第141話 交わるは孤狼の魂と王の器
「各艦へ通達。これよりコル・ブラントは、火星圏外縁
「イエス、サー。旗艦、微速前進。」
だがその様相に大きな変化が生じていた。
それは言うに及ばず……旗艦が守りの盾としてだけではない――穿つ剣としての戦略兵装を備えた故の変貌である。
各種曲射砲台群は以前の状態より先鋭的になり、さらに増設で物々しさが顕著となる。
加えて兵装を格納するための小鑑艇が下部ブロック各区へ。
その中に
旗艦が有する艦艇母艦と称される全貌の一端が、戦鋭機の登場で如実の物となっていた。
そんな姿を楽園で待つ者達の視界へと映す旗艦。
だが、すでに戦闘艦として一定の技術制限を解除されたそれの航行速度は言うに及ばず……かつて技術の無断使用弁明のために臨時出撃した時の鈍重さを置き去りする。
みるみる加速する旗艦は、瞬く間に待つ者達の視界から遠ざかって行った。
「先生……
「〔あらあら……まだあの子の旅は始まったばかりですよ?もうその心配ですか?〕」
軍部施設から外部ソシャール格納庫展望施設で、友人を見送る
茶化す様な会長も、少年が何を以ってそれを零したのかを理解している。
理解しているからこそ――あえて茶化す様に言葉をかけたのだ。
今までは詳細を何も知らされないまま炎陽の勇者が
だから学生達は本質的な状況を知る所ではなかった。
しかし今は違う――その耳で確かと聞き、理解に至った事実を皆が共有している。
自分達が属する武術部の代表である少年は――いつ果てるとも知れぬ戦場へと発ったのだ。
そこに不安を抱かぬ友人などいるはずもない。
最も戦場から遠かった生徒らが……戦争と言う世界を実感した瞬間でもあった。
自称ライバル少年の言葉へ同調する友人らも言葉を
「〔今あなた方が想いを寄せてくれた事実は、あの子もしっかりと感じています。だから必ず帰って来ますよ。何せあの子は——〕」
「〔あなた方……そして
その言葉の羅列は武術部員の心へと染み渡り、自然と少年少女の面持ちへ安堵を呼んだ。
そして——
暁の希望達が
そんな待つ側の想いをその背へ一身に受けた旗艦は……禁忌の輝きを宿して木星圏はエウロパ宙域を後にしたのだった。
》》》》
モニターに奴らの船が出航したのを確認した俺は、現在皇王国の栄えある代表殿——
の、名目ではあるが――実際この船は皇王族所有の高速艦。
誂えられたシートは、捕虜となるはずの元敵対者を乗せるには余りにも豪勢な感を醸し出している。
そこへ俺は何の拘束もなく、違和感無しに座していた。
自分の思考に「どうしてこうなった(汗)?」との疑問符をチラつかせたままで。
だが正直、緊張と言うか……今までに無い気まずさが俺を包んでいたのも事実だ。
「何じゃ、お主……堅いのぅ。そんなではワシもシバめに命じて頰っぺたムニムニの刑を執行せざるを——」
「いやいや(汗)といいますか皇子殿下……その頰っぺたムニムニとは一体何の事でしょうか?」
こいつの言う通り——気まずさが身の硬直を生んでいたのは自覚があった。
さらにはまず使う事も無い敬語には今にも舌を噛みそうな実情があり、受け答えの一つ一つが苦痛でもあった。
「皇子殿下~~?アーガス様は緊張しておられますです~~。加えて、慣れぬ敬語にシドロモドロ……シバは~~ムニムニ敢行いつでもOKバッチリグーなのです~~。」
挙句は人形……いや、あのブリュンヒルデの様な人間らしさを振り撒くシバとやらにまで見抜かれ——
にやけながらその手をワキワキさせた彼女に圧倒されたまま、思わず二の句をまんまと失ってしまった。
その俺を見やった皇子殿下。
何か全てお見通しと言わんばかりの視線が、出会った時から口元を覆う扇子の下で俺を見定める。
と——唐突にその扇子を閉じたと思ったら……今までに感じたことの無い気迫を静かに送り付けてきた。
唐突で理解に時間を要したが……どうやら扇子を畳んだ状態の皇子殿下は、冗談や言い訳の通じない本質を晒していると判断した。
「時にアーガスよ。お主は確か師の元へと赴くと申しておったが……その後の事は計画しておるのかの?」
「その……後。」
まるで俺の行動を見透かした様な言葉が飛び……素直に驚愕した。
あの
それは威圧と言う感じでは無い——無いが、真摯さを如実に感じた俺は本心を語った。
それほどの視線を受けた今は、俺も無用に己の心を偽る事など出来なかったんだ。
「……その後の事は正直、俺自身も考えてはいなかった。ただ——」
「ただ……何じゃ?」
「ただあいつと……
と零した俺を、くつくつほくそ笑みながら一瞥する皇子殿下。
確かに真摯さは感じるが……ヒュビネットのヤロウとは違う得体の知れなさに、冷や汗を滴らせる俺がいた。
俺自身も予想だにしなかった言葉の羅列を含ませて。
「ならばお主……ケジメを付けた後で構わぬ。それ以降はワシの指示で動いては見ぬか?どの道我が部隊では意味を成さぬが——」
「元敵対者のレッテルそのままに放り出してしまっては、特に火星圏――混乱の渦中でお主の身に危機的状況を生みかねん。故の合理的判断じゃ。」
「……っ!?そ……そりゃ俺に密偵の
「あー何……それはお主の性格上得意ではなかろう。むしろワシが買ったお主の真価は、あの正義の使徒とも言うべき紅円寺の倅と渡り合った義の心じゃ。」
予想外も予想外。
まさかの殿下の下に付き命を
さらに続ける皇子の言葉は、もはや俺が断る余地の無い内容をふんだんに散りばめて俺の聴覚へと突き刺さって来た。
「今火星圏は一触即発……ワシらの情報網と、今共にあるクラウンナイツのカツシが得た情報であらかたを確認した所。とてもではないが、その状況下である事を成すには人手が足りぬのが現状じゃ。即ち——」
「情報収集の
「お……俺が、避難民の——護衛っ……。」
脳髄が——魂までもがその言葉に揺さぶられた。
それは俺が
それを口にした殿下の存在は、すでに俺の思考から忌々しきヒュビネットという影を消し飛ばすには十分だった。
俺のために用意されたその千載一遇の好機。
否定する要素など欠片も無い俺は……問答無用の返答を皇子殿下へと解き放っていた。
「やる!……いや、俺にやらせてくれ!
その手駒と言い放った俺の額に……閉じた扇子がペチン!と打ち付けられ——
「愚か者。ワシはお主を手駒の様に扱うとは一言も言っておらぬわ。お主が力無き民の為に尽力すると誓った時点で……お主はすでにワシらの同志であり家族――」
「それは
あろう事か……敵対者であった俺はすでに、殿下の同志まで昇格してしまっていたのだ。
殿下がしたり顔を浮かべた先に、あの
敬礼と共に、その身の全てをラムー皇王国皇子……
そんな決意の最中合流したクラウンナイツ殿の巨大なる女神と共に、俺は殿下に仕えると言う使命を新たな目的に据え火星圏へ向かう。
かつて俺へ苦渋の決断として破門を言い渡した恩師。
フォックス・バーゼラ・アンヘルムが今もいるであろう……我が故郷 火星圏小規模ソシャール、【オリン・ペイア=ダイモス】を目指して——
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