 突っ伏したままで部隊総監は勤まらぬと顔を上げた彼を、見やった中尉もその痛々しさへ最大の労りを乗せる。

 交わす言葉で双方が皆同じかとの想いを、口にせずとも抱いていた。


 と、いつもであれば付いて回るが常の妹少尉クリシャ不在が気になり猛将が問う。


「君一人か? ウォーロック少尉は——」


「ああ、私一人だ。あの子は今臨時病床で、セイバーハンズの皆を連れて医療チームの手伝いに入っている。」


 救いの猛将へ言葉を零す姉中尉も、悲しみの底でもがく面持ち。

 だが——双眸には、その悲しみの結果得難き物も手にしたとの想いを宿していた。


「クリシャはもうローナのために流す涙は、十分流して来たと言いおった。そして彼女が何を託さんとしたのかも理解していると……。そうだ……あの子は決断したんだ——」


「私や紅円寺こうえんじせがれの様に、……、決断したのだ。」


 笑みとも悲しみとも取れる面持ちで……彼女でもまずない雫を溢れさせた中尉。

 妹の決起となる瞬間が、大切な仲間の死によって導かれてしまったから。


 猛将でさえその涙を見た事はなく……同時に、どれ程姉中尉が家族を大切にしていたかを今更ながらに思い知る。


 そこより途切れた会話の中で、猛将も今後を整理して行く。

 導かれた現状で、救いの御手セイバーハンズが辿るべき今後を。


 そして雫を拭う姉中尉へ視線を移し、その旨を伝達する事としたのだ。


「ローナ君を失った悲しみは極めて大きい。が、それを待ってくれる程現状が甘くないのは君も承知しているだろう。心苦しい所ではあるが、月読つくよみ指令へ今後の部隊再編成を進言し——」


「我ら救急救命部隊の新たなる試みとして、。そして艦長を喪失したままでは〈いなづま〉の運用もままならないと言う事で、そちらの総監を君に……シャーロット中尉に一任したいと思う。異論はないな? 」


「皆まで言うな、工藤艦長。選択肢はそれしか残されていないのだ。今我らクロノセイバーは重大且つ長期任務の只中……そこへ異論など持ち合わせてはいない。」


 悲しむ時間さえ惜しむのが、現在の救いし者部隊クロノセイバーの現状である。

 そんな事は百も承知の姉中尉は即決即断で猛将の意見を受諾した。


 人命救助の最後の砦たる医療艦

 その総監を担う者に必須となるものは、艦の医療面を支える医療知識と技術を然るべき時に発揮出来る軍規上の資格。

 現時点の救いの部隊でそれを有する者は、宴黙な軍曹アレットと救いの姉妹だけである。


 だが、宴黙な軍曹はあくまで民間協力隊出向の医療従事専任と言う立ち位置であり……必然的に新部隊を任される妹を除けば姉中尉しか存在しなかった。


 それはこれ以上家族が失われる事がないと言う前提上の人員配置であり、誰もが望んで選んだ物でもない


「こちらで人員配置転換の書をしたためておく。中尉は現状の尉官を維持とし、妹は功績と今後を踏まえ中尉への昇進を合わせて進言しよう。彼女はそれを賜るに足る決断で、医療従事者の希望を無事帰還させたのだからな。」


 妹の昇進と言う言葉でさえ、今は悲痛に感じる姉中尉は首肯した。

 それが避けられぬ運命と知り得ているから。


 程なく姉中尉が後にした艦長室で一人、救いの猛将は蒼き大地地球の故郷たる国を思いやる。

 暁が昇る国と言われた極東の大地……日本国の故郷を思いに馳せ。


「大自然の猛威に焼かれ、望まぬ戦いにさいなまれるは我が故郷の今と同じか。だが願わくば……その先に見た惨劇だけは回避せねばならない。我らは正念場、だな。」


 彼の口から漏れ出たは、己が先祖が望まずして放り込まれた大戦と度々国家を襲う大災害を指してのもの。

 二重苦が生む凄惨にして地獄の様な過去を――その国家は決して輝きを失わず、幾度も建て直しながら未来へ向け歩み続けて来た。



 例え離れた第二の故郷であっても、そんな大地を倣う様に……生まれた惨劇を越えて行かねばならぬとの想いで猛将は双眸を閉じた。

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