第149話 大地の呪いは穿たれて



 Αアルファフレームの機体モニター越し。

 視界を占拠したのは想像だにしない悪意の奔流。

 それは今までの悪辣あくらつが、個人で振るう自己中心的な意志など比にならない大過。

 が、俺の心をえぐり取った。


 そこで俺は嫌という程に刻み付けられる。

 自身の育った世界が如何いかに平和で、それを守るためにどれほどの人達の努力と苦労が社会を支えるいしずえとなっていたのかを。


 それほどまでに眼前を脅かす者達は悪意に満ちていた。


いつき君、アシュリーと協力して奴らの中央を切り崩して!アシュリー、聞こえるわね!?カノエとエリュを引き連れ、いつき君の後方守りを固めなさい!』


『了解ですっ、お姉さまっ!おいバカいつき!しっかり奴らに正義の拳をぶっこんでやれよ!!』


「何で俺との会話だけ男に戻ってるんすか!?それに——」


『そ……じゃねえよ!?ゴホン——そっちじゃなくて、合同演習の時よ!殺すわよっ!?』


『あんた達、後で営巣にぶち込まれたいの?』


『「す……すみません(汗)。」』


『懲りないわね~~隊長も(汗)』


『あら~~本当、懲りないわね~~。ラブコメご馳走様~~。』


 そんな悪意を受けた俺とアシュリーさんは、定番のやり取りをブチかまして綾奈あやなさんに鬼の形相で締め上げられる。

 けど……分かってた。

 アシュリーさんだって、目の前の事態を信じたくはないって。

 彼女の目がそれを訴えていた。

 彼女がを出した時点で……その内心にある不安をまざまざと感じ取ってしまった。


 アシュリーさんは、一方的な暴力のままかの一族を滅ぼしてしまった。

 でも今俺達に襲撃を敢行した奴らは、彼女の様な行き詰まった結果ではない其処彼処へ私利私欲をまぶしたもの。

 命の尊厳すらも軽視した蛮行だった。


 先の敵部隊を纏めると思しき男の発言を皮切りに……連隊を組んだ機体が押し寄せる。

 あのヒュビネットが差し向けた曲者揃いの敵対者の様な圧力は無いけど——それを差し引いて余りある敵総数。

 さらには——月読つくよみ指令からの命で、コックピット周辺と動力炉を避けて攻撃しなければならない。


 つまりは戦場と言う命の削り合いをする場所で、私利私欲の塊を相手にその命すら考慮して戦わねばならないと言う事。

 アーガスの様な正々堂々を行く豪傑では無い、……だ。


 それでも——


紅円寺 斎こうえんじ いつき……Αアルファフレーム!敵陣営と接触します!」


 振り抜く拳の正義は揺るがない。

 機体性能からして、ザガーカルツのいずれにも遠く及ばぬそれらのメインカメラを中心に破壊して行く。

 それも三位一体の部隊構成——その中心である隊長機を優先にだ。


 俺が先陣を切り隊長機の目を塞げば後方で、合図する間も無く翡翠色の救世者セイバー・オブ・ジェイダイトが無力化して行く。


 すれ違いざまに三部隊を軽く無力化した彼女は、モニター越しでそれ見よがしのちょっと可愛いドヤ顔。

 俺の後方にはΑアルファフレームとの機体性能差を、腕と経験でカバーすると――

 そこへいつもの如くシンクロする二機の新型機が追従している。


 改めて実感する部隊戦の凄さ。

 信頼に足る仲間に背を守られるのが、こんなにも頼もしいのかと、ドヤ顔へ同じくドヤ顔を送っておこう。


 そして眼前を睨め付ければ未だ油断ならないほどの敵部隊総数。

 ただ……僅かな違和感を感じた俺は綾奈あやなさんへと感じたままを報告した。


綾奈あやなさん!敵部隊を攻撃した際、妙な違和感が……!隊長機は確かに人の悪意をこれでもかって感じたのに、追従する隊員機に人の気配らしきものが——」


『……規格も存在せぬ機体だと思ったら——そもそも非人道的な目的で生み出された無人の大量殺戮兵器なんて。そして——』


『私達はその実験台と言う訳ね。何て事……。』


 そこまで口にした俺は、綾奈あやなさんが眉根を寄せて絶句したのを確認した。

 その様で、彼女から行き場のない憤りを感じ取る。

 語られた言葉が指し示す意味――隊長機を除く機体全てが大量殺戮を目的に開発された無人機と言う事だった。


 一部の世界でも無人機を戦争へ投入するのは非人道的であると言われる。

 それはいくら平和な世界が常の俺みたいな学生だって、知識として備えていた。


 眼前の悪意ある部隊は——が突き付けられたんだ。


「ふざけんな……これが同じ人間のする事かよっ!!」


『……これは流石に虫酸むしずが走るわね。バカいつき——無人機なんてあなたの敵にもならないでしょ?隊長機は私達に任せて、片っ端から無人機を落として行きなさい!』


『ふふっ……久々にガチ切れの隊長が見れるわね。じゃあエリュ、私達も便乗するわよ?』


『あら~~便乗上等だわ~~。ポンコツ無人機の的なんてごめんだし~~。』


 真実に至った俺は爆発する憤怒に塗れ、そこへ珍しく同調したアシュリーさんが正義を成せとけしかけて来る。

 カノエ中尉とエリュトロン少尉からも、シンクロしつつモニター越しでウインクして来る姿が視界に映り——俺の背を守るΑアルファフォースの強力なバックアップが後押しする。


 三人の女性を目指す美人所へ首肯を返すと、返す双眸で悪意すら宿らぬ悲しき機体らを睨め付けた。


「命を奪うためだけにこの世界に生まれて、あんたらも悔しいだろう。待ってろよ……俺とこのアーデルハイド G-3がその悲しき因果へ終止符を打ってやる!」


 視線の先。

 物言わぬ哀れなる機械兵装はただ人間の欲に突き動かされる。

 命を奪うだけの殺戮兵器となって。


 Αアルファフレームと心を通わせ始めた俺は、コックピット内モニターのあらゆる場所から「あの哀れなる同胞達を救って欲しい」と切実な叫びを感じ取る。

 こいつだって、正義に使われて初めて存在意義を証明出来た。


 そんな鋼鉄の同胞の叫びが痛いほど伝わって来た俺は咆哮を上げる。

 ただの殺戮兵器とおとしめられた声無き魂を救うために。


紅円寺こうえんじよりサイガ少佐へ!この無人機と思しき機体は俺が対処します!機体の完全破壊の許可を請う!」


 隊長機以外が確実に無人機との確証を得た今、それを殲滅するために必要なのは佐官となったクオンさんの許可。

 現場指揮における最高位の彼の言葉があって初めて、俺はそれを部隊行動として実行出来るから。


『こちらでも確認した……君の言う通り、隊長機以外に生体反応を感知出来ないのはデータでも明白だ!いつき……無人機が哀れだ。完全破壊を以って弔ってやれ!』


 言うに及ばず——クオンさんもΩオメガフレームに機動兵装としては過ぎるほど、いたわりを乗せて運用している。

 だから今の俺が抱く想いは範疇の内だった。


 そして飛んだ指示の元、俺はΑアルファ・フレームに正義の意思を宿して無人機——ディセクターフレームと称されるそれへと気炎を上げ飛んだ。



》》》》



「何だよこりゃ、話が違うじゃねぇか!?奴らは木星圏外縁で平和と惰眠を貪ってるんじゃなかったのかよっ!?」


 〈トランピア・エッジ〉を纏めし者、地上の暴君メンフィスは己の搭乗するディセクターフレーム内で苛立ちを募らせる。


 彼としては、地上の戦火の届かぬ場所でのうのうと暮らす宇宙の富豪民——少なくともそう言った思考で宇宙人そらびとを捉えていた。

 それは火星圏……現在その宙域で一大勢力を誇る星州の姿を、よく知る故の穿った思考である。


 しかし男は知り得ない。

 木星圏——さらにはその外縁で居を構える種族にとっては、地球の地上に降り注ぐ災害を遥かに上回る規模の宇宙災害コズミック・ハザードと供にあるが常であると。

 その対応を一歩誤れば、いとも容易く種が社会諸共滅亡してしまうと言う現実と……史実に残るものでも千年以上戦い続けていた過酷を極める現実を——


 火星圏内縁より巻き上がった呪いが今、小惑星アステロイド帯外縁より木星圏へと蔓延して行く。

 、地上の愚物と相見えた救いし者部隊クロノセイバー

 その起きるべくして起きた惨状を、高見の見物として傍聴する者が嘲笑する。


「クロノセイバーとの接敵までは、こちらの目的の範疇だ。が……俺は。」


「なるほど——これが地上の浅ましき者共の呪いと言う訳か。」


 小惑星アステロイド帯。

 現在救いし者部隊クロノセイバー愚物の部隊トランピア・エッジが接敵する宙域。

 そこから大きく離れた岩礁宙域に潜む禁忌の怪鳥フレスベルグ——甲板にて部隊出撃を控える新型機体内で、嘲笑うは漆黒の嘲笑エイワス・ヒュビネット


 しかし彼が準備を進めるΓガンマフレームと称されるそれではない、急造の新型機ブラック・クリューガーが直立する。


「各員俺の合図を待ち出撃だ。それに加え——不動……策の達成率上昇のため、足止めは任せる。」


『……承知。真理に遣わされた女神。相手にとって不足なし。』


「ふっ……せいぜい楽しめ。」


 漆黒ヒュビネットの鋭き頭脳が地上の愚物さえ巻き込み因果を掻き回して行く。

 そんな終わり無き戦火の始まりを——

 観測者である者は人ならざる少女の内で……ただ嘆く様に見守っていた。

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