第137話 始まりの絆、拳の誓い
今後に向けた部隊運用方針も決まり、あのヒュビネット対策として……オレは部隊最前線での指揮権を委譲された。
事が事だけにあらかたを想定はいていたが――階級の上昇は責務の重さ上昇と同義。
つまりはこれからオレの下す指揮は、己所か部隊全体の命運を左右する事になったのだ。
その点は兎も角――
そこへ――
「フフッ、クオンは見事な大出世おすな。」
「……それを喜べる立場ではありませんよ?
オレの冗談交じりな言葉でクスクス笑いを零すは、他ならならぬ
てっきり大会議室へ来ると思っていたら姿が見えず――そして今、彼女の顔を見た瞬間理解に足る事になる。
赤く晴らした目蓋にまだ残る目尻の雫は、彼女の直前までの状況が手に取る様に分かった。
つまりは――8年も待ち続けた思い人との再会が生んだ、彼女の忍耐の証であったから。
「お疲れ様です、
「ジーナっ!ちょっと先に行っててくれ!オレは
「えっ!?なんでいきなり!?……はぁ、分かりました。新型兵装の調整は私だけでは無理ですからね、クオンさん!手早くお願いしますね!」
そんなオレの空気を読みつつの対応をぶっ壊しかけたのは、まさかのジーナ。
精神面の回復を見たは良いが、勢いで空気を壊すほどの元気には焦りを覚え――
慌てて彼女へ先に行く様急かせば、少し膨れっ面の彼女がオレの視界で
今なら分かる。
これは妬かせてしまったかな?
そのやり取りを見た
そして――
「なんやウチの大切な人が戻った思うたら、クオンにも春が訪れてるやなんて……この世の中まだまだ捨てたもんやありまへんな~~。」
「……やはりバレましたか。まあそういう事なんですがね(汗)けど、ジーナはあなたの事情を知らない上——オレに似て己の事以外には
「ですから彼女の代わりに——すみません。」
目尻を濡らした要因をオレが問うより先に零した
それは彼女なりの意地の張り方であると察したオレは、追求する事もないと己の自虐で濁しつつ……謝罪だけは送って置く事にした。
そしたらお返しとばかりにオレの自虐へ突っ込む様な——けれどそこに祝いを込めた言葉が投げられる。
「クオンに似たって……それはあんじょう仲のよろしい事おすなぁ。せやけどウチは嬉しおす。ウチは
「その事でクオンを傷付けたら思て……。でも——もうそないな心配は、必要あらしまへんな。」
安堵からの柔らかな笑みが零れた
そこへ申し合わせた様に現れたのは——俺達と淡い三角を描いていた本人、
「非常事態だから控えたけれど……なるほど、あのクオンがボクを放置する勢いで彼女に付き添った理由が理解できたよ。」
「何だ?再開の喜びも冷めやらぬ内に、オレをディスりに来たのか
「はは……。クオンこそ飛ぶ鳥を落とす勢いで、気が付けば少佐への昇進——8年と言う年月はやはり人を変えるには十分だったみたいだ。」
互いを讃えるのか
双方の手を取り間に立つのは、女神の如き笑みを湛える
そのまま俺達へと昔を懐かしむ様な言葉を贈ってくれる。
8年前のあの日を思い浮かべながら——
「それでも変わらんものもありますえ?ウチにとってはクオンも
「二人とも——ウチのそばに戻って来てくれて、ほんまにおおきに。」
その笑顔を頂いたオレ達は、もはや無用な言葉のやり取りなど不要だった。
俺達は互いの想いを伝え合い……やっと8年前のあの日を取り戻したんだ。
》》》》
数々の偉業はクオンさんを少佐へと昇進させた。
俺がアーガスとの一騎打ちに望んだ直後、襲ったヒュビネット大尉の罠で窮地に
それがジーナさんの過去が原因と言うのは、先の聴取で発覚した事だけど……
何より彼女の過去は、今まで部隊で聞いた話よりも根本的な所が極めて深刻な内容だったからだ。
俺達
そんな考えさせられる質議を終えた俺は、クオンさんが新型兵装の調整に向かうのを尻目に別行動を取っていた。
その別行動の理由とは——
「まだ本調子じゃないのに、大丈夫なのか?アーガス。」
「何だ?わざわざ俺の見送りって奴か、
敵対者として幾度と襲撃を掛けてきた戦狼。
監視付きで火星圏方面へと移送される事となったアーガスの元だ。
と言っても、彼を拘束する様な要請は一切受けてはおらず……あくまで要人を送り届ける形の移送形態だった。
アル・カンデの軍管轄宇宙港へ向かう大通路で、アーガス移送を買って出てくれたのは——何とまさかの
すぐにあのエル・クラウンナイツのミドーさんが合流するとの事で、何かあってもそこは問題ないと言えばないんだけど……。
「ああ、格闘少年よ……案ずるでない。このワシが責任を持ってこ奴を火星圏まで送り届ける故な!なに——ワシもちとあの方面へ重要な件確認の用が出来た所じゃて。」
「えっと……すみません、皇子殿下。アーガスの事、よろしくお願いします。」
案ずる事はないと言う殿下——いやむしろあなたの方が心配なんですが?と喉まで出かかるも……隣り合うドールの少女 シバが「それは言わない約束なのです~~。」的な視線を送ってきたので。そこはスルーの方向で収めた。
そんなこんなで今まさに移送を待つアーガス。
すでに傷口が見た目以上に完治するも……余り無茶はできないはずの——拳を交えたライバルを見やる。
それに気付いた彼も俺をしたり顔で見返し……己の今後を口にした。
「俺はお前との一騎打ちで完膚なきまでに敗北した。だからだろう……そのお陰で
「……ああ。」
多くを語らず相槌のみを返し——彼が言わんとしている言葉を待つ。
「俺はこのまま火星圏の故郷……自身が捨ててしまった一族と——俺を破門した師匠の元へと向かうつもりだ。」
「師匠……そうか。」
「そう……師匠だ。俺の事を何より考えてくれていたはずの——その恩を仇で返してしまった人の元へ行く。ケジメ……ってやつだ。」
「……そう——か。」
そして、一つだけライバルへと言葉を紡ぐ。
いつか相まみえる事を願う様に。
「なあアーガス。俺はあんたの人生を救う事は出来た……かな?」
発した言葉へ猛き戦狼が——拳を交えた、ライバルとなった男が少しその双眸を見開き……そのまましたり顔にて返答をくれる。
拳を突き出し——そこへ誓いを乗せる様に。
「
「お前から挑まれた一騎打ちに、俺が挑むその時まで……。」
「アーガス……。分かった、誓うよ——この拳に懸けて。アーガスと再びこの拳を交えるその時まで、俺は絶対死なない。」
アーガスの突き出した拳へ合わせた俺の拳に……ありったけの意思と誓いを乗せ——
火星圏へと長き旅路を行くライバルを見送った。
いつもの開いた扇子の奥にある、期待を込めた皇子殿下の視線を一身に受けながら。
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