第144話 心を満たすのは忘れられた子供達



 狂気面での親和性を見せる狂気人形ラヴェニカ発狂娘スーリー

 その一方で——


「これが隊長より提案のあった~~人類による禁忌の技術運用の~~要となるインターフェイスシステムです~~。ユーテリス~~?少し試してみませんか~~?」


 禁忌の怪鳥フレスベルグ機関部。

 薄い青の広がる動力炉最深部。

 身体を繋ぎ止める幾重の管なり電源コードなりも気に止めぬ、ゆるふわな声が響き渡る。

 人ならざる少女ブリュンヒルデ漆黒ヒュビネットより与えられた待機任務中も、禁忌の怪鳥を人が自在に操るための細工を施していた。


 機械の一部と化す少女の御髪——切り揃えられた薄いブルーのそれを撫で上げつつ、桃色の砲撃手ユーテリスは言葉を紡ぐ。

 優しさと憂いを多分に込めて。


「全く……ブリュンヒルデも任務とは言え大変ね。なんであんたにちゃんとした星霊姫ドールとしての運命が与えられなかったのよ。」


「そうすればあんただって、こんな兵器じみた扱いで使い潰される事もなかったろうに……。」


 砲撃手は聞く気はなくとも裏切り姫ユミークルが語る言葉を耳にしていた。

 それは救いし者部隊クロノセイバーにおいての星霊姫ドール達は例外なく、扱われ方が眼前の廃霊姫ロスト・ドールとは真逆——家族として……そして掛け替えのない命の一員として扱われていたと。


 桃色の砲撃手としては、人ならざる少女の余りにも歴然とした扱いに絶望すら覚えていた。


「それはお仕事なのです~~。致し方がありませんので~~。でも~~——」


「ユーテリスの御心使い……ブリュンヒルデはとても、暖かい気持ちに満たされているのですよ~~?」


 そんな砲撃手の心を感覚で察した人ならざる少女は、精一杯の笑みを機械の管に巻かれたままに贈っている。


 暖かで……それでいて相手を包みこむ前を向いた笑顔は——

 桃色の砲撃手が、今も心の枷として背負う親しき者達の惨状を思い浮かばせた。


「(デイチェ、アメリア、フィエタ、ヨン・サ……あの廃ソシャール 〈ピエトロ街〉の皆は元気かな……。)」


 ——廃ソシャール——

 それは宇宙人そらびと社会に於いて、未だ表沙汰にされぬ世界の闇。

 しかしそれは、かの地球の社会に準えた場合ありふれた文明社会の影である。


 統治者も管理者も全てを投げ出し……あるべき政治体制すら崩壊したそこ。

 〈宇宙のスラム〉の別名を持つ大地が廃ソシャールと呼ばれたのだ。



》》》》



 あの漆黒の隊長がアタシの前に現れる数ヶ月前。

 その頃はある場所で用心棒の様な事をやっていた。

 故郷——とはお世辞にも言い難いが、まともな政治経済が機能していないでも……間違いなくそこはアタシの故郷だった。


「ユー姐!今日もゴロツキをのしたんだってっ!?すげぇな!」


「あのあの……いつもこの〈ピエトロ街〉の護衛——感謝しますですっ!」


 いつもの会話。

 はしゃぎながら寄って来るアタシよりも年下の子供達。

 アタシをいつもユー姐と呼ぶのは、ヤンチャ盛りの少年フィエタ。

 オドオドしながらも芯はしっかりしたまとめ役は、一番年下のアメリア。


 廃ソシャールの中心地であり……最も荒廃が進んでいたそこは〈ピエトロ街〉。

 地球の歴史的建造物の名が当てられたそこは荒廃の中にあって文字どおり、その建造物が持つ信者の希望を集めると言う側面を与えられていた。


「ゴロツキって……あれはいつもの廃虚外縁区画住みな輩共だよ?けど、こっちにもまともな物資なんて無いに等しいのは分かってるくせ——」


「自分達より弱者からむしり取ろうって腹……そこだけ見れば言い得て妙か。」


「それでもユーがいるお陰で、私達はいつも幸せに暮らせているんですよ?感謝ぐらいさせなさいって。」


「デイチェも……感謝するぞ。」


 ウンザリ気味に嘆息しているアタシに声を掛けてきたのは、子供達の中では一番年上でアタシの幼馴染——地球は統一半島出身のヨン・サ。

 まとめ役をアメリアに譲るも、それを後ろから支える大人らしい少女だ。

 そのヨン・サの影で口下手ながらに感謝を送るのはデイチェ。

 少女に見えるが、その実は男の子と言う外観のみ美少女の彼。


 そんな彼女らは、この〈ピエトロ街〉の小さな聖堂で身寄りの無い子供達を世話している。

 詰まる所——アタシはそこで、稼ぎ無しの用心棒を受け持っていたんだ。


「さあさあ、ユーも皆も!ゴロツキ退治祝いに美味しいものを頂きましょう!」


「「「「はーいっ!」」」」


「……美味しい物、か。」


 まとめ役をアメリアに譲るもいざと言う時の号令はいつも通りのヨン・サ。

 食事の前には子供達も何をはばかること無く無邪気に従う。

 けどそんな中でアタシだけが言いようのない虚しさを覚えていた。


 子供達を集めた小さな聖堂そばにある食堂には、ヨン・サ達を含めて十数名ほどの孤児が集まっている。

 その皆の前に彼女お手製のスープと甘いクラッカーが並び……今日のご馳走である小さなパンケーキが一人一個ずつ並べられた。


「パパ……パンケーキっ!?こんな物を——ヨンお姉ちゃん、稼ぎは大丈夫なの!?」


「すげぇ!今日はパンケーキだって!やった、俺大好物なんだ!」


「はいはい、皆落ち着いて。稼ぎの事は気にせずしっかりと食べてねっ!じゃあ手を合わせて、いただきますの合唱よ!」


「「「は~~い!いただきま~~す!」」」


 ヨン・サの言葉で一斉に合唱した子供達が、真っ先にパンケーキへと手をつけ頬張っていた。


「ユーもちゃんと食べて下さいね!これは私の取って置きよっ!」


 その言葉に口まで出かかるも、皆の手前押し黙る。

 稼ぎも何も——ヨン・サが貯めていた、ソシャール渡航用の積み立てを崩し定時配給係と交渉したのを知っている私は心のそこから感謝していた。

 同時にそんなアタシ達の現状がいつまで続くか……いつまでゴロツキ相手の用心棒で日々を守れるかこそが心配の種だったんだ。


 そもそもこの政治経済が崩壊しているソシャール内で、まともな稼ぎ先など存在していないのはアタシもヨン・サも知っている。

 知っているからこその感謝と憂いだった。


 そんな憂いが違うベクトルで現実を突き付けて来たのは、その日からさほど時を置かない頃の事だった。


「ちょっと待って下さい!?まだこのソシャールには行き場の無い子供達が——」


「知った事か!元々このソシャールは火星圏政府の管理下にある区画だ!そこへ勝手に住み着いたガキ共など、何の権利があって我らが面倒を見なければならんっ!」


「この廃ソシャールは明日を持って破壊処分が決定した!このまま放置すれば火星圏の重力に引かれて地上へ落下する!現在火星は都市部を擁する一大国家——そこへの被害を想定し、猶予無しと判断されたのだ!」


「そん……な!?今さらになってソシャール所有権を振りかざすなんて……!」


 降って湧いた事態——叩き付けられたのは絶望的な宣告だった。

 アタシと同じく職もない状況でやり繰りしていたヨン・サ。

 そんな彼女と子供達との唯一の故郷が……火星圏政府役人の手で奪われようとしていた。


 守るべき者のために必死で抵抗するヨン・サだったけど、アタシはどこかでそんな日が来るのを悟っていたのかもしれない。

 だから……アタシは——


「ちょいと待ちな。権利云々はもうアタシらじゃどうしようもないんだろ?だったら足掻いてもしょうがないよ。」


「ユーっ!?あなたいったい何を——」


 アタシの言葉に反応したヨン・サが信じられぬ物を見る目で訴えて来たけど……きっとその時は、それしか案がないのは彼女も分かっていたはずだ。

 彼女を目で制したアタシは宣言する。

 もしかしたら、それが子供達との決別となる——そんな悲しみを乗せた面持ちで。


「よければアタシがあんた達の下で働いてやるよ。これでも用心棒で慣らした口……それなりの機動兵装も動かしてみせる。だから——」


「アタシの借金で構わないから、この廃ソシャールがせめて火星圏の衛星軌道静止が出来る程度の設備を用立ててくれなかい?」


「ユー……そんな……!?」


 愕然としたヨン・セが崩れ落ちる。

 そもそもソシャールに関連する設備を、一個人の資産でどうこう出来るほど甘くないのを知っていたから。

 稼ぎなど一文もない、スラム暮らしの用心棒程度ではもはや絶望的なほどに。


 言い換えればそれは、政府に一生奴隷の様にこき使われても文句の言えない宣言だったんだ。



》》》》



「どうかしましたか~~ユーテリス~~?とても悲しそうな顔をしていますよ~~?そんな顔を見せられたら、私まで悲しくなってしまいます~~。」


「あっ……その、ごめんよブリュンヒルデ。ちょっと過去を思いだしちまって。」


 ふと懐かしい子供達との思い出に憑かれたアタシは、事もあろうか今そばにいるブリュンヒルデを置き去りにしてしまった。

 思えばあの時から、アタシはヒュビネットの手駒に仕立てられていたのだろう——急な政府の襲来も奴が仕組んだ事だと考えれば納得も行く。


 そんな思考に揺れるアタシへブリュンヒルデが告げて来る。

 それは部隊が現在遂行中である任務の概要だった。


「それはそうと~~すでにあの地球からの部隊が、議長を始めとした方々を拉致したそうですね~~。私としてはこの様な策……あまり望むところではないのですけど~~――」


 ゆるふわは変わらず――

 けど、いつになく感情を込めて事を否定するブリュンヒルデが零す……拉致された議長閣下の下り。

 耳にしたアタシは、その時何かが心で大きく動いたのを感じていたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る