第174話 灼銅の戦神



 思えばこんな風に、故郷で再びお師匠と拳を交えるなど想像だにしていなかった。

 あの時ここを飛び出した己の何と未熟な事か。

 お師匠を目の前にして、今さらながらに思い知る。


 この人は噂が一人歩きした様なではない——本物の拳聖以外の何者でも無かった。


「ほう……お主がかつて息巻いて振るった拳打闘法ボクシング——それを封印すると言うのか? だがそれでは、ソシャールを飛び出した以前のまま。研鑽の高が知れているぞ? 」


「そんな事は分かってる。けどこれは、俺が拳を交わした男に贈られた敬意に対しての答え。原点回帰ってやつだ。」


 バーゼラの民が注視する中、俺とお師匠 フォックス・バーゼラ・アンヘルムが一足飛びの距離で立つ。


 いつきは俺との一騎打ちで、己の得意とする戦闘法を封印してまで相対し……

 動きからして総合格闘術を生業にしているはずのあいつが、だ。


 そんな誇り高き勇者に少しでも近付くためには自身の研鑽こそがかなめ

 今まで俺が身に付けた全ての戦い方を総動員する必要があった。


 だからこその、お師匠より授けられた〈バーゼラ 古流戦闘武術〉と言う選択だった。


 投げられた確認に答えつつ、いつきとの戦いを思い返す俺は冷めやらぬたぎりが顔に出ていたのか……興味津々のお師匠が問うて来る。


「お主をここまで変えた者に興味を持った。その者は何という名——そして何処に住まう者だ? 」


 想定外の問いへ少し驚いたが、俺が知りうる限りを口にする。

 恐らく宇宙人そらびと社会の誰もが驚天動地に揺れるほどに、前代未聞の偉業を成した得た部隊の赤き勇者の名を。


「あのお師匠が興味を持つか。いいぜ?減るもんじゃねぇしな。俺を打ち負かした男の名は紅円寺 斎こうえんじ いつき……確か紅円寺流総合格闘術に於ける神童——」


「そして今あいつが所属するのは、宇宙人そらびと社会初の特務災害防衛部隊 クロノセイバー。駆る得物は赤き炎陽の霊装機セロ・フレーム——つい先日それに乗ったあいつは、あの星間航宙ソシャール〈イクス・トリム〉の木星重力圏への落下を阻止したと聞いている。」


「な……ん——バカな! 木星の超重力場に囚われたソシャール落下を阻止、だと!? 」


 語る言葉に驚愕を覚えたのは言うまでもなく、そこにいるお師匠に州長を始めとした民全て。

 普通ならそれを信じろと言う方が無理な、非現実的な事象。


 だからそこへ付け加えておいた。


「本来はそこで居住するヴィークル・レース運営陣含めたイクス・トリム民、——あの部隊はそれらが愛する故郷……ソシャール落下阻止と言う無謀を選んだ。」


「そして最終的にそれを現実の物としたのが、炎陽の勇者 紅円寺 斎こうえんじ いつきだったんだ。」


 ざわめく同胞ら。

 そして眼前で相対し、仁王立つお師匠が双眸を閉じると――


「あい分かった。それが事実であるか否かは、今のお主が証明して見せよ。よいな? 」


 と語るや、バーゼラ流にのっとった構えへと静かに移行し双眸を見開いた。


 基本的な構えは地上に存在するケンカ闘法とも呼ばれる〈骨法〉に近しい基礎を持ち、しかしそれとは似て非なる構えから放つ御業で一族に伝わる古武術。

 さらにお師匠の構えは独特の極み――身体を守る様に肩を突き出し、顔面と動脈を守る形で掌底を翳す。


 その相手を挑発する様な上半身を基準に、円を描く様に両足を斜め対角へ摺り出した。


「分かったぜ、お師匠。俺の戦いがあいつの武勇の確証となるってんなら、こんなにも光栄な事はねぇってやつだ。受けて立つぜ。」


 お師匠の吐き出す闘気はいつきさえしのぐ濃密にして強靭な圧力となり、俺の身体を魂までも撃ち抜いた。

 かつての俺ならばしり込みしてしただろうと苦笑しか浮かばぬ今――それを受けてなお、たかぶりを隠さずにはいられない。


 俺を遥かに圧倒する最大の敵は、


「ではアーガスよ。いつでも参れ。」


「上等……。〈 アーガス・ファーマー ――推して参るっっ!! 」



 そんな抑え切れぬ激情を名乗りに乗せた俺は、お師匠にならう様に構えると――

 今までの愚かな自分との決別のため、新たな道を切り開く決意の咆哮を上げた。



》》》》



 戦いの血統を持つ民に見守られながら、その戦いは幕を開けた。

 挑むはかつてその民に受け継がれるはずであった伝統をさげすみ、一族を捨てた孤高の戦狼。

 対するは、その戦狼へ一族の武門の伝統を継がせるため身を粉にして来た最強の拳聖。


 裂帛の気合が生身の打ち合いと合わさり、小部族ソシャールの人工大気どころか時空さえ揺るがした。


「おおおおおっっ!! 」


「この程度か、愚か者! あの時研鑽を放棄した結果がこの様……こんな体たらくでは、お主を目覚めさせたと言う男の武勇を確信させるには至らぬぞっ!」


 戦狼から、古流武術特有の掌底打に足技が左右より円運動を起点に次々打ち込まれるが――

 拳聖と呼ばれた男は流れる様に全ての攻撃をさばき切る。


 一見すれば戦狼アーガスの繰り出す攻撃は、一切が通用していないかに思えるほど。

 が――かの拳聖フォックスは双眸に一切の油断がない。

 当然である。


 研鑽もままならぬはずの一撃一撃が、油断すれば即座にそのふところへと叩き込める勢いを乗せていたから。

 そこに込められる戦狼の燃え上がる覚悟が、未熟であるはずの攻撃を恐るべき御業へと昇華させていたからだ。


「(こやつは確かに私が見限り、破門を言い渡したはずの慮外者。だがこの強さは何だ? 未熟と侮れば、一撃を確実に叩き込まれる。よもや――)」


「(アーガスがここまで己が放つ全てへ、魂を乗せて戦う事の出来る戦士に成長していたとは……! )」


 戦狼の攻撃をいなす拳聖は驚愕の渦中へと放り込まれる。

 攻撃一つ一つは未熟であるとも、乗せられた魂がそれを補完する。

 結果、刹那の油断は確実に己の敗北へ直結すると悟ったから。


 あの炎陽の勇者と渡り合った魂宿る戦狼の戦いが、拳聖を圧倒していたのだ。


「(……か。これぞまさに武の真髄――弛まぬ研鑽を以って今、こやつが向き合うは己自身の過去と弱さだ。)」


「(これならば……これならばあの戦神を――託す事も叶うか……! )」


 戦狼と拳聖の刹那の打ち合いが、バーゼラの民が息を飲む中時を刻んで行く。

 だが無情にも……その決着がつく前に不穏なる因果の荒波が、小部族ソシャールを包み込んだ。


 幾度目かに二人の身体が交差するか否か。

 衝撃がソシャールを突き抜けた。

 突如として訪れる振動にバーゼラ州長マドフが声を荒げる。


「な……この様な時に!? まさか、仕業か! 」


「おいっ! この振動はなんだ!? お師匠、こいつぁ火星圏の政府絡み――」


 戦いの中断を余儀なくされた戦狼が慌てて問うが……その解を先に示したのは、彼が懐に持ち合わせていた携帯端末からの声である。


『アーガスよ、直ちに戻れ! 火星圏政府の一部勢力がこのソシャールへ攻撃を始めた! 降伏勧告も、退避勧告さえ無いものとする所業――すでに国際法にすら抵触する過ちぞっ! 』


「マジかよ……! 分かったぜ、紅真こうま殿下! 俺もすぐにそちらに合流を――」


「待て……紅真殿下、だと!? アーガス、お前は一体――」


 端末からの緊急通信。

 そこへ驚愕を覚えたのはバーゼラ州長。

 それは彼の耳に信じ難き者の名が飛び込んで来たから。


 直後――

 拳聖は視線をバーゼラ州長へと送り、告げる。

 響く声が、紛う事なき宇宙人そらびと社会を率いる高貴なる存在であるなら――何ゆえ戦狼がこの様な場所へと舞い戻ったのかが想像出来たから。


「マドフよ……私は決めた。今のアーガスにならばアレを――我が民に伝わる守護神を託す価値もあろう。」


「……拳聖!? この者はすでにバーゼラの武界より破門した者――本当によろしいのですか!? 」


「民の守護神……!? お師匠――それは一体何の話だっ!? 」


 続いて並ぶ言葉で、今度は戦狼が疑問符に躍らされる。



 戦狼にすら語られていなかった真相――

 バーゼラの民に伝わる守護神伝承の一端を、拳聖が語り始めたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る