第147話 英雄と双光、繋がる一時
それは言うに及ばず、これより遭遇する恐れのある戦闘に向けたあらゆる最終調整。
「あの……少尉がこの様な場所までご足労とは!ここは私達にお任せ頂ければ——」
「いいんだって!皆いつも私達のために、美味しい料理を作ってくれてるんだから!
「で……ですが。」
その休息の中にあって、戦線で中核を担う
そんなすでに少佐としての威厳を放ち始めた英雄へ、ささやかな差し入れをと……
そして腕まくりしつつ食材を手に取る彼女を見かねたのは、本来その食堂で手腕を振るう給仕班——その班長である女性であった。
華やかで、個性極まりない隊員の多いこの
「あんまり手のかかる物じゃ返ってクオンさんの邪魔になるからね~~。とりあえずはサンドイッチとスクランブルエッグ辺りを……と。」
アワアワと成り行きを見守る給仕班班長。
後で纏めただけの赤毛にまん丸眼鏡と三角巾が様になる地味子……ぺティア・フォリア曹長は、宇宙管理栄養士の免許も持つ敏腕料理長でもあった。
「サンドのサラダとトマトを用意して……トマトはカットカットと——
「しょ……少尉!?」
「あははは……ずっと
そんな
手にした宇宙産トマトをカットするため包丁を握った双光の少女であったが——
まさかの包丁を入れた直後に赤い物を滴らせた。
慌てた栄養士曹長がすぐさま備え付けのカットバンを手に舞い戻る。
「これをどうぞ!気を付けて下さいね、少尉。前線で活躍するパイロットにこんな所で負傷されたら、食堂を受け持つ私も気が気でありません。」
「ごめんね、ぺティアさん。では改めて……トマトカットをしたらサンド用のパンを切り出して——っ
「ちょっ……少尉!!?……もしかして少尉、お料理した事——」
「いやっ!?あの……ね?した事があるにはあるんだけど——もっと小さい子供の頃、故郷にいた時分だったから……テヘッ☆」
「……マジですか、少尉……(汗)」
二度目の赤い物が滴る双光の少女。
栄養士曹長が発した問いにテヘペロを炸裂させた彼女は……直後、盛大に
まさかの事態で英雄への差し入れ算段の狂い始めた矢先、現在準備中の札を掲げているはずの入り口が排気圧を
「……って、そんな事があったのよ。あなたも翔子ちゃんには気を配ってあげなさいよ?」
「ハイ、大尉殿!同僚へのお気遣い感謝します!」
先のトライアングルの一つである、通信手の少女の話題で盛り上がる男の娘大尉と——避けられぬ当直で百合園お風呂タイムを見事にスルーしてしまった
「あらっ?なになに先客?……ジーナちゃんもこっそり冷蔵設備内部のスイーツつまみ食い?」
「なっ!?そんな事しませんよっ!と言いますか、アシュリーさん達はそのつもりだったんですか!?私はただ——」
「ただ……?」
食堂施設の、それも厨房側にいた双光の少女を見つけた男の娘大尉が声をかける。
微妙にあらぬ疑いをかけられた少女も弁明をと声を上げたのだが——
歩み寄った大尉の視線に作りかけのサンドイッチと……カットバンで痛ましさが顕となる少尉の手が映った。
そして視線をそれらから双光の少女へ移した男の大尉が真顔で沈黙。
直後……後に続く様に同じ状況を目撃してしまい、大きな失意と共に嘆息した真面目系軍曹へ同意を求める言葉を投げた。
「ミューダス軍曹?これはマジで、流石に頂けないと思う訳よ。想い人への愛がこんなにもご無体では……。」
「……ええ――私も今しがた大尉と同じ思考へと至りましたです、はい。」
「……あ、あの——アシュリーさんにトレーシーさん?これはですね——」
直後……双光の少女の弁明が放たれるよりも早く、男の娘大尉と真面目系軍曹が瞬く間に厨房へ侵入を試みると――
二人の乙女に鷲掴まれた少女は、まさかの地獄の花嫁修業と言う修練を課せられる事と相成ったのだ。
》》》》
私が厨房から解放されたのは数分前。
それまで小一時間あまりを、偶然食堂施設へ訪れたアシュリーさんとトレーシーさん指導により……お料理指南と言うまさかの修練の餌食となったのです。
「(ジーナちゃん!あなたはまず、包丁の使い方から勉強しなければいけないわね!)」
「(ほ……包丁からっ!?)」
包丁片手に腕組みして仁王立つアシュリーさんの、本来男性だという事など忘却するほどの女子力を見せつけられ——
「(私もね……あの現クオン少佐を支えられるのはあなたしか——そう思って身を引いた訳よ。それがこの体たらく——)」
「(これは本気で花嫁修業補佐も辞さない所だわ!)」
「(花嫁修業っ!?いやいや、なんで話を飛躍させてるんですか!?)」
すでに謎の敗北感を
ちょっと作業間の差し入れのはずが、とんだお手製料理を作らされてしまっての今になるのです。
「わ、私も少尉のお先を考えたならば……今を変えるために一肌脱ぐ所存です!」
挙句――アワアワしてたはずの料理長 ペティアさんにまで火が付いてしまう始末。
そんな非常事態?を乗り越えた私。
見た目からしてランクアップした焦がしサンドイッチと……インスタントで済ませるはずが下ごしらえからお手製となってしまった、仄かに湯気の立ち上るオニオンスープをトレーに乗せ——
クオンさんが詰める
て言うか……見えてますよ?お三方。
ペティアさんまで同行してるって何なんですか?
気配どころか丸見え状態で格納庫入り口扉から忍び見ているつもりの三人へ、盛大に嘆息を吐きながら……私の素敵な少佐殿を呼び出したいと思います。
「クオンさ~~ん、そろそろ軽い食事でもどうですか~~!?
今の私はこんな風に、自分の過去も自虐ネタに用いる余裕すら生まれた所。
すると外部通信で「ぷっ、くくくっ……」と確実にツボを直撃した様に響く笑い声。
程なく
『……ふぅ、分かったよジーナ。すぐに向かう。』
笑いの残る上ずった返事を確認した私は格納庫施設内休憩室へ向かい、機械製のベンチに腰掛けお手製軽食をトレーのままテーブルへと置きます。
視界にチラチラ映るお三方はスルーの方向で……。
「待たせたな……。所で入り口で隠れきれていない三人はいったい何だ?」
「あはは……それはスルーでいいと思いますよ?そんな事より、これ!私がクオンさんのために準備したので、ぜひ召し上がって下さい!」
程なく休憩室に顔を出したクオンさんにまで、隠れきれていないお三方の事で質問され……私は苦笑いのまま食事を促したのです。
その私を見たクオンさんが最初に手を取ったのは――
暖かな湯気が立ち上る食事ではなく……カットバンだらけの私の手でした。
「もっと君自身の身体も大切にしろよ?こんなにカットバンだらけで。けど——」
「この焦がしサンドイッチにオニオンスープはお手製だな?すでに漂う香りで、食欲がそそられる――遠慮なく頂くよ。わざわざありがとう……ジーナ。」
贈られた言葉は食事と、そして頑張った私の努力双方への感謝の想いでした。
らしくないほど紅潮したクオンさん。
彼でもこんなに照れるのかと嬉しくなった私は、褒めてもらった事へ精一杯の感謝を贈ったのです。
「はいっ!身体もちゃんと大事にします!ありがとうございます、クオンさん!」
気付けば私とクオンさんだけの甘い時間がゆっくりと流れ——
視界の端に満面の笑みでグイッ!と拳を握るアシュリーさんにトレーシーさん……そしてぺティアさんを尻目に、過酷な任務へと向かう前の素敵な時間を過ごしたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます