第192話 天の業が牙を剥く時



 微小惑星防衛と人命救助任務が同時展開される、ここ巨大通信施設宙域。

 すでにその一帯にいる者達は、天の業――〈宇宙災害コズミック・ハザード〉に立ち向かうと言うたった一つの目的で結ばれた。


 この宇宙そらに於いて、決して忘れてはならぬ意識……運命共同体と言う概念の元―― 一つとなった力が懸命に抗う力無き弱者を次々救い上げて行く。


「こちらの男性は衰弱が激しいわ。すぐに生体機能維持ナノマテリアルを投与。担架で優先的にシャトルへ……〈いなづま〉待機スタッフへ緊急対応を要請。」


「む……あなたは十分歩行が可能の様だな。バイタルもイエローとまでは行かない……が——」


 妖艶な女医ローナ宴黙な軍曹アレットが目にした患者の容体を確認しつつ、しかるべき対処と動く中。

 一人の高齢女性が、訴える様にマスコット伍長ピチカの手を引いた。


「もし……医療従事の方や。できればあちらの軍人さんへ食事を取らせて上げてはくれんかねぇ。」


「なのだ? でも今は、おばあちゃん達高齢の方を優先してるのだ。他の大人の人もそう言って——」


 現状取るべき行動をしかと把握し、優しく高齢女性へ語りかける伍長。

 それを横に振った首で制した高齢女性が、を語った。


「あそこの方は、軍人さんのお偉いさんなんじゃろ。私の様な者のために自分の食事を全て提供してくれ——戦っておるんじゃ。」


「何も食べてないのだっ!? ローナ……あのへーたいさんへ緊急のお食事配給、行けるのだ!? 」


「許可します。如何な軍人とは言え、この過酷極まる状況で飲まず食わずは命にかかわります。そちらの方はこっちで順を待ってシャトルへ案内するわ。頼んだわよ?ピチカ。」


「了解なのだ! おばあちゃん、ご報告ありがとうなのだ! みんなで一緒に助かるのだっ! 」


 緊急の状況を聞き及ぶ妖艶な女医は即座に対応を飛ばし、マスコット伍長もそれに従い語られた軍人の方へ素早く足を向けた。


 その助言が指し示した軍人とは、救助支援を行う元ザガー・カルツを纏める者——銀髪の初老スターチン

 高齢女性の語る通りやつれ……立つのが限界に達しながらも、彼は覚束ない足取りのまま管理民らへの物資支給へ尽力していた。

 フラフラと視線さえ定まらぬ状況下、それでも手厚く労らんとする姿が管理民の支えにもなっていたのだ。


「へーたいさん、待つのだ! そのまま動けば、お身体に支障がでるのだっ! 」


「ああ……医療支援の……この様な歳馬もいかぬ者が多くの命を……それなのに私は——」


 マスコット伍長の声で足を止めた銀髪の初老だが——

 空腹から来る疲労のまま足をもつれさせて転倒してしまう。


 駆け寄る伍長はその手ですぐに初老を支え起こし、手にした臨時食料を渡そうとするが——


「だめだ……我らより先にそれを口にするべき者達が、ここには未だ多くいる。どうしてもと言うならば……同じく隊を離反した若き同胞へ——」


 やつれ細った視線で、それでも己を後回しに他を当たれと言葉を漏らす誇り高き兵へ向け……高らかに響き渡った。


も、! へーたいさんは今、この場の誰よりひへーしてる——ならばピチカはへーたいさんへの食料配給がさいゆーせんと思うのだ! 」


 響く小さな覚醒の女神の咆哮は、そこで支援を受ける全ての管理民へと届き——

 次々それを後押しする声が上がる事となる。


「あんたがいてくれたから、今まで耐えられたんだ。だからもう、その食事を受け取ってもいいんだよ? 」


「軍人さん、今までありがとう。だから無理しないで、それを食べて元気になって! 」


 軍人としての誇りで戦い続けた銀髪の初老へ、後から後から掛けられる人道的なる想い乗せた声が……彼の心でさえも熱く激しく貫いた。


「……よいのか? 私は今まで貴君らとは敵対していた存在であるぞ? 良いのか……そうか。それならば……もう、この腹が減り過ぎて……私は——」


 貫く想いに急かされる様に、小さな医療の女神が手にした食事を受け取る銀髪の初老。

 箍が外れた様に食料を口に放り込み、何日も禁じていた幸福を何度も……何度も噛みしめる。

 そしてようやく精気を取り戻した銀髪の初老は、有り余る幸福が双眸より輝きとなって零れ落ちた。


「こんなに……こんなに食事が美味いと思った事など、人生で初めてだ。ありがとう、管理民方よ。ありがとう……小さな女神の少女よ。」


「そうなのだ。ピチカは。どうぞゆっくり召し上がれ、なのだ! 」


 彼女自身が口にするはまさに、己が明日とも知れぬ地獄で這いつくばるしか出来なかった過去。

 しかし彼女はその絶望から多くの者の手で救い上げられた、掛け替えのない命。

 そんな彼女はすで、医療従事者としての素養など殆ど得ていたも同然であったのだ。


 急がれる救助支援の最中——

 そこへ風穴を開ける、新たなる医療の女神が覚醒を見た瞬間である。



》》》》



 救助任務開始より程なく、モニターへ投影された暁型兵装艦隊の〈いかづち〉が〈あかつき〉と〈ひびき〉を引き連れた姿でさらに作戦が進行して行く。

 その遥か後方には総旗艦の反応もレーダーで確認した。


 俺はΩオメガフレームより後方……そして救助に当たる〈いなづま〉よりは前衛となる位置で、衝突速度軽減 広域重力波フィールドを展開する。

 今作戦のΑアルファフレームは、Ωオメガの様な災害防衛用の機体調整テストを兼ねた仕様へと変更——

 今後の災害防衛活動の幅を広げる試みだ。


 さらには——


『今のΩオメガフレーム運用の鍵は、ジーナちゃんのエクセルテグ……それを参考にしたシステム制御をこのΑアルファへも導入して行くわ! いつき君もその腹積りでいてね! 』


「了解っす、綾奈あやなさん! 差し当たってこの、重力波フィールド発生源のミストルフィールドをさらに自在に操作する——やってみるっす! 」


 現在あのΩオメガフレームは、ジーナさんのエクセルテグから機関制御を無線リンクにて行い……且つエクセルテグ側で広域殲滅兵装となるヴァルキュリアシステムを展開出来る。


 そこから得たΑアルファフレームの制御運用の一案として、その無線リンク制御に相当する何かしらを綾奈あやなさんと話し合っていた。


 けれどこんな深刻な宇宙災害コズミック・ハザードを目前にした状況では、今機体に備わるミストルフィールドの制御の幅を広げるに止まっていたんだ。


「ミストルフィールドの防衛範囲の拡張制御……緊急事態とは言え、これが役に立つっす! これしか出来ない現状でも——これならば救急救命任務のリスク低減幅を拡大出来る! 救助チームの役にも立てるっす! 」


 先にクオンさんへ言い放った軽率な行動の旨。

 あの人は俺の勇猛果敢を買ってくれたけれど、

 咄嗟に出たとは言え、自分が出した結論が状況にそぐわなかったのには赤っ恥もいい所だ。


 だからこそクオンさんに応えなければならない。

 それを分かっている彼だからこその、俺の勇猛果敢を買う方向の注し。


 あの人は今物凄い速度で、過去を超える様な英雄へと成長している。

 ならば俺もそれに置いて行かれる訳にはいかない。


「(俺が、あの人の背中を守れる様になると誓ったんだ。このままなんて終わる訳にはいかない!)」


 決意と覚悟を新たに、ミストルフィールドの制御状況をモニター反応で睨め付けていた時――

 それは響く事となる。


『各員警戒を最大とせよ! たった今〈あかつき〉及び〈ひびき〉からの超々距離ピンポイントスキャニングデータが送られた! こいつは相当厄介な状態だ——』


『確認された巨大小惑星サイズは間違いなく危険度SSクラス——だが太陽風の影響を受け、内部ガス放出活性化に伴い通常の岩石タイプから彗星タイプへと変化している! さらに噴出するガス圧で回転運動がかかったそれは、今後の軌道・速度共に予測困難と弾き出された! 』


「なっ……マジかよ……!? 」


 響いた英雄の鬼気迫る声で俺は愕然とした。

 まさに彼が言った通り、俺が不用意に突撃すればΑアルファフレームごと災害に巻き込まれてもおかしくはない小惑星の状態。

 つくづく己の未熟さに心を締め付けられた。


 氷結状態で内部堆積したガスは、太陽風の熱で溶け出すと噴出。

 その圧力によっては予測不能の回転を生む要因になる。

 さらにこの真空中に於いて、さえぎる力が存在しない物体へ加速要因が生まれれば際限なく加速して行く……まさに管理民救助優先こそが最良の防衛策だった。


 例え、人命は救われるのだから。


 そこまで思考へ刻みフィールド維持へ全力を出す一方、クオンさんから放たれる次の指示へと耳を研ぎ澄ます。

 そう——俺達はそれほどまでに万事を災害防衛のために備えて来た。


 そんな俺達を襲ったのは、

 大宇宙と言う抗えぬ存在が立ちはだかった。



 俺は……俺達は、その儘ならぬ現実に打ちのめされる事となったんだ。

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