第172話 妖艶なる女医の胸騒ぎ
旗艦そのものは充分な居住スペースを有するも、病院艦である〈
何より評議会を取り仕切る者達が不在では、この宙域の安全が瓦解したも同然。
それを踏まえた早急なる搬送を終えた所であった。
「む……。ローナ大尉、議員ら全員の搬送を確認した。これよりピチカと〈
『ああ、いいのよ? 二人共、少しそちらの〈ニル・バニア〉で休暇を取りなさいな。ここの所立て続けで職務が続いていたでしょう? それに——』
『休暇の帰りついでで構わないから、そちらのメディカルセンターへ行って不足している医療物資を見積もって来て貰いたいのよ。』
「む……なるほど、それは共に必要事項。ピチカ——だそうだ。」
「おーーっ!? ピチカ達はひっさびさのキューカなのだ!? ではシカトとキューカタンノーしてヨウ——」
「む……休暇と養生は近しい意味だ。同義ではないが……重なっているぞ? 」
「先に突っ込まれたのだっ!? 」
妖艶な女医の取り計らいへ喜びを顕とする医療の希望達。
すでに
〈ニル・バニア〉の国際宇宙港ステーションで、その旨を確認した医療の希望達はその足でささやかな休暇へと向かう。
すでに危地への出立が決まる中であるも、クルーそれぞれの心身を健康に保つ任に於いてはスペシャリストの女医は一人——病院艦内のスタッフルームへ閉じこもる。
「部隊が火星圏へ近付くにつれ、救急患者も緊急治療を必要とする者の数も増えているわね。そろそろ、この艦の医療施設へもテコ入れが必要かしら。」
艶かしい陶磁器の様な足を組み、イスに座す彼女は独りごちる。
眼前のデスク上モニターには、今まで受け持った患者の数だけカルテが投影されていた。
言うに及ばず——病院艦のキャパシティが上限に達しつつある現実を憂いていたのだ。
「艦そのものの容積を増やす事は無理がある——となると、旗艦側の居住スペースの一部を改修し充てるのが得策かしらね。」
が——口に出すは病院艦の今。
されど彼女は、底知れぬ胸騒ぎに思考が揺らされていたのだ。
「邪魔するぞ?大尉。と……仕事中か。」
「あら? お早い帰還ですね、工藤艦長。お構いなく——ちょうど一息つこうと思っていた所ですので。」
そんな胸騒ぎを思考の奥底へ仕舞い込んだ妖艶な女医は、訪れた客人——救急救命艦隊を纏める猛将を快く迎え入れた。
近くの席へと腰掛ける
「エンセランゼ大尉としては珍しい。何か思う所でもあるのかね? 」
猛将の口を突いて出た言葉で双眸を少し見開く妖艶な女医は、はぐらかす様に笑顔を貼り付けた。
「珍しいとは、お言葉ですわね。まあ、私がそんな物想いに
「……だと、良いのだがな。」
やり取りは僅か。
そこから暫しの沈黙が包む。
猛将とて一介の軍人である。
さらには直感も優れた有能なる将で知られる男である。
救いの猛将の思考には、朧げながらに浮かんでいた
〈
》》》》
それぞれが次の作戦ブリーフィングまでの時間、各々で準備と休息を取るため散って行く中——
救いの猛将と共に母艦へ早々の帰路に付いていた
先の救急救命任務が終えたと思うや、次の任務のために訓練を始めていた。
休息はあくまで各々の判断に任される。
彼女達は彼女達なりのスケジュールの中での休息があり、今はその時ではない故の訓練没頭であった。
「各員、ループボルタリング20本! 続いて走り込みを30本だ! 始め! 」
「「「「イエス、マム! 」」」」
だが——そこで指示を飛ばすも眉根を寄せたままの女性は、あの副部隊長である
当の部隊長である
さらには彼女よりの依頼を受け、そこに同行する
姉側も同じく眉根を寄せ見やるは一点のみ。
彼女が見つめる先には議員ら救出の際妹少尉が駆った、あの殲滅兵装が装備される救急救命隊の機体である。
「これを少佐殿に見てもらいたい。我らがレスキュリオへこんな火器システムを無断で搭載していたのは、私でも気が付かなかった。私が救われた功績など吹き飛ぶ、このあってはならない事実は
「そしてその責を負うべきは、救命隊隊員の指揮を任された私だ……。」
確かに救いの姉中尉は妹少尉へと叱責の言葉を飛ばした。
だがそれでも――その責を負うべき者が誰であるかを心得ている。
故に妹へ部隊の現在を任せて英雄少佐を呼び出していたのだ。
蒼き英雄と呼び称された少佐も理解している。
彼とて人事ではなかったから。
自身も多くの失態を犯し……その責を負うべき者達へ多大なる迷惑をかけた過去がある。
だからこそ、眼前で悲痛に
「その旨は理解した、シャーロット中尉。けど――オレをここへ呼んだのは別の意図があるんだろ? 責任の所在如何より、まずそちらを話してはくれないか。」
そんな救いの姉中尉の心情を読みきった英雄少佐は、一つの推測と……そこに繋がる答えを引っ提げ彼女に応じた。
「お見通しか……ならば私も覚悟を持って話が出来る。」
少佐の配慮へ――
僅かの沈黙と供に、中尉は告げるべき言葉を紡いで行く。
「私は今まで多くの命を救い上げるため身を粉にして来たが、それでも救えなかった命の数の方が遥かに上回る。その中には戦場故に、武器を持たぬ私達救命隊ではどうする事も出来ない現実が間違いなく存在していた。」
「これは軍部などの戦いを主眼に置く者を非難する類ではない……ままならぬ壁があると言う意味で取って貰いたい。」
過去を思い出す彼女の双眸の輝きを、救急救命任務で負ったままならぬ後悔が鈍らせる。
救いたくとも救えない現実と、彼女は幾度となく戦ってきたのだ。
先の出来事の全容をあらかた把握していた英雄少佐は、推測通りの吐露が聞けたと双眸を閉じ……ゆっくり開く
そこへ彼が
「中尉の言いたい事は理解した。ウォーロック少尉の行動原理も範疇の内。ならばこう言うのはどうだろう。地球はかの暁の大国と呼ばれた国家では……かつて戦争で勝つために組織された軍隊を、自国の民を防衛する形へ変化させた組織があると聞き及ぶ。」
「過酷なる訓練を乗り越えし者達が、他国よりの侵略や脅威に立ち向かえる様……またその力を以って数多の災害や事故から命を救い出す能力を叩き込まれた国家組織。国家の国民を守るために組織された〈自衛隊〉と言う存在が、かの日本と呼ばれた国家には存在するそうだ。」
「自衛……隊? 」
「そう……国家の戦争を目的にした組織ではない――弱者を守るための最後の救いの砦だ。」
そこで唯一自国民防衛を最優先とする存在は、現時点での太陽系世界に於いては
「オレはこう考える。彼女……ウォーロック少尉をその自衛隊の如く、武装を携え戦地に飛び込める救急救命の隊士へと任命するんだ。この
「当然訓練の過酷さも己の危険も跳ね上がるけれど……彼女ならば、きっと応えてくれるだろう。そう思わないか?シャーロット中尉。」
語られらた発想に双眸を見開く救いの姉中尉。
決してそれは誰でも成し得る行いではない――が、彼女は妹少尉の事を誰よりも理解していた。
理解していたからこそ……英雄少佐の想定外の提案に、熱く心を揺さぶられたのだ。
「クオン・サイガ少佐、その旨をあなたに任せたい。どうか妹の向かう先が過ちとならぬ様……何卒、ご検討頂きたい。この通りだ……。」
「ああ、了解した。新たな救急救命組織の建設構想……
深々と
彼女でも長らく忘れていた熱い物が頬を濡らす。
かつて救いきれなかった命へ、やっとの思いで無念が晴らせるとの……溢れ出す慈愛が輝く雫となって流れ落ちていたのだ。
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