第158話 復讐と、革命と



 不貞の部隊トランピア・エッジ禁忌の聖剣キャリバーンに屠られる。

 その惨状を不貞の部隊長メンフィスが憎悪を宿した双眸で睨め付けていた。


 すでに評議会が存在した小惑星アステロイド帯の戦火は、準惑星セレス宙域すらも巻き込まんとする。

 物量に於いては未だ有利を形成するも……実質的な戦力の質では、もはや不利と言わざるを得ない不逞の部隊――成す統べなく禁忌の聖剣キャリバーン進軍を許してしまう。


「我らが誇るディセクターフレーム——それを僅かの時間で圧倒するとは。あの木星圏から来た平和ボケ部隊の、なんと目障りな事か。」


「これでは後詰めとして準備した、第二・第三陣まで戦力に加えなければならんではないか……。」


 不貞の部隊長が零すは不穏。

 が、漆黒ヒュビネットが齎す物とは違う種の脅威を匂わせた。

 それでも不貞の部隊長の思考には、吐露が口を突く。


 すでにその部隊長の視線に映るモニターには、現在小惑星アステロイド帯宙域で交戦状態であ不貞の部隊数を上回るそれが映り込む。

 それを見やる部隊長は次第に口元が吊り上がり、あたかも勝利を確信した様な愉悦に浸っていた。



 眼前で舞う禁忌と呼ばれた艦を有する二大勢力の……想像を絶する武力の高を知らぬままに——



》》》》



「トランピア・エッジの制宙圏を抜けます! 」


「了解だ! Ωオメガフォース、旗艦の後方を任せる! 」


『……旗艦護衛ならばお手の物、了解した! Ωオメガフォース……これより後方の守りに入る! 』


 不貞の部隊トランピア・エッジが展開する殺意なき武力の壁を、禁忌の聖剣キャリバーンが貫いて行く。

 宙域へ撒かれた、蒼き電子の残光がその存在をまざまざと見せ付けていた。


 旗艦指令月読の咆哮に合わせて不貞の部隊中央を強行突破した旗艦——その先で遭遇したのは、かつて禁忌の怪鳥フレスベルグ撤退戦の折にばら撒かれた邪竜の閃撃ニーズヘッグである。


「指令、フレスベルグより多数の変則軌道を描く光塵を確認! ニーズヘッグが——来ます! 」


「あの厄介な広域殲滅兵器か……! ミストルフィールドを艦全域へ展開! 同時に対空曲射砲群……斉射っ!! 」


 狙った獲物を千里の果てまで追い食らう邪竜の閃撃を、対空砲群で撃ち落としていく禁忌の聖剣キャリバーン

 ——と、突如 旗艦ブリッジ内大モニターをある影が占拠した。


『お前達からたもとを分かった時、私は宣言した。次に会う時は、私がお前達 クロノセイバーを撃ち抜くとっ! 』


『このフレスベルグはすでに、あの奪い取った所——ヒュビネット隊長より総監も任されている! 相手にとって不足はないだろう! 』


宇津原うづはら……いや、ユミークル・ファゾアット! 君はそうまでして、我らの前に立ちはだかるとっ!? 」


 それは言うに及ばず、現在禁忌の怪鳥フレスベルグ総監の座に就いた裏切りの電脳姫ユミークル

 かつて家族であった者同士がモニター越しで睨みあう。

 一方は憂いにまみれ……もう一方は双眸を復讐の念に染める。

 奇しくもそれが、禁忌を謳う二隻の失われた船ロスト・エイジ・シップが交わす砲火の合図となってしまう。


『せいぜい足掻いて見せるんだな……クロノセイバーっ!! 』


 会話などない。

 一方的なやり取りに終始し通信が断絶する。

 もはや救いし者達クロノセイバーは覚悟を決めざるをえなかった。


「シノはん……ほんまにウチらと……! 」


「全く……やりきれないったらないわ! 」


宇津原うづはら少尉。どうしてこんな——」


 ブリッジクルーの花達も一様に悲痛で眉根を歪ませた。

 無理からぬ事——だが、その中にあって状況を確と見定める視線もそこには存在する。


「詳しい事は、ブリッジ業務が新参な俺には分からないっすけど……今俺達の希望が前線で戦ってくれてるっす! 」


「……旗城きじょう准尉に賛成。敵対するなら、打ち倒して前に進まないと——救える命も無い。」


 離反事件の際は一メカニック。

 基本格納庫で缶詰めであった故、詳細は知らぬと新参准尉旗城が吼える。

 それに同調するは少年な少女勇也


 そんなやり取りを一瞥し言葉を放つは諜報部少佐ロイックである。


「すでに宇津原うづはらと呼ばれた者はここにはいない。いるのは——……ユミークルと言う敵だけ。一同、覚悟を決めよ。」


 非情であるも、選択肢の無い現実が……やがてブリッジを包んで行った。

 そして——


「ヴェシンカス軍曹! 全艦へ通達だ! これより我が艦 キャリバーンは、フレスベルグとの近接対艦戦闘に突入する! 」


「一般部門クルーへ、緊急戦闘対応を! 」


「りょ、了解です! ブリッジより全艦へ通達——これより本艦はフレスベルグとの対艦戦闘に入る! 一般部門クルーは至急、避難シェルターにて緊急戦闘対応へ移行せよ! 繰り返す——」


 禁忌の聖剣キャリバーン艦内へ通信が放たれるが速いか、禁忌の怪鳥フレスベルグが光学有視界で変容して行く。

 巡航形態と呼べるそれが翼を大きく屈曲させ、獲物を捕らえるため舞い降りた猛禽類を思わす形態へと変容した。


「隊長、これよりクロノセイバー旗艦 キャリバーンとの近接対艦戦闘へ移行します。」


……なるほどそれが、あの呪われた船の真の名か。そちらは任せる。こっちはこっちで面倒な事この上無い状況——』


『とくとお前が味わった屈辱を、かの救世の志士とやらへ叩き付けてやるがいい。』


「言わずもがなです。では……接敵します!」


 禁忌の聖剣に秘められた名を、最初から知る素振りの電脳姫ユミークル

 漆黒ヒュビネットの了承の元に己の……復讐に駆られた本性を曝け出す。


「バーチャルコズミックtuberチューバー、モード・リベリオン——〈マーダー・プリンセス〉……起動!」


『ワレ、破壊を呼ぶ。ワレ……死せる凶鳥。我は——〈マーダー・プリンセス〉。』


 禁忌の怪鳥フrスベルグ艦内で旗艦に直接接続された、上半身のみの機体が双眸に紫電をはしらせた。

 凶鳥機関室直下に位置するそれは、逃走を図った人ならざる少女ブリュンヒルデが放棄した制御を完全掌握。

 電脳姫が電脳姫たる証と言える偽りの電子姫バーチャル・Cチューバー支配下とした。


 先に祭典の地イクス・トリムへハッキングを敢行したそれとは異なる様相。

 アイドルを謳う3Dモデル映像から、物々しき機械服を纏う姿へと変化したそれ。

 薄いアメジストを思わせる長髪と見開く双眸に眼球すら配さぬ意匠が、コンピュータグラフィックで生み出された姿をさらに異様な物へと変貌させていた。


「艦内隊員へ告ぐ。これより私、ユミークル・ファゾアットの〈マーダー・プリンセス〉による旗艦全制御へ移行する。各員対ショック態勢と同時に、指示された最小の管制サポートを行使せよ。」


『了解しました、ユミークル嬢。こちらは最小限のサポートにて対応します。隊長の——』


『我らザガー・カルツの革命が起こす未来……託します。』


「……それは隊長へ託せ。私は責任など持てん。行くぞ……! 」



 復讐と革命を乗せた禁忌の怪鳥フレスベルグが獰猛なキバを剥く。

 程なく禁忌を冠する二隻の巨大質量が小惑星アステロイト帯宙域にて、逃れられぬ因果の激闘の砲火を放つ。

 と言う……古代戦争を思わせる悲劇の幕を切って落とす様に――



》》》》



 小惑星アステロイド帯での激闘が佳境を迎える中。

 漆黒ヒュビネットの放った策の一端が、その宙域から大きく離れた場所にまで届いていた。


 そこは小惑星アステロイド帯からさらに内縁と進んだ宙域。

 一隻の航宙高速艇を守る様に、銀嶺の女神が舞い踊る。

 それを屠らんとするは……仏門に於ける不動明王を彷彿させる巨大機動兵装である。


『これは漆黒よりの、指示。遺恨は無きに。』


「……っ!? この機動兵装は、霊装機神ストラズィール! 相変わらずの抜け目なさだね、かの漆黒はっ! 皇子殿下っ! 」


『うむ、こちらは案ずるな! どの道この襲撃はワシ等を狙ったものではない――お主をクロノセイバーの元へと向かわさぬための策……陽動じゃ! 』


 救いし者部隊クロノセイバーが有するフレーム隊の規格など軽々凌駕する巨大さは、銀嶺の女神フリーディアさえも

 だが——


「神格存在が齎した兵装だとしても……! こちらとて、相手が巨大だからと不利がチラつく存在ではない! フォーテュニア、サポートを頼むよっ!? 」


『イエス、マスター! フリーディア……対神格兵装システムへ移行! マスターカツシ、行って下さい! 』


「ありがとう! では、ウェアドール・フレイア フリーディア……輪舞ロンドっ!! 」


 その巨体を相手取る女神もまた、

 淑女たるその双眸に電子の輝きをはしらせると——体躯を遥かに上回る銀霊の騎兵槍オクスタン・ランスとラウンドシールドを身構えた。


 それを視界に捉えた巨人兵装炎魔

 コックピットらしきそこで、炎たる戦士不動が口角を上げた。


「ふっ……。良き気概。戦うに値する——」


「ではこちらも! 唸れ、鎧楼 炎魔がいろう えんま——はしれ、炎拳!!」


 巨人兵装炎魔が腕部を振りかざすや、手甲部後方より気焰が撒き散らされ——

 時空を切り裂く様に放たれた剛腕が銀嶺の女神フリーディアを強襲する。



 内縁宙域での巨大なる死闘もまた、因果を荒波の奔流の如くかき回す。

 狂い始めた時の歯車は……グルグルと、ただると――時を刻み続けていた。

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