第193話 届かぬ扉の向こう、託されたのは命
救命シャトルによるピストン搬送は大詰めを迎えていた。
この限られた時間で、500名に登る要救助者——それも多くが歩行さえ困難な彼らを救出出来た事は奇跡とも言えた。
しかしそれを奇跡で片付けられぬ一致団結があった事も、
『ウォーロック中尉、ここから微小惑星の波が一旦収束に入る! その間であれば、レスキュリオでの警戒を続けつつ……残る僅かの救助者と医療チーム脱出へ回るのを許可する! 』
「バンハーロー大尉……感謝します! それでは私はニベルへ赴き、救助の最後の詰めを
『くれぐれも気を付けつけるんだ……よいな!? 』
「お心使い、感謝します! ベナルナ、ルッチェはシャトル搬送の護衛に付け! 私がモアチャイ伍長ら脱出を支援する! 」
『了解です、隊長! お気を付けて! 』
襲い来る微小惑星群が鳴りを潜めた隙、
『クリシャ、残るは医療チームの脱出だけだ! その最終便護衛はお前に任せる! 』
「はい、姉様! そのチームの脱出を以って、今作戦の終了へ! 」
モニターにて入念に周囲を確認する妹少尉は、決して慢心などなかった。
今まで姉に制されて来た武装を備えた任務行動——それの制限が解かれた事は、彼女の成長さえも後押しする形となる。
巨大通信施設で最後のシャトルが到着した大通路。
同じく到着を見た妹少尉の
「各員速やかにシャトルへ! あなた方医療チームの脱出がならなければ、作戦成功とはなりません! 」
「りょ……了解です、ウォーロック少尉! 数度の護衛感謝致します! 」
すれ違いざまにかける労りへ反応する医療チームの若手達。
何れも同じ暁型兵装艦隊の家族であり、誰一人欠ける事も許されぬ戦場を戦った仲間である。
その足で大通路中腹から避難区画が視認出来る場所で、
「お二人ともお疲れ様です! さあシャトルへ! 」
「む……そちらもお疲れ様だ、少尉殿! モアチャイ伍長、我らも——」
「りょーかいなのだ! すぐに脱出して、くろのせーばーの皆を安心させるのだ! 」
全ての歯車が正確に交わり、作戦成功へと事が進んで行く。
進んでいたはずだ——
だが直後、救助任務成功を一瞬で崩壊させる危機が……彼女達を襲う事となったのだ。
三人が言葉を交わし、その視界で最後尾を駆ける
「な……何が起きて——!? ……くぁ……!! 」
事態へ真っ先に反応した妹少尉が振り返る間も無く、その身が引き寄せられる——否……猛烈な圧力に吸い出される様に倒れ込んだ。
同時にそれはマスコット伍長と宴黙な軍曹さえも襲い、みるみる避難区画の方向へと引き摺られて行く。
「……これ、は——まさか……!? どこかに、微小惑星が衝突——」
身体が吸い出されると言う事は即ち、発生した施設外との圧力差が要因となり空気諸共強制排出されている状況。
即ち絶対絶命の危機であった。
辛うじて通路端のタワーへ手を掛けた宴黙な伍長と妹少尉。
マスコット伍長も、あわやの所で少尉の伸ばした手で引き止められた。
しかし彼女達の視界に映っていた妖艶な女医は未だ後方を駆けていた。
それに気付くや妹少尉が声を張り上げる。
「エンセランゼ大尉、ご無事ですかっ! エンセランゼ大尉っ!? 」
空気が吸い出さている事で、呼吸困難と猛烈な体温下降に加えた体内気圧変動が襲う中——彼女は目撃してしまった。
視界の端で同じくタワーにしがみ付く女医の無事な姿を。
だが……だがである。
その彼女がタワーに配された緊急アクセスゲート遮断のスイッチを入れ——
排圧を伴い、隔壁が通路を覆い尽くして行く事態を。
》》》》
少女は目を疑った。
眼前では逃げ遅れた
そして……彼女と自分達のいる通路が、隔壁にて遮断されて行く状況を目の当たりにして。
閉ざされた隔壁を感知した大通路管制システムが空気を正常へと保ち、三人は辛くも難を逃れたのだが——
隔壁の向こうでは、未だ危機の最中にある妖艶な女医がいた。
「何を……何をしているのです、エンセランゼ大尉! ここを開けて下さい! あなたも共に部隊へ戻らねば、私は……私達の救助活動は——」
『行きなさいっ!! 』
隔壁に備わる耐圧ガラス窓の向こうへ、走り寄り……眉根を歪めて訴える
妖艶な女医は「行け」と放つ。
その意味が理解出来ないほど、妹少尉も愚かではなかった。
『クオンに言われたでしょう!? 選ぶべき選択を違えるなと! ならば今あなたが取るべき行動は、言わずとも分かるはずです! 』
「……でも、けれど! それでは——そんなのはあんまりです……——」
声にならぬ叫びが慟哭となり宇宙へ木霊する。
そんな彼女達を包む爆轟の響きは、大通路へと徐々に破壊の恐怖をばら撒いて行く。
双眸へ溢れる雫を湛え、悲しみと戸惑いで動けない妹少尉へ——
妖艶な女医からの、本来
『これよりクリシャ・ウォーロック少尉へ、私の最初で最後の命令を与えます! どうか……どうか医療の未来たるアレットとピチカを初めとした医療チームを、部隊へと無事に帰還させて下さい! 』
非情なる命令が……妹少尉の聴覚を貫いた。
その命令は彼女に、ロナルファン・エンセランゼを見殺しにしろと言う意味であったから。
放たれた命令と、今自分達が置かれた状況を天秤に掛け——
少尉の脳裏には、かつての
「(姉様は……そして
救いの姉中尉は己の事より人命を優先させる。
炎陽の勇者も、それに
しかし彼女は……妹少尉はそれに納得が行かないと、その手まで上げて勇者に抗議したのだ。
迷う時間などない。
優先すべき事は理解している。
彼女は、医療の未来たる二人の命運と……これより救われるであろう数多の命を託されたに他ならないのだ。
血が滲み砕けんばかりに歯噛みした妹少尉は……決意する。
今救うべき者を
「クリシャ・ウォーロック少尉はこれより——これよりモアチャイ伍長とリヒテン軍曹含めた医療チームを護衛し、ここより脱出します! 」
「エンセランゼ大尉……私はあなたと同じ救急救命隊に属する事が出来て……本当に良かった……。この広大な宇宙へ……良き旅をっ!! 」
——この広大な宇宙へ良き旅を——
それは
人は死しても必ず宇宙の海へと回帰する——そんな論理を超えた願いの元に掛けられる最高の贈り言葉なのだ。
「ロー……ナ? ローナは?」
視界さえ暗転するマスコット伍長を抱え、彼女同様に双眸を濡らして歯噛みした宴黙な軍曹が駈け出す。
隔壁の向こうで覚悟を決めた女医を後にし——
これより先待ち受ける、医療の未来を切り開くために——
「それで良いのよ?クリシャ。あなたはこれより、救う命を遥かに上回る非情と向き合う道を行かねばならない。だからあなたは、その決断を——」
妖艶な女医は最後の手向けを、駆ける未来へ視線で送っていた。
すでに空気の大半が吸い出され……爆轟が背後まで忍び寄る中で。
その最期を未来溢れる者達へと託して……区画全体へ広がった爆轟によって、最後の命の火を消し去ったのだった。
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