第142話 思う所はそれぞれに
コル・ブラントがエウロパ宙域を離れてから一週間。
すでにガニメデ宙域を超えた三衛星外縁へと航路を取り、すでにカリスト宙域へ入ろうとしていた。
その速さたるや、最初にいろんな制限付きで
現在調整の進んでいる各
先の一騎打ち時の反応から、カリスト宙域が最も奴らの潜む危険を孕んでいたため暫くの間は昼夜問わず警戒任務に当たった俺達。
けれどその苦労も虚しく、敵勢力の反応皆無を確認した
そこでクオンさんの許可を得た俺は早速、久方ぶりとも言える艦内清掃に明け暮れるため〈鬼美化のナスティさん〉の元へと訪れていた。
いたんだけど——
「あの~~
「ああ、え~~と(汗)すんません、ナスティさん。これは詰まる所、先の一騎打ち後の失態に対する戒めの行動と受け取って貰えたら——」
「は……はぁ、そうですか。それにしても……私は今まで通りで本当に構わないのでしょうか。」
ナスティさんが困り果てた理由。
それは清掃に協力すると申し出た面々の顔ぶれこそが原因だった。
「伍長はいつも通り……
「そうですよ、いつも通りで!——むしろ今回は私達自身の心を戒めるための罰なんですから!」
「……右に同じね。
困惑の声に気にするなとの声を上げるのは、蒼き機体を駆る御二方。
クオンさんとジーナさんだ。
同調する
さらには——
「そうよ?……これは各々がそれぞれの意志で決めた事。ほんとに至らなかった事に悔やむしかない。だから清掃任務――基本に立ち返って精を出すのはいい戒めになるわ。」
「ジーナちゃんの件は兎も角としても……私ら折角隊長との新たな部隊行動と意気込んでたのにね~~。そこへあのシャーロット中尉負傷って言う、救急救命任務での痛いミスは堪えたわ。」
「あら~~そうよね~~。堪えたわよね~~。」
やれやれと両手をお手上げして自虐するのはアシュリーさん。
そして同じく先の救助活動時に遅れを取った事を悔やむ、すでに馴染むシンクロが溢れるカノエさんとエリュトロンさん。
挙句には——
「隊長……さすがに俺らまで掃除に参加するのはどうかと思うんですがねぇ。」
「ニキタブ中尉、それは慢心と言うものだ。ムーンベルク大尉らが
「その際生じた責を、彼女らだけに押し付けるは部隊の士気に関わる。これは言わば連帯責任だ。」
「まあ諦めろパボロ。隊長がこう言ってるのなら、俺達は従う以外にないさ。」
鉄火面な隊長を筆頭にやれやれ感が拭えぬは、ニキタブ中尉と
そう……ナスティさんの元に集った清掃志願者は、まさかの
すでに少佐の風格を表すクオンさんに、鉄仮面も見慣れ始めたバンハーロー大尉。
けど両名を前にするのはナスティさん――狼狽えるのは至極当然だ。
などと嫌な汗に濡れていた所へ、さらなる想定外の声が飛ぶ事となる。
「おう、皆揃い踏みだな!なれば我らも参戦せねばなるまい!なあクリシャ!」
「そうですね、皆様のお気持ちは理解に足ります。私とてその——
「いやシャーロットさんはまだ怪我が……(汗)おまけにこれパイロットが全員清掃に従事って、前代未聞っすよ。けど——」
極め付けは救いの女神たるシャーロット中尉とウォーロック少尉率いる救急救命隊参戦。
開いた口が塞がらないナスティさんとパイロット一同を見渡した俺は、何だかおかしさが込み上げてきた。
あのエイワス・ヒュビネットに感じたカリスマは、同じ部隊の仲間を偶像崇拝の様な危うさでまとめている感じがする。
しかし迎え撃つは、こんなにまで互いを信頼し合い……さらには己を律する事の叶う誇り高きパイロット達。
俺が正義の拳を振るわんとするその背が、信頼に足る鉄壁の守りに固められている事実が……おかしかったんだ。
そんな俺の視線に気付いたナスティさんが盛大にため息をつくと、直後——鬼美化と言われた双眸へきりりと立ち戻り……高らかに声を上げた。
「分かりました!皆さんが自身を戒める故の清掃参加と豪語するならば、私は容赦しません!しっかりと旗艦内清掃業務、
そしてあらぬ所に火が付いたナスティさん指導の元、パイロット全員による艦内清掃大会が始まったのであった。
》》》》
「大変なのだ!ローナ、リヒテンぐんそー!パイロットがみんな、オソージモードゼンカイなのだ!?」
「むっ……それは異な事だな。さては先の危機的事態に関連したもの、と言った所しょうか?大尉。」
「そうね、皆それぞれ思う所でもあったんでしょう。ささ、私達は私達でやる事があるわね?それを終わらせてしましましょうか。」
その清掃の手が医療区画まで及ぶや否や、医療任務に励む
さしもの少女も機体に搭乗し
マスコット伍長からすれば機動兵装のパイロットは憧れであり、旗艦で花形を務める主役である。
しかしそのほとんどが
が……そんな彼らが己への戒めとし、艦内清掃活動と言う手の届く場所で輝いている。
そんな姿はマスコット伍長にとって、救世の使者達が何の事はない……一番身近な家族であると言う現実を改めて実感する機会になっていた。
少女でさえ心持ちを同じ方へ向ける事が叶えば、到達するのも不可能ではない高みであると——そんな未来を
医療室の扉前で、清掃業務に精を出すパイロットへブンブンと手を振るマスコット伍長——
医療部門も防衛行動以来、何かと医療関連任務が度々襲い来る状況。
そもそも医療部門クルーがフル稼働する事態など望ましい事ではない。
そんな中で徐々に顕著になり始めた問題――それは有資格医療従事者の不足であった。
「ピチカ?これからはもう少し、医療に直接関わる現場への参加を許可します。今は学が追いついていない状況でしょうけど——」
「あなたは曲がりなりにも救急救命部隊へ所属する身……少しでも早く役立てる様励みなさい。いいわね?」
「はいっ、なのだ!実はいろいろイガクショルイ、チェックは目をおとーしずみなのだ!」
「ふふっ……チェックと目を通すは意味が被っているわね?それはどちらかでいいのよ?」
「はうっ!?ピチカはミジュクモノなのだ……。言葉もベンキョーベンキョーなのだ!感謝なのだ、ローナ!」
医療の未来であるマスコット伍長。
その愛くるしい頭を撫で上げながら、妖艶な女医は思考していた。
己が自分勝手なお節介で宇宙へと上げてしまった少女の未来を憂いて。
「(この子が医学やそれ以上の事を学び取るためには、あまりに年月が足りなさすぎる。けどすでに、因果の波はもうこの子——ピチカを飲み込みつつあるのね。)」
「(ならばその専科方向を医療従事に絞って教育しなければ、彼女が然るべき立場へ到達する前に悲しい因果は目の前に訪れてしまう。)」
それはほんのささやかな虫の知らせ。
しかし妖艶な女医の心を揺さぶるには十分過ぎる、小さな因果の漣。
大尉とて、
あまりある経験から、胸に生まれた僅かな違和感に気付いた彼女は――それを誰に告げるでもなく胸にしまい……医療室奥のデスク前でクルー達のカルテが投影されたモニターを見つめていた。
自分が救った明日なき身であった少女を、必ず守り抜いて見せるとの誓いを立てる様に。
例え己が命に代えても……母なる地球の希望である少女を守り抜いてみせると——
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