第175話 守護神、―臥叡 狼餓― 発つ



 それは信じ難き事実。

 その時俺は突き付けられた。

 一族に伝わる伝承と、伝承継承者へ俺が候補として上がっていた真実の全容を。


「火急の事態ゆえ要点だけ話そう。我がバーゼラの民はかつて、火星圏で栄華を誇りしマルス星王国と命運を供にした部族――」


「その王国の守りを一手に引き受けたのが、バーゼラの民の先人達であるのだ。」


「……そんな話は一度も聞いてねぇぞ!?お師匠! 」


 滅亡を辿った星王国の事ぐらいは知り得ていたけど、その守りのかなめがバーゼラの民だと言う事実は初耳。

 けれどそこに守護神の下りがどう繋がるかが理解の外だった。


 だがお師匠は語る。

 俺が自ら目を背けた民の姿――ゆえに見えずじまいであった、その背後に存在する伝承のあらましを。


「先人達は当時の王国を守るために、己が宇宙そらへと飛ぶ事の叶う得物を有し……研鑽が一定に至った者達がそれを駆り――宇宙そらから火星の大地と王国を守護していたのだ。」


「アーガスよ。お前はかつて我が民と現政府との技術的な格差を嘆いていた様だが、そもそも守護を成す機動兵装の武力に於いては? 」


「冗談……だろ? じゃあ何か――俺は未熟の余り、本質さえ見抜けぬままに一族から出奔してしまったってやつかよ。」


 後悔が俺の心を貫いた。

 遠回りし辿り着いた今を軽んじるつもりはない――ないけれど、若さゆえの過ちとしては後悔してもし切れない事実だった。


 そんな中、なおも震動が激しくなるのを察したお師匠はきびすを返すと――


「一刻を争う! アーガスよ、着いて参れ! これより我が民の守護神の下へと案内する! 」


 言われるがままに首肯した俺を引き連れるお師匠。

 その道を空けたのはバーゼラの民。


 しかし今の彼等の双眸には、かつて俺が一族を裏切り飛び出した時の様な失望ではない――新たなる希望の眼差しが俺の心へと浴びせられていた。


 程なく俺はお師匠に言われるがまま、かつて住んでいたはずの……けれど見知らぬソシャール内部と思しき場所へと駆けていた。

 機関室の様な場所かと思ったが、どうやら先にお師匠が言葉にした機動兵装が格納される区画である事が明らかとなる。


 眼前に居並ぶ巨大なる出で立ち……俺がザガー・カルツで与えられた臥双がそうに近似したそれが視界を占拠したからだ。


「こちらへ参れ、アーガス。」


「……何、だよ——これは!? 」


 巨兵に目を奪われていた俺は、呼ぶ声に振り向き——

 そこで格納庫と呼ぶには余りにも場違いな……色とりどりの高級装飾に飾られた大扉を目の当たりにする。


 しかしよく見ると、その装飾は意味のない類ではない……未知なる存在を祀る様な霊的装飾の数々。

 それに気付くやある意味納得がいってしまった。


 煌びやかな大扉前に立つお師匠が、おもむろに操作盤と思しきコンソールへ複雑な言葉の羅列を打ち込んだ刹那……機械音と高圧の排気音と共に大扉が開かれる。


 そして俺は、姿脳髄を撃ち抜かれたんだ。


「お……お師匠! これがあんたの言っていた——」


「うむ。だが守護神たる巨兵は、。それがある時——機動兵装をかき集めていた男に、我らがソシャールへ火星圏政府から手出しをさせぬ事を条件に……二対のうち一体を引き渡したのだ。」


ソシャールに隠匿したまま、本体より劣る擬神体と呼ばれる個体をな。」


「お、俺に……ちょっと待ってくれ! お師匠——それよりその一体ってのはまさか……!? 」


 視界に映る姿。

 その個体を本体とし、もう一体が存在したと言う言葉で俺の直感が冴え渡る。

 何の事はない——視界の巨兵が誇る姿が、


「我がバーゼラの民を守りし守護神の名は〈臥叡 狼餓がえい ろうが〉。さらにこの本体と対となる擬神体の名は……。」


「民を守るために、当時突如として火星圏へ姿を現したボンホース議員派閥部隊——ザガー・カルツと呼ばれる隊を纏める……それを民の安寧と引き換えに譲渡せざるを得なかったのだ。」



 因果は魂さえも貫いて——

 因縁と邂逅の果てに、俺はそこへと導かれていたんだ。



》》》》



 衛星ダイモスの小規模ソシャール大格納施設。

 そこで今新たな救世の力が胎動を始めた。


 そびえ立つ体躯は周囲に居並ぶ機械兵装より一回り巨大で、灼銅と黄の輝きが戦狼アーガスのかつての相棒〈臥双がそう〉を思わせる。

 が——さらに洗練された防御装甲は軽量さと剛性を併せ持つ、古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーの輝きが高性能を予感させた。


 極め付けとなるは、左肩口に燦然さんぜんと輝く銀孤狼シルバーウルフを形取った装飾。

 それだけでも機体がいたずらに争いを助長するものでは無い……民の守護神として崇拝されて来た神々しさを見せ付けた。


「あの臥双がそうを初めて操縦した時、これはただのモニター表示の羅列程度にしか思っていなかった。けど……そうじゃなかったんだな。」


 戦狼は、今まさに新たなる愛機となった巨兵コックピット内で独りごちる。

 しかし構造の大半が擬神体たる臥双がそうと違わぬ事で、同じ機体に搭乗したかの錯覚を覚えていた。

 否——個体としては別であろうと、宿


臥双がそうへの初搭乗の際は、確か「初見、歓迎。」だったはず。けどこいつのモニター……「。」て事は——」


「原理は分らねぇ……分らねぇけど、こいつには宿。」


 戦狼の魂が歓喜に打ち震える。

 当然である——臥双がそうと呼ばれた巨人が最後の最後まで爆散を耐え続けたからこそ、瀕死ではあった戦狼が今を生き長らえているのだ。

 命の尊さを背負い……新たな決意を拳に乗せて。


 握り込んだ拳で、力の限り空を切った戦狼は双眸が爆ぜる。

 かつての相棒の魂を継ぎし新たなる武力との邂逅に感謝する様に。


 そして今度こそ、その武力を悪に貶めてしまわぬ様覚悟を誓い――


「……行こうぜ、新しい相棒。行こうぜ、臥叡 狼餓がえい ろうが! 俺の目指す遥かな先にいる、あの炎陽の勇者と拳を交わすために――」


「俺は俺自身の過去を越える! ! 」


 新たなる機体への誓いの咆哮の後、モニターへ映る大恩ありし師を見やる戦狼が……敗北と供に学んだ礼にならこうべを垂れた。

 不甲斐無かった自分を今の今まで見放さなかった師へ――拳聖と呼ばれた男へ向けて。


「お師匠、今まで世話になった! こんな俺へ、ここまでしてくれた数々の恩義……感謝してもしきれねぇってやつだ。あんなにも不甲斐無い出奔でお師匠にはじをかかせて、本当に済まなかった! 」


『皆まで言うな、アーガスよ。感謝ならばその過去へ、送るがよい。力を手にと望む者は、そこで道を違えたか否かが運命の分かれ道――』


『さあ、巣立ちの時だ! 今のお前を求めるは、バーゼラの狭き暮らしではない……戦乱に巻き込まれた宇宙人そらびと社会の弱者達だ! その拳――もう決して曇らせるでないぞっ!? 』


 交わされる熱き師弟の契り。

 そんな感極まる情景を荒らす不逞なる者が、遂に小部族ソシャール内へと侵入する。


 爆轟を撒き格納施設へ入り込んだのは、現在ダイモス宙域へ侵攻を企てる火星圏政府の子飼い部隊の機動兵装。

 ソシャールそのものは古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーの恩恵で、外部へ大気が漏れ出す前に事故修復が完了していた。


『ほっほー! ここがかの、バーゼラが有する機動兵装格納庫とやらか! 何やら値の張るものも見受けられるなぁ! 』


『隊長、こいつは高値が付きそうでさぁ! ここの物を全部掻っ攫って――』


 火星圏政府正規ではない機体は、漆黒の傭兵部隊がかつて駆ったS・Hサーベル・ハインツの亜種と言えるカスタム機。

 戦狼がすでに守護神に搭乗している事を知らぬ不逞は、野卑た笑みで通信をやり取りする。


 直後……今しがた動いていたはずの機動兵装が突如、オイル状の液体を撒いて膝を付いた。

 それも二体がほぼ同時である。


「愚かにも、このバーゼラが拳聖 フォックスの守りしソシャールへ侵入を企てるとは……。だが残念であったな。機動兵装とは人型を模して造られた霊的肉体の模造品――」


「詰まる所、。アーガスっ! この様な雑魚に構うな……て――宇宙そらへっ!! 」


 噂に違わぬ身のこなしが不可能を可能とする。

 拳聖 フォックス・バーゼラ・アンヘルムは、人体に通じる機械的急所を穿つ一撃にて



 目にした驚愕を遥かに通り越す現実を思考に刻む戦狼は――

 恩師へ今一度こうべを垂れた後、新たなる炎の守護神臥叡 狼餓宇宙そらへと舞い飛んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る