第146話 ダブルトライアングル・ラブコメディ



「——……んにゃ。もう食べられんて……。」


「あらあら。こんな状況でどんな夢を見てるのかしら、この子は(汗)」


 炎陽の勇者が居合わせ、さらにはすぐに異常を察した事もあり——感染症による身体への負担は軽度にすんだ通信手の少女ヴェシンカス

 医務室のベッドを染める真っ白な色味に包まれ寝息を立てていた。


「あの、大尉。彼女の具合は?」


「ふふっ……太陽よろしく——勇者様は本当に弱き者達の希望ね。大丈夫——」


「あなたの発見が早く、症状も軽くてすんだわ。むしろこれは、最近検査に来ないと思ってたこの子の自業自得。機械義手を装着する時には肩口へ負担がかかるから、必ず定期検査に来なさいと言ってたのに。」


「……そうっすか。よかった……。」


 そんな、あられもない姿で眠る少女の肩口からはすでに炎症もおおかた引き……発見者であった炎陽の勇者はベッド横で胸を撫で下ろしていた。

 勇者としても、己の母親が通信手の少女をはるかに上回る重度の身障者であるが故——今より昔に母親へ現れていた致命的な病状を幾度と目にしていた。


 それこそが影響し、少女の異変に素早く対応出来たのだ。


「……ん、ん……。ふぇ……??」


「……軍曹、それは新しいボケっすか(汗)??」ってくるのかと——」


「んん?ふにゃっ!?ななな、何でいつきはん——いや、紅円寺こうえんじ少尉がこないな所へ!?って……ここは医務室??」


「感謝なさい?ヴェシンカス軍曹。少尉があなたの異変に気付いてくれたお陰で、肩口の炎症悪化を早期に食い止められたの。心当たりあるでしょう?」


「ああ……ええと——すみません、ローナ大尉。」


 そんな炎陽の勇者の心遣いを知ってか知らずか……通信手の少女は寝ぼけ眼で己が状況を悟り——

 起きざまに妖艶な女医ローナのお小言で縮こまってしまう。


 それでも通信手の少女は、現在までの危機的状況の中で多忙を極めた事実を逃げ口上とし……せめてもの言い訳を言い放った。


 のだが——


「せ……せやけどウチかて、これまで第一種警戒態勢や戦闘時にえらい時間を取られたねんで!?ただでさえ人が足りんこの旗艦の関係業務が全部ウチに——」


「言い訳はダメっすよ、ヴェシンカス軍曹!」


「……っ、紅円寺こうえんじ——少尉?」


 少女としても過酷な任務を超えて来た身。

 それを少しでも理解して貰う——そんな心持のささやかな抵抗であった。

 そんな少女の態度に双眸を細め口を開かんとした妖艶な女医。

 だが彼女より先に声を荒げたのは、炎陽の勇者であった。


「お袋は言ってました!宇宙人そらびと社会の身障者は、遺伝子的に健常者より細菌なんかへの免疫が弱い傾向にあるんだと!けれどそれは本人や周囲の努力次第で、弱い部分を補う事も出来るって——」


「俺は何度もお袋が、宇宙空間生息型細菌の影響で生死の境を彷徨ってたのを知ってるっす。そんな中でお袋は、身障者の身体状況が健常者に分かり辛いからこそ……自身の健康管理は何より重きを置くって心がけてたっすよ?」


「……紅円寺こうえんじ……少尉。」


「ヴェシンカス軍曹。これは問答無用——いつき君が正論よ?さらに言えば、窮地であるからこそ。ならば——」


……分からないはずはないわね?」


「……あの——はい……。」


 まさに完全に抑え込まれた通信手の少女。

 しかし彼女は、そこに怒りや不満の心などは欠片も生まれてはいなかった。


 彼女の心に生まれていたのは——


「(紅円寺こうえんじ少尉って——いつきはんって……こんなにカッコよかったんかいな……。何や、こう——)」


 通信手の少女は勇者の言葉を、上官目線の叱責とは考えてはいない。

 当然である——彼の母親は宇宙人そらびと社会に於いても極めて重度の身障者。

 その例を挙げ……命を守るためにはどの様な行動を取るべきかを諭していたのだから。


 少女の心に生まれたのは、己の身を案じる勇者への淡い恋心であったのだ。



》》》》



「失礼しました、ローナ大尉。」


「今後はまず自分の身体に気をかけなさい、ヴェシンカス軍曹。いいわね?」


「肝に銘じます……。」


 ウチはその時、大尉の言葉すら上の空で聞いていたのを覚えています。

 すでに医務室の扉を潜った、せめてお礼をと足を速めたのですが——


「翔子~~!やっぱり症状が悪化してたじゃないの——よっ!」


「ふみゃっ!?つか、アカンて!炎症収まった言うたかて、まだ痛みはあるねんで!?グレーノンはん、やめてんか~~!」


 突如として襲う素敵な同僚の羽交い締めを受け、心配と安堵混じりの声が耳元で響きます。

 この旗艦への搭乗が決まる以前からのお友達であり、ちょっとお姉さんなテューリー・アサミヤ・グレーノン軍曹。

 ウチが身障者団体に所属していた時からの旧知の仲なのです。


「……ったく、心配させんじゃないわよ。はいこれ、あなたの義手。任務はともかく、あなたの身体が第一でしょう?」


 そこへ重なる声は、もう完全に女の子にしか見えない男の娘大尉のアシュリーさん。

 一緒にお風呂三昧を堪能するはずであった女性を目指す方々も、やれやれ感を全面に押し出して来ます。

 放置して来た私の一部である義手まで届けてくれました。


 何より——


「いいですか?ヴェシンカス軍曹。事この宇宙そらを行く旅路に於いて、身障者は常に己の体の状態を把握しておく必要があります。健常者がこう言った部隊所属に好ましいのはその点——」


「万一身体に異常が生じた場合のリスクは、身障者の方が高い——それを押しての団体からの出向です。」


「……はい。」


「と言うわけで、今後はローナ大尉からも釘を刺されたでしょうが自身の健康管理について——軍曹?聞いてますか?」


「うひゃいっ!?」


 ここぞとばかりに、身障者団体出向である神倶羅かぐら大尉のお言葉が見舞ったのです。


 ウチとしても団体出向の身である以上、大尉のお小言は真摯に受け止めてしかるべき。

 そのはずなのに……あろう事か、神倶羅かぐら大尉のありがた~いお言葉を上の空で聞き流してしまったのです。


 やってしまったと——大尉をチラ見すれば……それはもう

 疑いの余地なく、神倶羅かぐら大尉はウチのためを思って言葉を紡いでくれていたのに。


「も……申し訳ありません、大尉!ウチの——いえ、私の不肖が招いた事への忠告にもかかわらず……私とした事が——」


 ブルリと震える寒気を抑えながら、必死で上級尉官である彼女へと謝罪を述べるウチ。

 そんなウチを……何やら舐める様に見定めたのは——グレーノンさんでした。


 そして……自身でも全く気付いていなかった想いが他人の口から放たれ、ウチの聴覚を貫いたのです。


「……はは~~ん、読めたわよ?あんたさっき、医務室を出た紅円寺こうえんじ少尉ばかり見てたでしょう。それもその後を追うタイミングで私が襲来した——違う?」


「……え?……ええっ!?ちょう待ってやグレーノンはん!ウチは全然そんな、いつきはんの事やこれっぽっちも素敵や~~とか——」


「翔子ちゃん……ゲロしたわね?」


「あら~~ゲロったわね~~。」


「御二方、その言い方は下品だよ(汗)でもまあ……ボクの時の再来だね。」


「ふ、ふみゃ~~~~っっ!!?」


 そして、グレーノン軍曹の言葉を皮切りに畳み掛ける様なカノエ中尉にエリュトロン少尉。

 さらには勇也ちゃん――ロイックさんとの事例を仄めかす様に締め括られたられた事で、沸騰した私の思考がパニックを起こしてしまったのです。


 そんな中でウチは気付いていませんでした。

 少尉への好意が露呈した瞬間の


 激しく火花を散らし……その時からウチの人生を飲み込み始めていたのを——

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