第143話 狂気が漆黒と出会った日
すでに接収された中央評議会ソシャールへ、捕虜となった議員らが集められる。
が——漆黒の策であるはずが、肝心の
〈トランピア・エッジ〉——
地球は欧米大陸に居を構える国家……しかしその
ある時期を境に二分したその国家は、一方は日本国を中心としたアジア圏との連携を密に取る世界平和を宣言した新体制米国であり――旧体制を貫くそこは狂信的な国家元首とその内縁のみで固められた鎖国国家である。
その外宇宙侵攻を企てる過激派とされるのが〈トランピア・エッジ〉であり、強攻策も持さない特殊軍事勢力であった。
「皆々様方ご静粛に。我らトランピア・エッジは何もあなた方を取って食おうと言うつもりはありません。しばし我らの行動にご協力頂ければと、ご参集頂いた訳です。ああ――」
「無様な騒ぎさえ起さぬ事を条件に、あなた方の最低限の生活は保障致します。最低限――はね。」
わざとらしい演技を交えて言葉を吐くのは組織の代表と思しき男性。
ブロンドを刈り込んだ風貌に堀の深い目元は、正しく地上は旧体制米国代表者。
傍目からすればテロリストと大差無きそれらは、あくまでその事実を否定していた。
すでに勢いを削がれた中央評議会の代表議員。
数十人が皆一様に己らの見通しの甘さを悔い
しかしその中にあって視線に鋭さが宿るのは、かの議長閣下 ハーネスン・カベラール。
事の経緯を
「(なるほどこれが、あの地上でも有名な強硬派――旧米体制の国家ではもはや手に負えぬ、暴走した地上の火種共と言う訳か。)」
反旗の意志はあれど今は同胞の命が懸ると沈黙を守る
己が知識にある地上の情報と眼前の無法者を照らし合わせ、その実情を探りにかかる。
現場叩き上げとの評価は伊達ではなく――危機的状況であろうと、彼の存在は一筋の希望となっていたのだ。
「この様な事をして、
「そうだ……今ならまだ間に合う。投降して
見通しは甘くとも、せめてと言葉によるやり取りで事を収めにかかる議員らではあったが——
浅はかな目論見は脆くも崩れ去る。
「そちらの言い分は意味をなさない。何故なら我らは、あくまであの漆黒が弄した策に便乗しているまで。分かるかな?諸君。これはビジネスの話だ。」
議員らの言葉には耳を貸さず、対する自分達の理想は大仰に語る。
取り囲む組織の兵らも自動小銃を突きつけたまま、不毛なやり取りに野卑た嘲笑を浮かべていた。
その中でビジネスと言う言葉の羅列を漏らした組織の頭目。
押し黙った議員らに変わり口を開いたのは——叩き上げ議長である。
「貴君らのビジネスとやらは一体何の流通を願っての物だね?是非お聞かせ願いたい所だ。」
揺るがぬ双眸が頭目の男を貫き……男も警戒を
「中々に油断ならないな。その辺の平和ボケした議員とは格が違う。ビジネスと言うのは我々が生み出した軍需産業の隠しダネ——」
「対火星圏抗争の切り札となる【ディセクター・フレーム・シリーズ】……それを売り込むためのデモンストレーションとだけ教えといてやろうか。」
漏れ出た情報は議長閣下をして耳にした事もない規格のフレーム俗称。
脅威こそ感じぬも、得体の知れなさを叩き上げ議長に刻むには十分であった。
「さて……茶番は終わりだ。その我らが商売道具でもある
それ以降口を
》》》》
フレスベルグはまたしても
待ちぼうけが常と化している。
そんな中でも私は至極幸せの渦中にあった。
「ハーミットの現状では後方支援が関の山。早く封印外殻を剥がしたい。でもまずは——」
それは言うに及ばず隊長の指示が私を突き動かすから。
思えばこんな幸福に出会えるとは、あの時の私では想像だにできなかった。
「クリューガー・Sの
思い出すだけでも魂の
地球から上がって来たテロリスト……その襲撃を受けたソシャールが地獄と化したあの日々。
辛うじて残る重力の中で死体を漁り、食料を漁り……自分が生きているのか死んでいるのかさえ曖昧だった——壮絶なる日々。
ある日訪れた漆黒の巨人から降り立った影に……私は先に齎された生き地獄の恐怖から牙を剥き、手にしていたナイフを突き立てた。
立てたはずだった——
「隊長……愛しきヒュビネット隊長。私はここにいます——もうお側を離れません。」
フレスベルグ艦内。
機体の管制制御を行うそこで、モニターをただ眺める私。
すでにあらかた受けた指示通りの機体調整終了を見た時、ふと目に止まったのは——小さなタグプレート。
それは私がナイフを突き立てた漆黒の青年から手渡された物だった。
「(お前は誰だ?……そうか——お前もあの地球から来た愚物共の、欲望の餌食になる所だったのだな。ならば——)」
「(ならば俺と来い。俺には手足となる手駒が必要だ。どの道死んでいたであろうお前ならばいくらでも使い道がある。)」
自分の手を犠牲にしてそのナイフを止めた青年は、このタグプレートを渡してそう言った。
そこに書かれた名を……私の新たな名として贈りつけながら。
「(お前はこれよりラヴェニカ・セイラーンと名乗れ。俺はこれより
タグプレートを指でなぞりながら懐かしき地獄を思い出す。
渡されたときに気付いていたけれど、明らかにそれは存在していた別の女性の物。
けれどそれを与えられた私は狂気と言う名の歓喜に打ち震えた。
私は生きるための力を手に入れた。
生きる権利を手に入れた。
この私を生き地獄へと叩き込んだ呪われた者達……蒼き地球の民に復讐する権利を——手に入れたんだ。
『——い!おい、ラヴェニカとやら!あたしの声聞こえてんのかっ!?キヒヒっ!』
「うるさい、お前。キャラが被る。」
『はあぁぁっ!?何だよそのキャラって!?つかあたしのクリューガーはもう出せんだろうな!』
「……本当にうるさい。」
隊長から整備Tでは手が足りぬからと、その手の技術を叩き込まれた私は新たな同志——明らかに狂気面で私と被る
あのユーテリスが最近ブリュンヒルデにベッタリで清々してた所の、新たなトラブル強襲だ。
それもあの砲撃女よりも無駄に絡んで来る。
もう一人の復讐女は、ブツブツ独り言ばかりで放って置けばいいから楽だけど。
「機体調整は終了した。けど勘違いするな……今は待機命令中。お前でもそれに従わねば、隊長に後ろから撃てと言われている。」
『わーってるよ、キヒヒヒッ!けどさ、その待機も
確かに
どういう訳かあの裏切り女と同様、それ程に嫌悪を覚える程でもないのを実感している。
一人でブツブツ言ってるユウハとやらは兎も角として、私とユミークル……そしてスーリーは隊長寄り。
対してあのユーテリスは——恐らくクロノセイバーの様な部隊の立ち位置に近いのだ。
だから隊長は私に艦内警戒任務を同時に指示して来た。
それは言うに及ばずあのユーテリスの動向監視だ。
彼女は隊長がアーガスを始末しようとした事で、この部隊に疑念を持ち始めている。
私達は隊長に心酔するか、依頼上で割り切った協力をするかの二択で動く。
掲げられた目標を同じにして。
故にその目標に目を背けるならば、後ろから撃たれる覚悟は当に出来ているんだ。
「ユーテリス……お前はきっと生者の希望を背負ってる。ならば地獄の死霊の様な私達とは相容れない。」
タグプレートを握りしめた私は独り言ちた。
今まで仲間として活動していた女が反旗を
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