第147話 英雄と双光、繋がる一時



 赤き大尉綾奈通信手の少女ヴェシンカス……挙句は男の娘大尉アシュリーまで絡んだ結果、激しくこじれに拗れたダブルトライアングルが発覚しての後日。

 剣を模した旗艦コル・ブラントはすでに火星圏外縁を回る小惑星アステロイド帯まで二・三日の距離に到達していた。


 にわかにあわただしくなる旗艦内。

 それは言うに及ばず、これより遭遇する恐れのある戦闘に向けたあらゆる最終調整。

 旗艦指令月読より、最終確認を終えた部署から戦い前の貴重な休息を告げられていた。


「あの……少尉がこの様な場所までご足労とは!ここは私達にお任せ頂ければ——」


「いいんだって!皆いつも私達のために、美味しい料理を作ってくれてるんだから!こんを詰める私達にまで付き合う必要はないの!ちゃんとぺティアさんも休息時は休んでね!」


「で……ですが。」


 その休息の中にあって、戦線で中核を担う蒼き英雄クオンは二・三日の距離など安息にもならぬと蒼き霊機Ω・フレーム調整に勤しんでいた。

 そんなすでに少佐としての威厳を放ち始めた英雄へ、ささやかな差し入れをと……双光の少女ジーナが艦内食堂施設厨房へと訪れていたのだ。


 そして腕まくりしつつ食材を手に取る彼女を見かねたのは、本来その食堂で手腕を振るう給仕班——その班長である女性であった。

 華やかで、個性極まりない隊員の多いこの救いし者部隊クロノセイバーにあって……その容姿は地味を地で行く姿であった。


「あんまり手のかかる物じゃ返ってクオンさんの邪魔になるからね~~。とりあえずはサンドイッチとスクランブルエッグ辺りを……と。」


 アワアワと成り行きを見守る給仕班班長。

 後で纏めただけの赤毛にまん丸眼鏡と三角巾が様になる地味子……ぺティア・フォリア曹長は、宇宙管理栄養士の免許も持つ敏腕料理長でもあった。


「サンドのサラダとトマトを用意して……トマトはカットカットと——っ!?」


「しょ……少尉!?」


「あははは……ずっとΩオメガフレーム調整に没頭してたから腕が鈍ったかな……。」


 そんな栄養士曹長ペティアが見守る中。

 手にした宇宙産トマトをカットするため包丁を握った双光の少女であったが——

 まさかの


 慌てた栄養士曹長がすぐさま備え付けのカットバンを手に舞い戻る。


「これをどうぞ!気を付けて下さいね、少尉。前線で活躍するパイロットにこんな所で負傷されたら、食堂を受け持つ私も気が気でありません。」


「ごめんね、ぺティアさん。では改めて……トマトカットをしたらサンド用のパンを切り出して——っぅ!?」


「ちょっ……少尉!!?……もしかして少尉、お料理した事——」


「いやっ!?あの……ね?した事があるにはあるんだけど——もっと小さい子供の頃、故郷にいた時分だったから……テヘッ☆」


「……マジですか、少尉……(汗)」


 双光の少女。

 栄養士曹長が発した問いにテヘペロを炸裂させた彼女は……直後、盛大に項垂うなだれた。


 まさかの事態で英雄への差し入れ算段の狂い始めた矢先、現在準備中の札を排気圧をともない開かれ——


「……って、そんな事があったのよ。あなたも翔子ちゃんには気を配ってあげなさいよ?」


「ハイ、大尉殿!同僚へのお気遣い感謝します!」


 先のトライアングルの一つである、通信手の少女の話題で盛り上がる男の娘大尉と——避けられぬ当直で百合園お風呂タイムを見事にスルーしてしまった真面目系軍曹トレーシーであった。


「あらっ?なになに先客?……ジーナちゃんもこっそり?」


「なっ!?そんな事しませんよっ!と言いますか、アシュリーさん達はそのつもりだったんですか!?私はただ——」


「ただ……?」


 食堂施設の、それも厨房側にいた双光の少女を見つけた男の娘大尉が声をかける。

 微妙にあらぬ疑いをかけられた少女も弁明をと声を上げたのだが——

 歩み寄った大尉の視線に……映った。


 そして視線をそれらから双光の少女へ移した男の大尉が真顔で沈黙。

 直後……後に続く様に同じ状況を目撃してしまい、大きな失意と共に嘆息した真面目系軍曹へ同意を求める言葉を投げた。


「ミューダス軍曹?これはマジで、流石に頂けないと思う訳よ。……。」


「……ええ――私も今しがた大尉と同じ思考へと至りましたです、はい。」


「……あ、あの——アシュリーさんにトレーシーさん?これはですね——」


 直後……双光の少女の弁明が放たれるよりも早く、男の娘大尉と真面目系軍曹が瞬く間に厨房へ侵入を試みると――

 二人の乙女に鷲掴まれた少女は、まさかの地獄の花嫁修業と言う修練を課せられる事と相成ったのだ。



》》》》



 私が厨房から解放されたのは数分前。

 それまで小一時間あまりを、偶然食堂施設へ訪れたアシュリーさんとトレーシーさん指導により……お料理指南と言うまさかの修練の餌食となったのです。


「(ジーナちゃん!あなたはまず、使勉強しなければいけないわね!)」


「(ほ……包丁からっ!?)」


 包丁片手に腕組みして仁王立つアシュリーさんの、本来男性だという事など忘却するほどの女子力を見せつけられ——


「(私もね……あの現クオン少佐を支えられるのはあなたしか——そう思って身を引いた訳よ。それがこの体たらく——)」


「(これは本気で補佐も辞さない所だわ!)」


「(花嫁修業っ!?いやいや、なんで話を飛躍させてるんですか!?)」


 すでに謎の敗北感をあらわとするミューダスさんには、何を思ったか花嫁修業などと口走られ——

 のはずが、とんだお手製料理を作らされてしまっての今になるのです。


「わ、私も少尉のお先を考えたならば……今を変えるために一肌脱ぐ所存です!」


 挙句――アワアワしてたはずの料理長 ペティアさんにまで火が付いてしまう始末。


 そんな非常事態?を乗り越えた私。

 焦がしサンドイッチと……インスタントで済ませるはずが下ごしらえからお手製となってしまった、仄かに湯気の立ち上るオニオンスープをトレーに乗せ——

 クオンさんが詰めるΩオメガ・フレーム前に立ちます。


 て言うか……

 ペティアさんまで同行してるって何なんですか?


 気配どころか丸見え状態で格納庫入り口扉から忍び見ているつもりの三人へ、盛大に嘆息を吐きながら……私の素敵な少佐殿を呼び出したいと思います。


「クオンさ~~ん、そろそろ軽い食事でもどうですか~~!?こん詰め過ぎると私みたいになっちゃいますよ~~!」


 今の私はこんな風に、自分の過去も自虐ネタに用いる余裕すら生まれた所。

 すると外部通信で「ぷっ、くくくっ……」と確実にツボを直撃した様に響く笑い声。

 程なく一頻ひとしきり笑ったクオンさんが返答してくれます。


『……ふぅ、分かったよジーナ。すぐに向かう。』


 笑いの残る上ずった返事を確認した私は格納庫施設内休憩室へ向かい、機械製のベンチに腰掛けお手製軽食をトレーのままテーブルへと置きます。

 ……。


「待たせたな……。所でいったい何だ?」


「あはは……それはスルーでいいと思いますよ?そんな事より、これ!私がクオンさんのために準備したので、ぜひ召し上がって下さい!」


 程なく休憩室に顔を出したクオンさんにまで、隠れきれていないお三方の事で質問され……私は苦笑いのまま食事を促したのです。


 その私を見たクオンさんが最初に手を取ったのは――

 暖かな湯気が立ち上る食事ではなく……でした。


「もっと君自身の身体も大切にしろよ?こんなにカットバンだらけで。けど——」


「この焦がしサンドイッチにオニオンスープはお手製だな?すでに漂う香りで、食欲がそそられる――遠慮なく頂くよ。わざわざありがとう……ジーナ。」


 贈られた言葉は食事と、そして頑張った私の努力双方への感謝の想いでした。


 らしくないほど紅潮したクオンさん。

 彼でもこんなに照れるのかと嬉しくなった私は、褒めてもらった事へ精一杯の感謝を贈ったのです。


「はいっ!身体もちゃんと大事にします!ありがとうございます、クオンさん!」


 気付けば私とクオンさんだけの甘い時間がゆっくりと流れ——

 視界の端に満面の笑みでグイッ!と拳を握るアシュリーさんにトレーシーさん……そしてぺティアさんを尻目に、過酷な任務へと向かう前の素敵な時間を過ごしたのでした。

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