聖者は蒼き呪いに絶望する

因果を揺るがす大激突

第159話 舞い上がる炎陽、それは深淵を穿つ正義



 眼前で踊る様に襲い来るそれは、人生でも恐らく史上最強。

 宇宙の闇そのものと豪語したのは虚言などでは無かった。

 違う——奴は矮小な人類の様に、姑息な言葉で人を欺く必要などないんだ。


 そう……この鉤爪の悪魔デスブリンガーを駆るマサカー・ボーエッグと言う男は、なんだ。


『ほっほー!イケてんじゃねぇか、ちっこいの! デスブリンガーの鉤爪を食らった奴は、一撃と持たずに絶命させて来た——』


『だがこんなに持ち堪える存在は、初めてだぜっ!? 』


「っく……!? 記憶が数万年とか言う時点でおかしいだろ! どうやらお前は、本当に宇宙そらの闇そのものって事らしいなっ! 」


 アーガスや……綾奈あやなさんを憎むユウハとか言う傭兵でも無かった——巨大なる圧力と対峙した様な錯覚。

 撃ち込まれる鉤爪の一撃一撃が、小惑星アステロイドの激突かと思える威力。

 防ぐよりも交わすので精一杯の状況だった。


 Αアルファフレームは確かにスーパーロボットと称されるカテゴライズのフレーム……アーガスの臥双がそうの様な扱いのはずだ。

 加えて、L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの技術の粋を集めて生まれた機体。

 だがこのマサカーが言う悪魔、デスブリンガーは本質が確実に異なっている。


いつき君、これは流石にデータなんて役に立たない! 確実に神代に産まれた古代兵器の産物——そこへ彼自身が憑依したって所ねっ! 』


「そうっすよね! 攻撃の全てから、俺も感じるっす! マサカーって奴を相手にしてるはずなのに、まるで……——」


 モニターに映る綾奈あやなさんも冷たい汗を浮かべつつ、眼前の正体不明な存在を推測のままに明言する。 


 そんな声へ己の意見を返した俺は、言葉を詰まらせ絶句した。

 だ。


 生命ではない存在、とてつもなくバカでかい……そして——真っ黒な質量の塊。

 イコールそれは、人類を超越した巨大なる漆黒の存在である事を意味する。


 ——深淵の超重力源ブラックホール——


「って、つまり——ざっけんな……!? そんなのアリかよっ!!? 」


 この深淵の宇宙に於いて、最も巨大な質量を誇る物がかの奈落の深淵ブラックホール

 恒星は時として連星をともなうけれど……その中にはブラックホールを引き連れる恒星も数多存在する。

 が——それは恒星が引き連れていると言うより、ブラックホールが張り付いていると言う解釈の方が相応しい。


 何より奈落の深淵ブラックホールは、張り付いた恒星が燃える元素——その全てのエネルギーを吸い尽くす存在であるから。


 対峙する深淵の悪魔の本質を悟るや、にわかに感じる違和感が俺の肌を泡立たせていた。

 宙空モニター端でも明らかな程に、Αアルファフレームの機関出力が先より不安定に揺らめき……綾奈あやなさんの管制制御を受けているにもかかわらず出力低下が顕著となっていたから。


『……いつき君! デスブリンガーとの接触時にエネルギーが浸蝕されているわっ! グリーリスの自己回復機能も上回って——』


「了解っす! なるほど…… デスブリンガーって訳かよ! こいつは想像を遥かに上回る強敵だなっ!! 」


 小惑星アステロイドが衝突した様な爪撃を寸で回避し続ける俺を、モニター越しで睨め付ける奴は……まるで新しいオモチャを手に入れた子供の様に双眸を煌めかせる。


 其処彼処そこかしこに狂える狂気をまぶしながら——


『ハッハーッ! どうだ、深淵の齎す恐怖の味は! 良いんだぜ!?それで! 闇の深淵を恐れるは生命の本質だ……それをはばかる事なんてねぇ! 』


『狂える闇の深淵に抱かれて……暗黒の渦の底へと堕ちて行けっっ!! 』


 マサカーが言う通り。

 俺の魂を襲っていたのは……恐怖。

 それも初めてΑアルファ宇宙そらに飛び出した時の様な……深淵に魂の全てを飲み込まれる恐怖それ

 視界の端ではあの綾奈あやなさんでさえも、モニター越しで分かるほどに駆られた恐怖で視線がうつろっていた。


 マサカーは人がそしりやあざけりで煽る様では無い……ただ宇宙そらの真理を突き付ける物言いに終始していた。

 だからこそ、そこに恐るべき狂気が顔を覗かせていたんだ。



 矮小な人類へ狂気と言う名の恐怖を叩き付ける……あらがう事叶わぬ大自然のことわりと言う最強の敵の姿が――



》》》》



 小惑星アステロイド帯宙域はまさに大戦の最中の如く砲火が飛び交う。

 彼方の星々がいろど宇宙そらの神秘さえ、ドス黒い情念が戦火と言う悲劇に塗り潰して行く。


 それを迎え撃つは救世の使者達。

 守りの盾と穿つ剣の名を冠する禁忌の聖剣キャリバーンに、炎陽の勇者蒼き英雄クオン

 そしてそれらを守り支える鋼鉄の機械兵装達が因果の渦で立ち回る。


 旗艦となる禁忌の聖剣キャリバーンに付かず離れず……しかし、かつてない脅威である鉤爪の悪魔デスブリンガーを相手取るは勇者。

 赤き炎陽の如きΑアルファフレームを駆りし紅円寺 斎こうえんじ いつきである。


 だが——


Αアルファフレームの機関出力が低下しています! 接敵中の大型格闘機体との接触が影響しているかと! 」


「……あのアーガスと共に現れた臥双がそうすら上回る、だと!? フレスベルグと言い、この黒き悪魔と言い……あの漆黒はどれ程の戦力を——っぐっ!? 」


「キャリバーンはこのままフレスベルグとの交戦へ突入しましょう、月読つくよみ指令! あの様な者は、紅円寺こうえんじ少尉とΑアルファでなければ相手にもなりません! 」


「ハイデンベルグ少佐……! そうだな、その通り——我らはこのまま一気にフレスベルグふところへと突き進む! 各員、近接対艦戦闘に備えよ! 」


 禁忌の聖剣キャリバーンブリッジで、炎陽の勇者Αフレーム機体に異常を感知しようとも……その要因たる存在を討てるは勇者以外にはあり得ない。

 諜報部少佐ロイックの言葉で決断し、双眸を前に向けた旗艦指令月読

 すでに主砲射程圏内に捉えた禁忌の怪鳥フレスベルグを睨め付け——


「そう何度も先手を取られるばかりではらちが開かん! 両舷対艦主砲、統一場粒子クインテシオンエネルギー充填……目標を航宙戦艦フレスベルグへ——」


「デュアル・クインテシオン・バスター……ぇーーーーっっ!! 」


 禁忌の聖剣キャリバーンが持ち得る禁断の砲火クインテシオン・バスターが、小惑星アステロイド帯宙域をまばゆく包む閃条で照らし出した。


 一方――

 宙域を走り抜けた閃条が爆轟を撒き、禁忌の怪鳥フレスベルグへと激突する様を尻目に……目に見えて機関出力低下が現れ始めた赤き霊機Αフレーム鉤爪の悪魔デスブリンガーに押され始めていた。


『ハッハーっ! どうした、宇宙の恐怖にもう怖気付いたか!? 赤いちっせえ奴よ! 』


いつき君、このままでは……奴にこれ以上浸蝕を許しては、Αアルファのグリーリスでも持たないわよっ!? 』


 重すぎる鉤爪の一撃一撃が、これまで一騎当千すら演じて来た赤き霊機Αフレームかすめて行く。

 だが攻撃はであるも……赤き霊機Αフレームの主動力機関である高次位相転移反応炉グリーリスの出力は低下の一途を辿っていた。


 機体からみるみるエネルギーを漏洩させて行く赤き霊機Αフレーム

 決死の体捌きで当たる炎陽の勇者

 それをモニター越しで視認した赤のサポート大尉綾奈が言葉を放つ。

 視界で深淵の恐怖に足掻き続ける……赤き勇者の魂に、炎を灯す猛き言葉を。


『今私達を襲っている恐怖はまさに、宇宙そら宇宙そらたる証なのかも知れない……。けど——どれほど強大な力で浸蝕しようとも、この炎陽の勇者を屠る事なんて出来ない! 』


『……あなたの拳は! それこそが君の力よ、いつき君っ! 』


「救い上げた……命。そうだ、俺は——」


 刹那——

 浸蝕を続けていた深淵の毒牙が何らかの力によって断ち切られる。

 鉤爪の悪魔デスブリンガーも突如巻き起こった膨大な霊量子イスタール・クオンタムの荒波に弾かれ後退した。


 しかし双眸はそれにさほど驚きなど宿してはいない。

 それを想定した様に……それこそを待ち侘びた様に彼は、吼えた。


『いいぜ、それだ。お前から感じるのはその力だ、ちっちゃいの……いや——赤き勇者っ! 』


 赤き霊機Αフレームを包むは生命の咆哮。

 それも搭乗者だけではない、数え切れぬ命の雄叫び。

 その背に背負い……救い上げた命の数に相当する願いと希望。


 すでにそれを悟る勇者はモニターへと叩き付ける。

 眼前の奈落の深淵ブラックホールの如き鉤爪の悪魔デスブリンガーへ……狂気の拳を振り上げし、マサカー・ボーエッグへ向けて。


 歴戦の勇者の如き、熱く激しく燃え上がるしたり顔を——叩き付けたのだ。


「ああ、その通り。綾奈あやなさんが言ってくれた通り……そしてあんたが——マサカーが言葉にした通り! 」


「俺の背にはゴマンと背負われているんだ! そう……アーデルハイド G-3は、人類の命を背負って燃え上がる恒星ライジングサンそのものだっっ!!」


 太陽系に生まれたもう一つの恒星がまた、この小惑星アステロイド帯宙域を照らし出す。

 赤く激しく燃え上がるそれは、奈落の深淵ブラックホールの咆哮に呼応し猛烈に爆熱した。



 そう——

 炎陽の勇者は……赤き霊機ライジングサンは、生きとし生けるものの命を糧に巨大なる恒星へと変貌を遂げたのだ。

 奈落の深淵ブラックホールさえも蒸発させる……巨大なる赤色超巨星の如く——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る