第166話 因果の嵐を越えて



「旗艦防御ミストルフィールド、出力が大幅に低下しています! これ以上フレスベルグとの近接戦を続けるのは……! 」


「いいだろう! むしろこんな無茶な突撃によく耐えた所——各機の状況を報告せよっ! 」


「了解……! 」


 禁忌の怪鳥フレスベルグとの近接対艦戦闘と言う、想像だにしない戦術を繰り出した禁忌の聖剣キャリバーン

 双方共に強力なる対空砲火を撃ち合いつつ……味方となる部隊機へ主砲が向かぬ様立ち回る戦いは佳境となる。


 未だに殺意に塗れた怪鳥を睨め付けながら旗艦指令月読が指示を飛ばす。


Ωオメガフレーム及びΩオメガエクセルテグはブラック・クリューガーを制した所……ですがΑアルファフレームは現在も尚、デスブリンガーと交戦中——」


「加えてΩオメガフォースがヒュビネットに組する傭兵隊と接敵、Αアルファフォースはその中のスーパーフレームと思しき機体を足止めしている模様! ——今、〈いかづち〉より安全宙域到達のシグナルも確認しました! 」


 小麦色の曹長テューリーが各戦況を確認し、速やかに現状を伝達する。

 そこからしても、すでに戦場を席巻するのは救いし者部隊クロノセイバー漆黒の指揮する部隊ザガー・カルツのみ。


 無人機の存在で脅威となるかに見えた不貞の部隊トランピア・エッジは、すでに虫の息となっていた。


 飛ぶ現状報告で鋭き観察眼を走らせる旗艦指令。

 赤き霊機Αフレームが交戦中も、蒼き霊機Ωフレーム漆黒の砲戦騎ブラック・クリューガーを制した点に着目した。

 それは言うに及ばず……これまで漆黒が指揮する部隊との戦闘に於いて、


 詰まる所、手に取る様に思考へ浮かんだのだ。


「頃合いだな……。であればこちらは奴らの撤退に合わせ、今までの借りをしかと刻んでやるとしよう——」


「全艦へ対ショック防御を通達——合図と同時に旗艦の広域防御 ミストルフィールド解除! 急げっ! 」


「……っ!? しかし指令、ミストルフィールドを解除してはあちらの主砲の餌食になります!」


「ミューダス軍曹、指令の指示通りだ。あとはこちらでなんとかする。」


「いえ、その……ハイデ——フリーマン軍曹!? なんとかするとか、そんな事が言える状況では——」


 そこからの指示は、ブリッジクルーの女性陣の耳を疑うものである。

 流石に意見具申も辞さない真面目系軍曹トレーシー——が、それを制したのは諜報部少佐ロイック

 その彼が……言葉を放つ。

 返された言葉にはさしもの真面目系軍曹も動揺を隠せない。


「ロイックさん、このサイズでアレはキツくないですか? 」


「案ずるな片梨かたなし軍曹。これでも操舵技術に関しては明るい所……やるならば今しかない。」


 驚愕で言葉も出ない他のブリッジの花を一瞥し、さしもの性同一な軍曹勇也も不安を口にした。

 そのやり取りを掻き消すのは、禁忌の怪鳥が次々放つ艦砲射撃と邪竜ニーズヘッグの閃撃。

 すでに猶予など存在していなかった。


「なんや不安しかあらへんねんけど——通信、了解です! 全艦へ通達……これよりミストルフィールドを解除します! 衝撃に備え対ショック防御を取れ! 繰り返す——」


 通信手の少女翔子も半ばヤケになりながら艦内通信を飛ばし——

 それを確認した旗艦指令が誰もが想定しない指示を言い放った。


「ミストルフィールド解除と同時にキャリバーン、10時の方向へ向けバレルロール開始! 同時に――」


「フレスベルグが、あの対艦集束砲を放つ寸前が勝負だ――……! 」


 放つ指示は旗艦員の想定など遥か彼方の奇策。

 そんな命を受けた諜報部少佐が復唱と共に、操舵システムをセミオートによる補助航行から完全手動となるアナログ航行へと切り替えた。


「イエス、サー! 操艦制御を手動へ切り替え完了……再展開後の指向性ミストルザンバーを目標——フレスベルグの右舷上部、対艦集束砲 反応炉に設定! 」


 流れる様な動作でありえない操舵をこなす少佐を、ブリッジクルーが凝視する。

 程なく眼前の禁忌の怪鳥から、想定通りに対抗重粒子過淵反応砲ボクスター・ヴォルテクサーが放たれる寸前――


 旗艦指令の双眸がギラついた。


「今だっ! ミストルフィールド解除と同時にサイドスラスター点火——あわせて重力アンカー、! 」


「旗艦、航宙横断滑走コズミック・ドリフティングにて……凶鳥へミストル・ザンバーを叩き込めっっ!! 」


 旗艦指令の咆哮に合わせ、禁忌の怪鳥へ向け放たれた重力アンカーを起点に……

 重力アンカーを打ち込まれた怪鳥も、回避行動を殺された只の的となり——



 超振動で分子を拡散する微細機械の光幕ミストルフィールドの長大高密度ブレードが、禁忌の怪鳥の翼部となるそこを分断した——



》》》》



「何が起こった!? マーダープリンセス、反応しろっ! 」


『……旗艦、損傷。右舷 対抗禍淵重粒子ヴォルテクサー反応炉……エネルギー供給ライン破損。メインスラスター出力65%まで低下——』


『総合戦闘能力レベルへ大きく下方修正の必要あり。繰り返す、総合戦闘能力レベル下方修正の必要あり。』


「……くそっ! あの偽善者共がっっ!! 」


 想像だにしない旗艦の特攻を受けた禁忌の怪鳥フレスベルグ内。

 現在それを掌握する電脳姫ユミークルが湧き上がる憤怒を顕とする。

 不測の事態へ歯噛みし、モニターの呪われた剣を睨め付けながら怒号を吐いた。


 地球——

 海洋の艦隊戦に於いて存在したとされる戦闘航海術〈秋津洲あきつしま流戦闘航海術〉は、太陽系内で艦船を運用する軍部一部で密かに知られる戦術である。

 しかし……そもそもそれは海洋航海艦船で生まれた操舵法であり、宇宙空間でそのまま採用できるものではない。


 だが諜報部少佐ロイック……引いては、同艦隊内で〈いかづち〉の艦長を務める猛将 工藤 俊英くどう しゅんえい——まさにその戦闘術を知る一部の者が乗艦するのが禁忌の聖剣キャリバーンと言う特務艦である。


 さらにはその航海戦闘術を、宇宙での運用が可能な手段へと変化させた〈宇宙式〉とも言えるが禁忌の怪鳥の片翼を奪い去ったのだ。


「ダメージコントロール! 右舷翼部を自己修復——機関員も向かわせろ! ブリッジ……人的被害はっ!? 」


『こちらブリッジ! ユミークル嬢の指示通り、最小限のサポートにて旗艦を運用していた所……人的被害は最悪でも軽傷です! 』


「ここまでやられたからにはタダでは置かない……すぐに態勢を整え——」


『撤退だ、ユミークル。その旨を部隊全機へ通達しろ。』


 怒号から、厳しさを和らげ機関員を案じる電脳姫。

 ブリッジからの応答で、反撃をと意気込むが——


 それを察した様に響いたのは漆黒ヒュビネットの声。


 反論も辞さぬ電脳姫であったが……モニターに映った顔面が蒼白となる。


「隊……長!? 大丈夫ですか!? 」


 漆黒が被るヘルメット越し。

 浮かぶ大量の鮮血と、辛うじて見える片目を開けた姿で——電脳姫は理解する。

 


 そんな部下の焦りを他所よそに浮かべた嘲笑もそのままに、漆黒は嬉々として語る。

 まるで与えられた遊び場を満喫した無邪気な子供の様に。


『左目はもうだめだ——が……五体が満足であれば、俺の策に何ら支障はない。ユミークル……俺の現状が理解出来たなら即座に撤退だ。どの道奴らは深追いなどしては来んからな。』


 手負いの獣と化した漆黒。

 だが生きている片目に宿る革命の意思は、さらに激しき炎となって燃え上がる。


 最早異論を放てる状況にはない。

 そう思考した電脳姫は歯噛みする。

 同時に、抑え込む意味も含めて——


 小惑星アステロイド帯宙域へ、苦渋の決断となる通信を飛ばした。


「——了解です。各機へ通達! これ以上の損害をこうむる前に撤退する! これはヒュビネット隊長からの勅命だ——反論あるものは、背中からこのニーズヘッグで撃ち抜いてやる! 」



 片翼をもがれた禁忌の怪鳥が、漆黒を含めた部隊各機を収容後離脱して行く。

 新たに生まれた憎悪を積み重ねる様に……それぞれで救いし者達の勇姿を睨め付けながら——

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