ニベルに散る妖艶なる微笑み
第184話 陰りの巨大通信ソシャール〈ニベル〉
「リューデっ! 」
「リューデちゃん! 」
「はいです~~……くっ、苦しいですよ~~。」
火星政府協力軍が撤退する中、強行に及んだ冷徹な女官は評議会防衛軍への引渡しのため
すでに
撃たれた傷口も体内活動を始めたナノマシンにより治癒され、激痛からは解放された彼女。
しかし恨めしげに睨め付ける双眸は、その傷も大した反省を促す事に繋がっていない現状を表していた。
そんな者をさて置き——
少女にとって、かつて所属していた
「二人共、リューデが苦しがってる(汗)。大丈夫そうだから程々に。」
少女の帰還に出遅れた感が伺える
そこは駆け付けた旧アンタレス・ニードルの猛者達が、旗艦と称した機動兵装空母〈
菱形と鋭角を組み合わせた艦の内部にある大格納庫。
すでに家族らしい仲を見せ付ける戦乙女達に、誇らしき同志らが歩み寄る。
「その少女が先に言いそびれた新しい家族か?ユーテリスお嬢。ぜひ我らにも紹介を願いたいものだ。」
絆の深さが暖かな雰囲気から伝わる彼女達へ、旧リーダーの
サソリの姉妹らも首肯し、フワフワ少女を新たな家族として紹介に移らんとしたが——
それを制したのは……フワフワ少女である。
「ユーテリスにヨン~~。ここは私に自らを紹介させて下さい~~。これは私の~~新たな因果と思いますので~~。では~~私の名はヴリュンヒルデ・クゥオルファー ——」
「ユーテリスとは、かのザガー・カルツで知り合い……そして共にそこを抜け出した次第なのです~~。」
「……!? りゅ、リューデ!あんた——」
姉妹らを制し自ら名乗りを上げたフワフワ少女は、己の過去を包み隠さず言葉にした。
サソリの砲撃手としても想定外……漆黒の部隊の点を伏せた紹介をと考えていた彼女は焦りと共に声を上げた。
そんな労りに視線で感謝を贈るフワフワ少女は、次いで堅牢なる叔父と連れ立つ同志らへと視線を移した。
僅かな沈黙。
口を開くは堅牢なる叔父。
並べられたのは、姉妹にとっての絆をさらに深めるキッカケとなる。
「身寄り無き子供達が住まうあの廃ソシャール……。そこへ撃ち込まれる核熱弾頭を阻止できなければ、我らはすでに溢れんばかりの後悔の海に沈んでいただろう。だが……ブリュンヒルデと言ったか——」
「君はそのソシャールを己の命を懸けて守り抜いてくれた。これ程の慈愛を持つ少女を組織から弾き出しては、今度は我らがお嬢達から追い出されかねん。子供達を守ってくれて……本当に感謝している。」
重く、柔らかで、労り篭る言葉はサソリ隊の戦乙女達の心へと染み渡る。
それは即ち、フワフワ少女が過去如何に
堅牢なる叔父はそのまま視線をアサシンシスターへと送り、意図を察したシスターも双眸を濡らす雫を拭い宣言する。
これより自分達が背負う新たな運命への、出立の誓いと共に。
「では我ら新生アンタレス・ニードルは、ハーネスン・カベラール議長閣下への正式なる組織再結成報告後 改めて……火星圏を取り巻くあらゆる紛争を鎮圧するべく動きます! 」
「国家とは、その意思を継ぐ者がいて初めて国と呼ぶ事が叶う。かつての星王国を取り戻すと言う、各位の覚悟に期待します! 旗艦〈
高らかに掲げられた宣言を、すでに姉妹となったサソリの砲撃手とフワフワ少女が抱きあって見つめていた。
火星圏はその組織が活動を始めてより……徐々に戦争弱者への救いが行き渡り始めたのだった。
》》》》
木星圏に
「あの地上のクソテロ屋共……。いいようにソシャールをぶっ壊して行きやがって。どうだ……システム修復はまだかかりそうか? 」
『だめだ。こちらの破損は致命的……施設ブロックをパージして全体の軽量化を図るしかなさそうだ。』
「クソッ! これ以上緊急ブースト常備施設をパージすれば、ソシャールの公転速度がガタ落ちじゃねえか! いくら軽くなっても、それじゃ意味がねぇ! 」
焦燥に駆られる者達のやり取り。
そこは
太陽系に於ける全惑星間での天文距離通信機構を制御する超巨大施設。
その殆どを通信施設として稼働させるそこは、ソシャール〈ニベル〉である。
だがそこは
一見……テロリズムからの施設解放をかの革命を口にする部隊が為す事態は、混迷を極めている。
しかしその秘めたる意図が、焦燥に駆られる者達——ついぞまで漆黒の部隊に属していた兵らの口から零れ落ちる。
「そちらはどうだ。ソシャール管理民の容体は? 」
『皆、衰弱しています。我らの持ち込んだ食料に生活物資も底を尽きかけており、これ以上は彼らの命に関わるかと……。』
「万事休すか。オレ達はあのクロノセイバーの様に、救急救命を生業としてる訳じゃねぇ。革命の言葉に踊らされて挙兵した愚か者だ——ならせめて、オレ達の食い扶持を切り詰めてでも管理民の生存を優先させるんだ。」
漆黒の兵を統率すると思しき男が歯噛みする。
自分達では、そこにいるテロリズムより解放した民を救い上げる事は出来ないと。
銀髪が初老を感じさせる男はその視線を、施設内管制制御室たるそこに浮かぶモニター群を見やり……一層険しき表情へと移り変わる。
「すでに軌道上には数多の流星群に隕石群が確認されている。距離はあと数日の所か。そしてその背後には——」
光学映像ではない——超遠距離赤外線にX線観測データが映し出すそれ。
巨大通信施設の同軌道上を悠然と進む巨大なる影。
一週間を残す距離に存在していたのは……SSクラスの
それがソシャールの衝突コースに存在していたのだ。
映る巨大なる影に、絶望を覗かせる銀髪の初老。
その視線を背後で控えた若き青年へと移すや語る。
現在彼らが置かれた状況の全容を——
「よく聞け、クジャレー。先にも話した通り、このニベルは一週間先に小惑星との接触を待つ状況だ。現状公転軌道から動く事すら叶わないここに、弾き出された速度でアレが直撃すれば壊滅は免れない。」
「それまでに、テロ屋が考えなしに破壊したソシャール緊急離脱システム修復がなればとも思ったが……もはやそれも叶うまい。」
「スターチン大尉……。そんな——」
銀髪の初老はスターチンと呼ばれ、若き新鋭はクジャレーと呼称された。
やり取りだけでも、それが漆黒らには似合わぬほどに絆と親密さを醸し出す。
放たれた絶望的な現状を聞くや、歯噛みする
その彼へ全てを託す様な言葉をかけた。
「我らは残る日々を以って出来る限り、このソシャールが緊急回避ブーストの可能な状態へと戻すつもりだが——万一に備えお前に頼みたい事がある。」
「幸いにも、テロ屋が使っていた惑星間航行能力のある高速艇は生きている。それを使い
「ですが、大……——」
非情なる宣言。
それに反論しようとした若き新鋭も、銀髪の初老が放つ懸命さを感じ取り沈黙した。
最悪——彼が生き残る事で訪れた惨劇の語り部になると言う、切なる願いが託されたから。
巨大通信ソシャールは、そこに居住する人口全てがソシャール運営に
しかし地球上がりのテロリストが占拠していた時点で、それらは過酷な監禁生活を余儀なくされ——すでにいくばくかは重篤な事態となっていた。
そんな彼らのため、銀髪の初老率いる十数名が
必死で生きようとする命を繋ぎ止めるため……革命と言う妄想に駆られたその目を覚ました——贖罪を背負う覚悟の兵士達が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます