第173話 ダイモスの拳聖 フォックス
艦性能も然ることながら、単独行動の成せる技にて
元来その艦ははるばる天王星宙域を統制する、ムーラ・カナ皇王国より訪れた船であり――破天荒皇子が
「マジかよ……ザガー・カルツにいた頃の速度なんざ目じゃねぇってやつだろ。もう火星が光学有視界とかって。」
「当然じゃ! このワシがこうやって何人より早く星間を渡り、早々に悪事の目を摘まねば世界は瞬く間に悪意に満ちる。愚かしくも人類は、
その高速艦内を和気藹々の空気が包む。
すでに馴染む
すると皇子の足元で、今しがたまで船を漕いでいた
「シバも同意なのです~~。皇子殿下は多忙を極めるのですよ~~。」
「お……起きてたのかよ、嬢ちゃん(汗)。てっきりまた寝てるのかと――」
「シバは眠るのがお仕事なのです~~。そしてシバが安心して眠れる安寧こそが、皇子の求める恒久的平和――」
「だからと言って、ワシはお主に延々寝ておれとは申してはおらんのだがのぅ……。そんな怠けを自負するはこの口か? この口かぁ~~? 」
「ふぇぇ~~!
「……相変わらずだな殿下(汗)。むしろ安心するってやつだ。」
賛同を兎も角とした皇子は眠り姫の過ぎたる怠慢に目くじらを立てつつ、定番となる
当に緊張高まる火星圏内縁に差し掛かっているのに、である。
『殿下、そろそろ警戒レベルを引き上げて下さい。現状火星圏連合国軍の勢力下ではありませんが……アーガスの目指す衛星ダイモス宙域は油断なりません。』
「わーかっておるわ! 一々小煩い奴じゃ、お主も! 」
和気藹々度合いが過ぎる破天荒皇子を嗜めるは
モニター越しで嫌な汗と共にお言葉を献上すれば、返す皇子も悪態を吐きながらもすごすごと従う。
馴染んだ戦狼も、今まで感じた事のない暖かな空気へ感慨を浮かべつつ——その視線をモニターへと向けた。
彼の視界に映るは火星の衛星軌道上。
今は点にさえ見えぬそここそ、戦狼がかつて仕来りを振り切り飛び出た故郷。
かの拳聖 フォックス・バーゼラ・アンヘルムが住まう〈ダイモス〉衛星ソシャールである。
「もう戻る事もないと思ってたんだけどな……。来ちまったってやつだ。」
独りごちた戦狼。
その姿へ羨望を宿し見やる破天荒皇子。
暫しの沈黙を経て同宙域スキャンデータを確認した調律騎士が、高速艦の安全経路を艦モニターへと転送し——
『ではボクがこのまま周辺宙域にて警戒に当たりますが——なにぶんこのフリーディアでは目立ちすぎる故、距離を取っての護衛となります。』
「ああ、了解してる。皇子殿下護衛も俺の役目だろ? こんな事までお膳立てしてくれた義理はキッチリ返す。でなけりゃ
モニター向こうの調律騎士へ首肯を返した戦狼は、双眸を閉じると覚悟を洗練させて行く。
これより彼が相対するは、
》》》》
火星圏衛星軌道上。
そこにある衛星は〈ダイモス〉と〈フォボス〉と呼称される。
その
いつしか時は流れ――
王国滅亡の引き金を引いた火星地上連合国家の中心である、〈マーズリヒト首相国〉が宙域の大半を支配する時代へと移り変わって行く。
そんな予断の許さぬ宙域にて、衛星〈ダイモス〉を連星の如く引き連れる小部族ソシャールにて……この時より一つの大きな因果の
「州長、大変だ! 奴が……あの破門された面汚しが、バーゼラの大地へ踏み入りやがった! 」
「何だと!? この様な時期に、何ゆえあの様な者が……。誰か――誰かフォックス拳聖をお呼びしろっ! 」
数あるソシャールの中でも、地上の少数民族を思わせる雰囲気の街並みが
その様な光景が見られる要因として、火星の衛星軌道上の安全基準がかの地球軌道上よりも高い点が関係していた。
小惑星飛来ほ危険は言うに及ばず、宇宙ゴミなども極めて少ない軌道上故のソシャール内環境多様化と言う実情だった。
あくまで戦乱が齎す被害を差し引いての物であるが。
しかしその多くに、高レベルの
少数民族然としたそこで今、上へ下への大騒ぎが捲き起こる。
要因となったのは――
言わずと知れた戦狼 アーガス・ファーマーの望まぬ帰還であった。
「全く変わらなねぇな。頑なに技術革新を拒む頑固さ――よくこんなので、火星圏政府からの支配へ抵抗出来たな。」
ソシャール基準に於いてもザルの様なセキュリティーを掻い潜った
破天荒皇子へ高速艦での待機を依頼すると、単身己が故郷への一歩を踏み出していた。
かつて武門の師によって破門されてから、一度も訪れていなかった愛していたはずの故郷へ。
戦狼が向かった先はソシャールの中央街。
一際大きな建物――と言っても、
それは当該ソシャールを纏める星州長兼施設長の屋敷である。
が――そこはすでに事態を聞きつけた州民……バーゼラの民で溢れ返っていた。
「のこのことよくも顔を出せたな、この未熟者。」
「マドフ州長……んで、フォックス師匠。」
「自惚れるなよ?アーガス。お主はこの私が破門を下した身——そんな余所者に成り果てた足で、この地が踏めると思うてか? 」
屋敷前で待ち構えたのは
隆々とした体躯もさる事ながらその長……拳聖と呼ばれる男を凌ぐ長身で、戦狼さえも見下ろしていた。
対する拳聖の体躯は戦狼にさえ届かぬ体。
だが——嘘か誠か
仁王立つ二人と望まぬ来訪者を取り囲む古の部族達。
民を治める者の号令あれば、一足飛びで包囲できる位置に陣取っている。
そう……彼ら〈バーゼラの民〉は、古より武門でのし上がって来た
かつて突き付けられた落胆と失望を宿した視線。
当時の戦狼であれば、そこから逃げる様に立ち去ってもおかしくはなかった。
しかし戦狼は彼らと同じく仁王立つ。
心に最強の男との誓いが刻まれているから。
赤き炎陽の勇者と交わした拳の絆が、逃げるなどと言う選択肢を許さない。
彼は今、己の不甲斐ない過去と正々堂々 正面突破で向き合っていたのだ。
「あれだけ威勢撒いてここを出たんだ……今さらそんな虫のいい話はないってやつだろ。ここに来た理由は一つ――」
「俺としても、すでに苦い敗北を経験した身で口にするのも何だが……最後の手合わせ――それを元師匠に受けて貰いたいと思ってな。」
自虐気味に言葉を零す戦狼は、己が敗北した事実を包み隠さず打ち明けた。
そして続けた最後の手合わせの下り。
すでに一度の致命的な敗北を喫した彼が口にした真意は、言わずと知れたケジメとなる戦い。
想定だにしない言葉に揺れたのは古の部族。
中でも星州長と拳聖の困惑は群を抜いていた。
「な……ん――仮にも破門を言い渡された身で抜け抜けと! 貴様の眼前でおわす方を誰と心得て――」
怒号と剛腕が空を切り、怒り心頭の部族の長――当然である。
かつて戦狼は、バーゼラの民にとっての希望であり……多くが目指す象徴となるべき立場であった。
にも拘わらず彼は、部族の仕来りに対する反感と本質が歪んだ強さへの渇望を抱き……恩師による破門と言う結末を辿ったのだ。
部族の長の視線で、戦狼と拳聖を隔てる壁を構築せんと民が移動を始める。
そこへ部族みなが騒然とする言葉を――かの拳聖 フォックスが言い放った。
「アーガスよ……。今のお主からは、かつてでは想像出来ぬひた向きさが宿っておるな。ならば――」
「そのお主が経験した人生に免じて……手合わせ、受けてやる事にしよう。」
「け、拳聖っ!? 」
「すまねぇ、お師匠。これであいつとの約束……それまでの良い出だしになるってやつだ。」
交わす言葉に絶句した部族の長に目配せした拳聖。
止む無しと民が手合わせ分のスペースを残して見守る事とした。
静寂が小部族ソシャールを包み、裂帛の気合がぶつかり合う。
それぞれの思惑など一切考慮せぬ不穏が、周辺宙域へと近付いているその中で――
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