第190話 その女性達は、過去を超えて女神となる




 救急救命部隊〈救いの御手セイバー・ハンズ〉へ配属されてから、私は一体この日をどれだけ待ち望んだ事だろう。

 確かに姉様からすれば言語道断の思考だったけれど、そのかたくなさに意見する事を控えていた。


 姉様の言い分はもっともであり、けれどそれでもままならない救急救命任務の現状。

 の危うさ。

 いつも私はその、いつ襲うとも知れぬ悲劇を振り払う様に任務をこなして来た。


『よく聞くんだ、ウォーロック少尉。我らがキルス隊として任務に当たっていた頃も、敵が眼前に居ようが居まいが成すべき事は変わらなかった。故に貴君も敵対存在が確認できぬ時は救急救命隊の意識を以って——』


『そして敵を確認すれば速やかに武装展開のもと任務に当たる。その切り替えを忘れるな。』


「ご忠告痛み入ります、バンハーロー大尉! ならば——」


『よい直感だ。我らが今相手取る敵は大自然の驚異……油断なき様事に当たれ。』


『いいかしら!? 〈いなづま〉の直衞は基本Αアルファフォースって事だから、クリシャはしっかりお姉さんと仲間を守ってあげなさい! 』


「了解! アシュリー大尉、ご配慮痛み入ります! 」


 今私は砲撃支援兵装を備えたレスキュリオにて、姉様と共に多定員救助用の救命シャトルを護衛しつつニベルへと進路を取る最中。

 けれど今までとの大きな違いは、現在私が直接指揮下にあるはΩオメガフォース——かの防衛軍部に於けるエリート バンハーロー大尉だ。


 そう……姉様と共に飛び、姉様以外の指揮官からの指示を仰ぐ形だ。


 アシュリー大尉からも、そんな私へのエールを確認した直後——

 私にとって最も敬愛に値する姉様からの通信が響く。


『クリシャよ。こう言う形で通信のやり取りをする事になろうとは……世の中分からないものだな。』


「姉……様。はい、そうですね。ですが今は電撃救助作戦の最中です。その件については後回し——集中して行きましょう。」


 その通信へ、らしくないほどに自信を乗せた返答をした私。

 それを聞いた姉様の驚愕で見開く双眸を目撃してしまう。


『いつまでもひよっ子と侮るは御門違いだったか? よくぞ成長したな、クリシャ。では互いの手が少しでも、要救助者らを救い上げられる様励もうではないか! 』


「了解です、姉様! では、こちらも引き続き護衛を続行します! 」


 遅れて姉様から頂いた今の自身への賛美を胸に、モニターで私と共にこちらへ着いてくれたベナルナとルッチェへ視線を移す。

 すると送られるは、二人の何処までも着いて行くと言わんばかりの熱き視線。


 そこでようやく浮かんだ、真に部隊を指揮すると言う事の意味が私の思考を支配する。

 姉様が人生を懸けて教えようとしてくれていた事の本質が——



 宿った新たな決意と共に……ソシャール ニベル内の主要救助ルートデータを睨め付けた私は、強化されたレスキュリオへと鞭を入れて気焔を纏ったんだ。



 》》》》



 僅かに遠い過去。

 その救助活動は私の人生を180度変える事となる。


 飛ぶ救助要請元が複数地区に渡り点在した、見るも無残な瓦礫と化す火星圏ソシャールにて。

 要請の大本はかの火星圏は名門〈マーズハルト〉よりの物だった。


 だがそこへ陰謀めいた物を感じ取った私は、十分な警戒の中救助活動に従事した。


 思考へ陰謀の影が過ぎったのは、瓦礫が幾重にも重なる区画が災害や事故などではない——と悟ったからだ。

 詰まる所、それはかの名門と呼ばれた機動兵装乗りの家系に於ける御家騒動が起因していたんだ。


「各員救助者の痕跡を見逃すな! まだ安否確認出来ていない者が数名——何としても救い上げるぞっ! 」


 だが私の使命は人命救助。

 御家騒動があったとて、救い上げる命に差などあってはならない。

 それでなくても今までの任務で救えず零して来た命の数が、この記憶へ後悔として刻まれていると——


 そんな心情で残る救助者を捜索していたのを覚えてる。


 レスキュリオを駆り、崩壊した建物間を縫う様に進む内……機体に於ける赤外線・重力子捜索システムが微弱な反応を灯したの見逃さなかった私は——

 飛ぶ様にその反応があった場所へと、機体を向かわせ瓦礫除去に移っていた。


 その時私は、今まで多く取り零してしまった命へ感謝を送らざるをえなかった。

 捜索願いが出るも、生存は絶望的であった少女を奇跡的にも発見に漕ぎ着けたのだから。


「こちらシャーロット、要救助者一名発見! 照合の結果……マーズハルトご令嬢と判明! 繰り返す、マーズハルトご令嬢と判明! 」


 息は僅か……しかし確実に心の臓が動いていたのを確認するや、即座に救命措置を施し救命ポッドへ移した少女。


 それこそが、紆余曲折の末我が妹となったクリシャ・ウォーロックだった。


 映るモニターを、その現在の妹であるクリシャが占拠する。

 まだひよっ子と思い、時には厳しく当たったけれど——何の事はない。


 この救世の部隊は多くの心ある戦士を育て上げている。

 それは妹も例外では無いのだ。

 ジーナ嬢然り、紅円寺こうえんじせがれ然り。

 そして何より、あの蒼き英雄クオン・サイガはこの部隊で今も成長を続けているのだから。


『各員、警戒せよ! 残り微小惑星群が迫っている——では……対宇宙災害コズミック・ハザード防衛任務をフェイズ2へ移行! 各員、散れっっ!! 』


 妹へのささやかなエールを送った矢先、それは機体内へと響き渡る。

 同時に私は現実へと引き戻された。

 過去の救い切れなかった命が、冥府より咆哮を上げる。

 これ以上悲しみを増やしてはいけないと……救える命を何としても救い上げて欲しいと——


「では各員、赤外線・重力子捜索システムを展開! あの〈あかつき〉に〈ひびき〉が到着を見るまで、少しでも多くの救助者を助け出す! クリシャ——」


『了解です、姉様! 私はベナルナとルッチェを従え、シャトル護衛に付きます! 助力が必要であればいつでも! 』


「ふふ……了解した! そちらもしかと、バンハーロー大尉殿の指示で任をこなしてみせろっ! 」


 今の私は

 クリシャが新設部隊準備段階としてΩオメガフォースの指揮下にある現在、それ以上でもそれ以下でもない。


 私達は今、人命救助任務に於ける異なる部隊上でのライバルなのだ。

 妹はもう——……。


 割り切れぬ事も割り切り前へと進む。

 ここで迷いを産めば、救うべき者達を取り零す事になるから。


 程なく——

 不気味なほどに静まり帰っていた宙域が突如、入り乱れる閃光で騒がしくなる。

 モニターで視認できるだけでも、恐るべき速度で襲い来る

 機動兵装側の守りが無ければ、レスキュリオなどひとたまりもないそれ。


 大抵の規模を前線で食い止めている故、今ここに届くモノはそれで捉えられぬ極小の隕石に流星群相当。

 それを打ち払うのは——


『姉様と救助シャトルには指一本触れさせはしない! ベナルナ、ルッチェ……バンハーロー大尉からの指示に基づき武装展開! 対象の速度を充分加味し、接敵せよ! 』


『『イエス、マムっ!! 』』


 同じカラーリングながら、間に合わせで宛がわれた兵装を纏い飛ぶ……三機のレスキュリオ。

 クリシャを中心に、ベナルナとルッチェが続いていた。

 今さらながらに思うは、我が妹もやはり生まれ持つカリスマがすでに片鱗を見せ始め――私でさえ気付かなかった同部隊の惹き付けている。


 そこへ、羨望と不安さえ入り混じらせた私がそこにいた。


『シャーロット中尉、私もニベル内へ向かいます。医療専門スタッフの人手が足りません――ピストン搬送の際はくれぐれもその腹積もりで。』


「……っ!? 了解した、エンセランゼ大尉! ではザニア、シャクティアは私に続け! クリシャ達の勇猛果敢を無駄にするなっ! 」


『『イエス、マムっ!! 』』


 自身でもめずらしい程の感傷に浸る私の機体内へ、響き渡るはローナが直々に馳せ参じる旨の通信。

 〈いなづま〉をここまで先行させたのだ……彼女が乗り込む事ぐらいは想定していた。

 故に彼女のシャトルへ追従し、ニベルの要救助民がいる場所へと飛ぶ。



 通信の刹那感じた、――

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