第194話 その代償は魂までも傷付けて



 救助作戦に当たる救助チームより、要救助者救出は自分達の脱出を以って完了を見ると報告が飛び、未だ姿を見せぬ巨大小惑星を睨め付ける様に深淵へ視界を固定する。

 同時にシャトル最終便防衛をなすウォーロック少尉らの行動も含め、部隊の撤退準備へ突入して行く。


 そう——

 今回の作戦に、


「ソシャール ニベル……管理民達が曲がりなりにも守り通して来た、宇宙人そらびと社会の通信のかなめ。けど悪いな——、君の防衛まで熟すのは困難。悪く思うな。」


 自身でいつきへと注した様に、今回の状況はイクス・トリムの時とはまるで違う。

 そもそも巨大質量の塊である小惑星を砕く事など出来ない状況下、そこで確認したニベルの公転軌道維持機能低下の現状を鑑みれば、それを救うなど絶望的だった。

 イクス・トリムの時はソシャールの緊急離脱安全装置作動の鍵を基軸に、そこへ全てを投入すれば良かったのだから。


 周辺でまばらに飛来する微小惑星を蹴散らしながら、部隊撤収の算段を付けて行く。

 そんなオレは知り得ない。

 遥か後方ニベルの近隣へ、降り注いでいたのを。

 それは眼前の巨大小惑星が吐き出すガス圧を受け加速した物体。

 言うに及ばず、宇宙空間は加速運動を阻害する大気や重力の壁がなければ、初期加速を持続させたまま飛び続けるが——

 巨大な恒星の重力を超えられぬ内は、身近な公転軌道〈超重力の枷〉へ捉えられる。


 それでもガス圧で加速した極微小惑星は、レーダーでさえ補足出来ぬ速度で宇宙を行く脅威。

 実質それに対応出来る物理的対応は皆無なのだ。


「各機シャトル護衛チームの最終便と共に退避準備! 間も無く巨大小惑星がメインカメラでも確認可能となる! だが点の様なサイズを捉えたら、それは危険領域! そこから想定以上の速度で飛来すると心せよ! では各機、撤退——」


 全てが順調に進むかに思われた今作戦。

 、後方——まさにニベル外隔壁で発生した爆発だった。


『クオンさん、ニベルへ……ニベルへ観測不能サイズの極微小惑星が衝突した可能性が! 』


「な、に……!? 救助チームはどうなっている!? シャーロット中尉達は……ウォーロック少尉達は無事か!? 救助民の安否確認を請う! 」


『こちらは大丈夫だ、少佐殿! すでに最終便二つ前のシャトル護衛後、〈いなづま〉へと帰還した! 』


 響くジーナの通信へ只ならぬ悪寒を感じたオレは、シャーロット中尉の声で幾ばくか安堵は覚えた。

 が、直後……己が覚醒してしまったが故に得た能力の片鱗によって、最も恐れていた最悪の結末を予見してしまった。


「ウォーロック少尉……ウォーロック少尉、応答願う! そちらの安否を——」


 オレの通信へ遅れて繋がる映像。

 けれど、彼女の表情を目撃したオレは絶句した。

 双眸へ溢れる涙を浮かべながらも、必死に堪えるその姿。


 それが何を意味するかを、すでに感じた予見で悟ってしまったのだ。


『……こちらウォーロック。現在レスキュリオにてニベル離脱に入る所です。モアチャイ伍長とリヒテン軍曹含む医療チームは……報告させて頂きます。』


「……どう言う事だ!? ほぼとは——」


『——が……大尉が私に行けと命じられました。爆発で空気が吸い出される通路で……緊急遮断した隔壁の向こうから。エンセランゼ大尉が……最後の……——』


「そん、な……ローナ……ローナっっ!! 」


 突き付けられる現実。

 ウォーロック少尉が涙を浮かべ歯噛みする姿で訴えて来る。

 彼女がそこにいて、その命令が飛んだのであれば……ローナはもう——


 砕けそうな魂へ鞭打ち思考をはしらせる。

 耐え難き現実を直視出来ずとも、


 部隊前線を守護するオレが、判断を違える訳にはいかないんだ。


「……速やかに全部隊、あかつき艦隊を護衛しつつ安全宙域まで退避。この宙域はすぐにでも飛来する小惑星が大災害を引き起こす。いいな、全部隊速やかに退避だ。」


 この胸が締め付けられる。

 オレをかつて救い上げた、長くあった同僚とも言える稀代の名軍医が——



 すでに家族で埋め尽くされたオレの思考へ、とてつもない隙間を作り上げて行く中で。



》》》》



 あかつき艦隊より遅れて宙域到着を見た禁忌の聖剣キャリバーンは、安全宙域で救いの旗艦医療艦より搬送されるシャトル受け入れを開始していた。

 小さな救いの両艦を合わせた病床数では足りぬ事態に、想定を上回るほどの重症患者に対しては、あの妖艶な女医ローナが前もって準備させた総旗艦側の臨時病床が活きる事となる。

 だがすでに巨大小惑星の危険度合いが確認された以上、その搬送を終える間もなく宙域離脱を図らねばならない状況であった。

 安全宙域に、注釈が付く故である。


 すでに事のあらかたを悟る旗艦指令月読が詳細確認と指示を飛ばす。

 何より優先的に知るべきは部隊に属する全ての隊員の安否。

 そのため、各位の船外活動用パイロットスーツへ備えたバイタルサインセンサー確認へと移っていた。


「クオンがじき部隊を撤退させる! こちらでも部隊員の安否確認を! 確認が取れ次第、部隊を回収……同時にこの宙域を離脱する! 」


「了解です! 部隊員の安否確認に入ります! 」


 旗艦指令の指示へ素早く反応する恋する通信手翔子

 ブリッジクルーの花形に男性陣も、モニターで次々搬送される管理民が重傷者はあれど……医療艦の働きにより水際で食い止められた今に安堵を覚えていた。


 誰もがそんな思考を抱き、全部隊回収が終えればまた家族の顔を見ながら僅かの戦勝会でも開けるとの、はやる気持ちを抑えながら皆がそれぞれの任務をこなしていた。

 そんな、全てが順調に進むと思考してはばからない空気を、絶望へと叩き落としたのは――


 恋する通信手が確認した部隊員のバイタルデータであった。


「……え? ちょう待って? そんな、そんな訳あらへんやん!? なぁ、嘘や言うて! トレーシーはん! テューリーはんっ!! 」


「……落ち着いて翔子! 指令……エンセランゼ大尉の状況確認をサイガ少佐に——」


「そんな……管理民を救い出して脱出したんじゃ……。そんな……。」


 居並ぶ三人の花達が同じバイタルデータを注視していた。

 そこでたった一人、ロナルファン・エンセランゼ大尉のバイタルデータのみがロストしていたのだ。


 生存している者であれば、何らかの危機的状況を知らせるシグナルを発するはずのそれが完全に、である。


「大尉……が!? クオン、こちら月読つくよみだ! そちらの状況を報告せよ! 大尉は……エンセランゼ大尉の生存の可否は!? 」


 すでに最悪の事態を悟る指令は、放つ問いへ悲痛さえ塗し……

 程なくそれに応える英雄少佐クオンがモニターへと投影される。

 だが——

 旗艦指令の出した問いを、ただ黙して受ける彼の絶望を噛み締めた表情が、ブリッジにいた全てのクルーの魂さえも削り取った。


『こちらクオン。詳細はウォーロック少尉から聞き及びました。エンセランゼ大尉は、飛来した微小惑星衝突で発生した外郭破損による緊急事態を回避すべく——』


『そしてその渦中であったモアチャイ伍長、リヒテン軍曹、ウォーロック少尉を巻き沿いにしない様にと、破損区画通路の隔壁を下ろして……。』


 英雄少佐がそこまでを言い終えると固く双眸を閉じた。

 否応無しに伝わる絶望が、彼の視界にいる全ての者へ悲しみを伝搬して行く。


「そんな、嘘やって言うてよクオンさん!? ローナはんが死んだやなんて……ウチ、いつも身体の事で迷惑かけて——それでもいつも優しにしてくれたんやで!? そんな……——」


 それでも信じられぬと取り乱す恋する通信手。

 彼女の身障者と言う身体状況へ、常に配慮を怠らなかったのが妖艶な女医である。

 通信手にとっての彼女は、クルーと言う形を超えた家族そのものであったのだ。


 通信手の嘆きで言葉をつぐむブリッジクルー。

 ここで無闇に言葉を漏らしては、自分達も同じく悲しみの海に沈んでしまうと悟り耐え忍んでいた。


 現在は未だ救助活動作戦中である故に。

 悲しみに暮れる想いが、作戦へ致命的な結果ミスを生む故に――


「……全艦に通達。これよりキャリバーンはあかつき艦隊含めた部隊を収容後、速やかにこの宙域を離脱・退避する。ヴェシンカス軍曹……いいな? 」


「けど……せやけど、ローナはんが……!? 」


「彼女の想いを無駄にする気か、軍曹! 我らの現在の任務は救急救命……最優先とするは多くの救助した管理民達だっ! 」


「……!? ……りょう、かい……しました――」


 いつもの凛々しき標準語さえ崩れた少女を一喝する旗艦指令は、悲しみは誰も同じと視線へ刻む。

 全艦への通信は通信手の任務。

 溢れんばかりに雫を湛えた双眸で、旗艦指令の言わんとする事を聞き入れる少女は全艦へ作戦終了を意味する離脱退避を告げ、応じた各隊の収容が確認されると同時に、反転した禁忌の聖剣キャリバーンは機関へ火を入れ全速離脱に移行する。



 時を置かずして第二宇宙速度相当を維持し飛来した巨大小惑星が、通信ソシャール ニベルと交わり……爆轟と言う終焉を宇宙そらへと解き放つ中で。

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