第191話 枯れた大地で輝く医療の未来



 あれは地球は阿大陸南方地域での医療支援に従事していた頃か。

 世界の文明は先進国を初め、大国へは多くの恵みを齎していた。

 経済発展の恩恵で、世界は確かに安寧を享受している様に


 けれど現実はそんな生易しいものではない。

 世界各地で紛争に次ぐ紛争。

 先進国お偉い方の、わがままが通じない子供がダダをこねる様な外交戦争。

 一方で――ネット普及で姿が見えぬを良い事に、人間の本性むき出しで不正のある者を片っ端から叩くネット民。


 危機を叫んで立ち上がり、手を取り合って苦難に立ち向かう者達を尻目に――

 幾度も災害と疫病が大地からの警告とばかりに猛威を奮ったにもかかわらず……あの蒼き地球と言う大地で住まう、己が犯した罪の深さを棚に上げ弱者の声にすら耳を貸さず権力闘争に明け暮れていた。


「エンセランゼ代表、今回の医療支援への出向……誠に感謝します! 」


「ええ、お気になさらず。こんなにも世界に科学の恩恵が舞う中で、彼らに救いの手が伸びぬなど言語道断ですから。」


 広大な砂漠の南方地域――時代は変われど、多くの疫病や食料難による餓死者が増加の一途を辿る地帯。

 国家連合体に属する関係者も、世界の混乱対応に大忙しで半ば放置されたそこ。

 腐臭さえ漂う乾いた砂塵の端々で、今も明日とも知れぬ人々が力なく座る小さな集落。


 その日も緊急性が高い症状の地元民を見定めつつ、一人一人の下へと足を運び……後に続く支援財団スタッフへ考え付く対応を指示していた。


『……あっち、こども。ちいさい――くるしんでる。』


『あなた、言葉を覚えたのね?偉いわ。……子供――分かった。あなたに感謝。あなたもしっかり明日を生きて。』


 ふとそんな私の袖を掴み、何かしらを告げて来たのは十にも満たぬやつれた男の子。

 勉学もままならぬそこで、その子はスタッフより学び取ったであろう言葉を口にし訴えていた。

 その男の子も決して健康とは言えない様相。

 しかし双眸に宿るは明日を生きんとする懸命さ。


 その少年からしても重篤な子供が、まだスタッフにも悟られずに苦しんでいる――

 過ぎった最悪の結末を振り払う様に、少年に教わったさびれた路地を足早に進んだ。


 そこで目にしたのは――


「あなた……!? これは酷い――誰か、すぐに緊急搬送の準備を! 」


 、食料もまともに口に出来ず骨と皮だけが無残に曝され……双眸へ光も宿せぬまま横たわる少女の姿。

 すでに両親さえも息を引き取って久しいのだろう——排泄物も満足に拭き取られぬ惨状は、目を覆いたくなるほどに酷たらしかった。


 今世界で安寧を享受し、そのくせ幸福の中で不満を吐くだけの者達は知り得ないだろう。

 そこにいる、生まれて数年で死が迫る小さな命の灯火が数多ある事など。


 その火が、誰にも手を差し伸べられずに消えかかっている事など――


 そして出会ったのがあのピチカ。

 名前さえなかった彼女へ名前を与え、多くの禁忌を経ての現在。

 彼女は私と同じ医療従事を目指す道へと歩みを進めている。


 繋がった命で、より多くの命を救い上げるために。


「私の人生は、きっとあの子が未来へと歩むためにあったのね。枯れた大地で生まれた医療の輝ける未来のために……。」


 ソシャール ニベルへ向かうシャトルで、医療機器を手早くケースに詰め込み今救助者が待ち続ける区画を睨め付ける。

 人数が確認出来る現状はありがたいけれど、遭遇する症状如何では手持ちの機器では不足する恐れもあると——現在〈いなづま〉に残るスタッフへ緊急手配も整えさせた。


 今も昔も成す事は変わらない。

 眼前で救いを待つ命を、己の全力を以って救い上げる。

 それでクオンやピチカの様に


 それでも——


「私は医療従事者。命を救うために人生を懸けた。後悔などない——それこそ、わたしの意思と想いを継ぐ二人の医療の希望が後進として控えるならば。」


 想いが揺るがぬ覚悟となるや、私は純白に赤の十字が映える船外作業服を纏い……シャトルからニベルの要救助者達がいる区画を目指す。

 後方へ降り立つシャーロット隊のレスキュリオを尻目に、現在生きる重力制御大通路を足早に駆けた。


 視線は



 耐圧強化ガラスに包まれた通路の先……無数の爆轟が視界に入るそこの、



》》》》



 第二陣の微小惑星群を、蒼き霊機Ωフレームを中心とした機動兵装災害防衛線が食い止める。

 通常微小惑星が飛来する際、明確な線引きは実際不可能である。

 が——巨大小惑星の通過した小惑星帯の規模や回数によっては、連続的且つ段階的に微小惑星飛来の可能性が高まる。


 それは太陽系のあらゆる箇所へ、微小惑星を無数に蓄えた軌道があり……そこへ突撃——若しくは微弱な重力干渉により引き寄せる形で小さな物が捉われて行く故だ。


 それを考慮し——巨大小惑星よりも先に飛来する物は、ほぼそれに弾き飛ばされた物として基礎知識が共有される。


『こちらエンセランゼ。ニベルへ到着しました。このまま救助者の容体確認のため、該当区画へと向かいます。』


「了解した、ローナ! そちらの医療任務は任せた。では我らもソシャールの軌道運行に合わせて後退! 防衛線は維持のまま第3フェイズへ移行する! 」


 防衛線の陣頭指揮を取る英雄少佐クオンは通信で、妖艶な女医ローナのニベル到達確認と同時……各機動兵装チームを後退させて行く。

 巨大通信施設は太陽公転軌道を止まらず進み行くため、防衛線展開位置を固定する事で微小惑星の撃ち漏らしの施設到達を遅らせる狙いがあった。


「ウォーロック少尉、そちらへ飛来する観測不能な極微小流星群総数を報告せよ! 大まかな所で構わない! 」


『了解です! 現在は施設へ影響のある物を数十は撃ち落とした所……防衛線の重力軽減の効果もあり、何とかこちらへの被害軽減がなっている所です! 』


『なお……くっ!? 失礼——それ以降もまばらに、広範囲へと拡散飛来が続いている状況です……! 』


「よし、少尉はそのままシャトルのピストン搬送防衛へ移れ! だが医療の手が不足するならば、バンハーロー大尉承諾のもと支援を許可する! 任せたぞ! 」


『委細承知、了解しました! 』


 作戦の最重要課題である要救助者のピストン搬送に向け、前方と後方の状況確認へ配慮を配る英雄少佐。

 だが思考では、すでにニベル宙域へ到達している後続艦到着を待ちわびていた。


「(クジャレーの話で巨大小惑星の存在は確認出来た。一般的なソシャールと比べ、宇宙災害コズミック・ハザード遭遇率の高いこのニベルならば災害予報精度もあながち侮れない。けど——)」


「飛来する微小惑星の数量が今まででも経験した事がない量だ! 各員……これより訪れる物は確実に想定を上回って来ると心して置け! 」


 現時点での蒼き霊機Ωフレームは、蒼き先鋭機エクセルテグとのリンクの元運用が可能であり——その先鋭機の無線通信兵装ヴァルキュリアが救助者を乗せたシャトル防衛に当たる時点で行動範囲も限られる。

 彼としても、真っ先に巨大小惑星へと飛び詳細を確認したい所……500名の管理民救助を優先した結果。


 ただ目標の情報を知れば言い訳ではない——賢明な判断であったのだ。


「む……エンセランゼ大尉、遅ればせながらリヒテン到着です。私とピチカでこちらの方々を当たります。」


「……皆さん、とても辛そうなのだ。ピチカもジッとしてはいられないのだ! ローナ、こっちはお任せなのだっ! 」


「ええ……頼りにしているわ、二人共。では健康状態を確認後、歩行可能な方は簡易食料供給ののち救助隊へ移譲……それが困難な方の為に担架をありったけ用意して。」


「シャーロットチームもすでに準備は出来ているわ。さあ……。気合いを入れなさい! 」


「「「イエス、マムっ!! 」」」


 宴黙な軍曹アレットマスコット伍長ピチカを始めとした出向医療チームが、次々救助者達の元へと辿り着く。


 巨大施設内シェルターとなるそこへ、許容数ギリギリの民が大挙していた。

 だがその中でも深刻を極める者へ、漆黒の部隊より離反した者達が全てをかなぐり捨てた様に対応を取る姿も映る。


 敵対していたはずの兵さえ懸命な人命救助支援を行う今――もはやそれが鹿

 そこには救助を待つ疲弊した人々。

 そこへ続々集結するは、人々を救い上げるために駆け付けた者達。



 巨大小惑星到達まで残す時間は多くない今――

 敵味方の垣根を越えた開始されたのだ。

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