第160話 蒼き双光、量子の妖精を従えて



 二条の鮮烈なる爆光が小惑星アステロイド帯を駆け抜ける。

 無数の対消滅の残光をばら撒き、それが回避を試みる禁忌の怪鳥フレスベルグ側面をかすめ飛んだ。

 その威力たるや――対ビーム兵装障壁を展開していると思しき怪鳥を、圧力と衝撃で傾かせる程の爆轟である。


「フレスベルグの対ビームフィールドが……!? やはり統一場粒子クインテシオンの全力開放は危惧すべきか! だが――」


「〈マーダープリンセス〉、システム近接対艦砲撃戦モードへ移行! 旗艦各員へ……——! 対ショック体勢を怠るな! 」


『『『イエス、マム!! 』』』


 だがその鮮烈なる爆轟をも受け流す所は、禁忌の聖剣キャリバーンに並ぶ古の禁忌。

 さらには——今まで旗艦管制制御を担っていた失われし少女ブリュンヒルデは、自身に宿る罪の意識から運用に終始していた。

 一方……復讐と革命の二文字に突き動かされる電脳姫ユミークルは、その性能に一切の制限などかけてはいない。


 それは漆黒ヒュビネットの采配。

 元来人ならざる者が管制制御を行って初めて真価を発揮する禁忌の怪鳥フレスベルグ

 そこへより効率的——例えそれが性能の限界を引き出せずとも充分な脅威になり得ると言う算段である。


 恐るべき漆黒の計算が、今……禁忌の聖剣キャリバーンへと獰猛な牙を剥いているという事実に他ならないのだ。


「フレスベルグ、近接射程に入ります! 指令っ! 」


「ハイデンベルグ少佐、取り舵! 右ロール角プラス20度より、対空曲射砲群を叩き込む! 機関最大、奴の真横をかすめ飛べっ!」


「取り舵、アイ! 曲射砲群展開準備を! 」


「了解です、少佐! 対空曲射砲群、目標をフレスベルグへ固定! 統一場粒子クインテシオン 対空曲射砲……斉射っっ!! 」


 が、その漆黒の策などハナから承知の旗艦指令月読は、飛ぶ指示を諜報部少佐ロイックへ——応える少佐も400mを超える巨艦を見事に操舵して見せる。

 合わせて、待ちかねた少年な少女勇也が卓越した火器管制制御を見せ付け……曲射対空砲群が禁忌の怪鳥フレスベルグを捉えた。


 無数の光塵を撒き襲う曲射砲群の弾雨。

 迎え撃つは邪竜の閃撃ニーズヘッグ

 互いの対光学粒子兵装防壁を揺るがしながら、さらに


 それはもはや艦隊砲撃戦のそれではない、巨艦同士の殴り合いである。

 無数の量子対消滅の火花を撒き散らしながら、禁忌の聖剣と怪鳥が入れ違う。


「ロールから旗艦上面を奴へ向け! 旋回機動はフレスベルグの方が上だ……よってこのまま旗艦サイズを活かしつつ、出力に任せて奴の上を取れっ!」


「直線の航行性能だけでは、このフレスベルグとは渡り合えないぞ……クロノセイバー! 〈マーダープリンセス〉っ! 奴に上を取らせるなっ!! 」


 その攻防はひとえに、今因果の戦いの渦中にある互いの主力へと旗艦主砲を向けさせない事に尽きる。



 主力たる機動兵装群と旗艦が揃って初めて、この艦隊戦が叶うのだから——



》》》》



 英雄クオン漆黒ヒュビネット

 勇者狂気の拳マサカー

 そして禁忌の聖剣と怪鳥が火花散らすこの小惑星アステロイド帯宙域の戦場で、不貞の部隊長メンフィスはすでに視界に捉えた増援部隊を確認し……野卑やひた笑みを浮かべていた。


「せいぜい互いで潰しあってくれよ?宇宙でのさばる者達よ。こちらは勝手にビジネスを遂行させてもらうからな。」


 初陣の部隊は半数を失うも、すでに到着を見た〈トランピア・エッジ〉の機動兵装——ディセクター・フレーム群は彼らにとっての虎の子であった。


 宇宙そらでの戦闘に於いては、確かに有能な機体の所有率で戦況が左右されるは事実。

 深淵の空間は人類が想像だに出来ぬほどの広大さを持つ。

 故に地球から上がった彼らは、無人機体を中心とした物量による戦力強化を推し進めていた。


 広大な空間上の人口密度など無に等しい。

 であればそんな所から搾り出されるパイロットがかなめの有人機体を少数保持するよりも、充分な量産体制が生む無人機体の物量こそが圧倒的な戦力となり得る。


 事実、火星宙域での戦闘で多く戦果を残すのは無人機体を多く保有する部隊。

 だからこそ、戦地に於いての無人機体投入は非人道的と非難されるのだが。


「量産性と汎用性に長けた我がディセクター・フレーム……。それら資源もこの宇宙……取り分け火星圏の資源を有効活用すれば——」


「〈トランピア・エッジ〉を有するトランピア星州が軍事的、政治的に世界をリードできる! 同じく宇宙に上がったの関与する星州よりも先にな!! 」


 不貞の機体内で嘲笑を浮かべた不貞の部隊長は、視線でモニターに映る増援部隊の指揮官と思しき者へと後詰めを指示。

 程なく〈トランピア・エッジ〉の増援となる第二、第三の部隊が戦場へと気炎を上げ突入した。



 それはあたかも地獄の底をひっくり返した様に……小惑星アステロイド帯宙域へさらなる混乱を引き起こしていた。



》》》》



 宙域は混乱を極めていました。

 クオンさんと私がΩオメガフレームとエクセルテグにて、ヒュビネット大尉の新型機を相手取る最中——いつき君と綾奈あやなさんが駆るΑアルファフレームを襲うのは見た事もない機体。

 それが現状のザガー・カルツに所属すると確信を持てるぐらい、ヒュビネット機との共通点を持つそれ。

 鉤爪の悪魔とも思える機体が猛威を奮っていたのです。


 そして現れた敵旗艦。

 〈トランピア・エッジ〉と称した有象無象の脅威など置き去りにするのは、アル・カンデへ恐るべき火線の一撃を放ったフレスベルグ——そこへ今しがた禁忌の封印の一部を解き放った私達の旗艦が突撃して行きます。


 それを尻目に私はΩオメガとヒュビネット機、Αアルファと鉤爪の悪魔……旗艦防衛に飛ぶΩオメガフォースと救急救命隊発進を待つΑアルファフォースの位置を確認します。

 無人機体の残存兵力とザガー・カルツの進撃との位置関係を割り出し……今最も必要な行動を洗い出していたのです。


「私はこのままクオンさんの支援として、ヒュビネット機を牽制——けど……! 」


 有り余る敵の物量が邪魔をし、その必要な物——現在早急な救助の必要な議員方のいる浮遊隔離区画までのが存在しないのを確認。

 それどころか、このまま救命艦の旗艦たる〈いかづち〉が出撃を見れば間違いなく無人機体の餌食となってしまう。


 奴らが中立たる救急救命隊を攻撃対象から外している保証なんて、どこにも存在していないから。


 そこまで思考した私の眼前へ、モニターに点滅するワーニング表示と共に事態悪化の要因が飛び込んだのです。


「……っ!? クオンさん! トランピア・エッジの無人機体群に増援が——それも先陣を上回る物量です!! 」


『こちらでも確認した! ……クソっ——このままでは、協力者のユーテリス諸共 救助者までもが戦火に巻き込まれるぞっ!? 』


 軽く見積もっても二個師団に相当する数の無人機体が、それを吐き出すフレーム搭載型の航宙巡洋艦に引き連れられる。

 見せ付けられた現実で、思考したくはなくとも刻まれます。


 それが戦場と——


 けれど今の私は、昔の私じゃない。

 何よりもその戦況の全てが見えているのです。

 そして……私が駆るΩオメガエクセルテグには、現状で備わっているんだ。


 恐怖などない――研ぎ澄まされた感覚が、突如として湧き上がります。

 先に宇宙そらの深淵を感じ取った様な……真空と言われた世界の真の姿——量子的な騒がしき時空が私の思考を支配します。


 刹那——

 Ωオメガエクセルテグに搭載されるも、現在封印状態であるシステムの解除コードを叩き込む私。

 迷っている暇なんてない。

 その決断が救える命の命運を左右する。

 まるで自分がクオンさんになった様に、それを決断したのでした。


「アサルトモード封印解除……! 半自立制御機構へ、パイロット生体擬似アルゴリズム入力! 無線量子誘導制御、システム構築——」


「半自立式機動兵装 アサルト・ガン・シップ……〈ヴァルキリー・ジャベリン〉起動っ!!」


 システム起動の最終認証は、当然メイン機体であるクオンさんの元へ。

 私の行動をモニター上で確認した彼が少し目を見開いた後、その双眸に宿した「今の君ならばやれる! 」との思いを受け取り——


Ωオメガエクセルテグ、これよりΩオメガフレーム本体の機関制御と並行して……!! 」



 己に今出来る全てを成すために……救うべき救助者の命運を乗せて——

 私は初めて私の意志で、Ωオメガの砲火を放つ覚悟を決めたのです。

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