第133話 繋がる想い


 水の衛星エウロパ外縁 小惑星宙域からの帰還に当たり、俺達は交代にて臨時旗艦〈いかづち〉護衛を担う。

 短い道中であるも先の今——ヒュビネットが撤退したのを確認するも、油断はできない現状があったからだ。


 そんな中……意気込むアシュリーさん達に〈いかづち〉を任せた俺は、アーガスが治療を受ける病室を後にしに向かっていた。

 綾奈あやなさんから、ジーナさんにはクオンさんが付いていると聞いたけれど——「あちらは二人にしてあげなさいな。」と言われ……釈然としない頭をひねりつつこちらへ足を向けた次第だ。


 けど——

 すでに個室へ戻ったと聞いたもう一人に会う前に、艦内メイン通路で想定外の人物に


紅円寺こうえんじ少尉……先の判断――そこに至った経緯をお聞かせ願えますか?」


「えっ……先の判断って言うと——」


 立ち塞がるは他でもないウォーロック少尉。

 けれどこちらを讃える方向ではない……鋭き視線で俺を睨め付けている。

 彼女が怒り冷めやらぬまま問うて来たのは、俺が国際救助法に基づくアーガス救助を行った際の事だ。

 後で発覚したシャーロット中尉のケガによる機体の遅れを待たず——宙域離脱を図った事と……思考するまでも無く理解していた。


 俺としては苦渋の決断。

 確かにモニター端に〈いかづち〉が接近するのは確認出来た——出来たけどそれは結果論。

 あの時……優先すべき物を優先し、中尉を置き去りする行動を取っていた。


 その行動へ——中尉を何よりも敬愛する彼女の妹……ウォーロック少尉がいきどおりを覚えるのは致し方無き事でもあった。


 自身としては取るべき最善であり……しかしそれを胸を張って宣言するべきか躊躇ちゅうちょした俺が、返答を放つより早く——

 憤りそれが頂点に達した少尉の平手が宙を舞った。


 が——


「止めんか、バカ者っ!」


 飛ぶ叱責。

 その声を聞くや平手が俺の頬手前で停止し……睨め付ける表情そのまま、ウォーロック少尉はきびすを返すと目の前から立ち去った。


「……すまんな、少尉。妹が行き過ぎをやらかした。後でしっかり灸をすえておく故、容赦してくれ。」


「行き過ぎなんてそんな!?彼女の——ウォーロック少尉の怒りはもっともです。けど俺は最善の選択をしたと言わせて貰います、シャーロットさん。」


 そう——ウォーロック少尉を叱責したのは、その姉であるシャーロット中尉だった。

 俺にとって……そして救急救命に於いては恐らく最善である行動も、ウォーロック少尉からすれば姉を見殺しにし兼ねない行動だ。

 それを責めることなんて、決断を下した立場の俺には出来る訳がなかった。


 感じた事もないやり場のなき心境を察した中尉が、俺をいたわる様に言葉を掛けてくれる。

 救いの英雄と言う字名あざなを手にするまでに、——


「少尉……よくあの時最善の決断をしてくれた。少尉の決断が遅ければ最悪、我がセイバー・ハンズ全員の命すらも危うかった所だ。当然——」


「このいかづちが間に合った事などであり、宇宙そらとはそういう場所であり——私がこれまで数え切れぬほどに見て来た現実だ。」


 眉根を寄せ、彼女は過去を思い返している。

 きっとそこには……積もり積もった後悔がよぎっているだろう。

 過去を語られるまでもなく、彼女の双眸にそれは映り込んでいた。


 そこまで言い終えた中尉が、軽く握った俺へと突き出し——


「これは少尉への礼と手向けだ。救急救命任務に当たる上で、その決断する意思だけは失うな。それと——」


「あの傷付いた戦狼をよくぞ守り抜いた。それこそが、弱者の盾となるべき者の第一歩だ!」


 悲痛宿す表情から一転……いつもの中尉が宿すしたり顔が戻る。

 同時に彼女が贈ってくれた言葉をしかと胸に刻んだ俺は、彼女の拳へ合わせる様に拳を突き出した。


「肝に銘じます!シャーロット中尉!」


 送られたエールを受けた俺は、程なく〈いかづち〉艦内へ戻ったアシュリーさんに何やら理不尽な悪態をつかれながらも……警戒任務シフト交代のため綾奈あやなさんへの連絡後Αアルファ・フレームで宇宙そらに出た。



》》》》



 真っ白な病室の、照明に照らされ清潔さが覗えるベッド。

 そこにある白いシーツに抱かれて、これまで共にΩオメガと歩んだパートナーが静かに寝息を立てている。


 先ほどの、狂気と絶望に蝕まれていたのが嘘の様な安らかな寝顔。

 オレはそれを見るために病室へ訪れていた。


「色々あり初めましてになりますが……私はマスター・カツシに付き従う者——星霊姫ドール フォーテュニア・ケルヴンテインと申します。あ、それとじきこの方の意識は——」


「……ん、ふぁぁぁ——アレ?ここは?」


 Ωオメガが〈いかづち〉に横付けするまでジーナを包んでいてくれた彼女。

 オレが想定した通り、監督官に殿下の付き人であるシバやワンビアを思わせる姿だった少女——勝志かつしの機体に残していた肉体を構成するそれへ量子情報体を戻して後も、ジーナの精神面治癒のためにと残ってくれていた。


 その彼女が自己紹介を始めた頃に、寝息が途絶えたベットから……寝ぼけた様な声が響きオレも安堵を覚える。


「では私は席を外しますので。」


「ああ、さっきは本当にありがとう……助かったよフォーテュニア。」


 頃合と空気を読んだフォーテュニアは一礼をすると、病室を後にし——オレとジーナだけがそこへ残された。


 気まずいと言う訳ではない。

 が、オレを視認したジーナがその目を泳がせ言葉を発しあぐねている。

 それを見たオレも、彼女は起きた事態のあらかたを覚えているのだと察した。

 何より——

 今までオレが感じることさえ出来なかった……小さくも強くこちらの意識へと響き始めていたんだ。


「……ここは病室、ですね。クオンさん……私、色々と迷惑を——」


 本人は意識はしていないだろう。

 だが確実に彼女は……オレをと言う上官扱いの呼称から、と言う名前呼びへと変化させていた。


 きっとそこからが、ジーナとの歩みの本当の始まりだったと……オレは確信している。

 勝志かつしが戻った事で過去の悲劇を超えたオレは、ジーナの無事を彼女の目覚めでしかと感じ取ると——

 もうそれを繰り返すまいと、その小さくたおやかな体を抱きとめた。


 彼女がこれ以上、痛ましき過去に浸蝕され……負の深淵へ落ちて行かぬ様——強く抱き締めた。


「んにゃっ!?ククク、クオンさん……にゃにがどうなって——」


 唐突の出来事でテンパる彼女へ言葉を紡ぐ。

 オレがこれ以降へ進むための新たなる決意の言葉を。

 同じ蒼き禁忌に選ばれた者としてだけでは無い——


「すまない、ジーナ!君があんなになるまで、オレは君の心の闇に気付けなかった!君が苦しんでいるのにオレは……前へと進む事に気を取られ——」


「己の過去ばかりに囚われて…… 一番そばにいた君の危機に気付くことが出来なかった!今のオレがあるのは、君の献身があったからだと言うのに!」


「いえっ!?そんな……あの時は私だって自分の事しか考えられなくって、ただクオンさんが憧れから遠く離れていくって必死で——」


 行き違っていた思いが互いの胸を打つ。

 すれ違っていた道が一つに重なる様に。


 もう今を於いて他に無い。

 オレがこれより前に進むには、彼女と共でなければならないと確信していた。

 今後襲うは

 そこへ挑むためには、Ωオメガに選ばれた者同士が一つの未来を向いている必要がある。


 だから……オレはそれを口にした。

 宇宙そらと言う、巨大にして壮絶なる因果渦巻く世界へ飛び出すために——


「君の想いは伝わっている。あの時どれほどの思いでオレの元へと足を運び続けたかも……。だから言わせてほしい——これから前へと進むための、決意の言葉を。」


「ジーナ……オレに君を守らせてくれ。そして君にはオレの傍で、想像を絶する因果に立ち向かうための支えとなって欲しいんだ!」


「クオン……さん。はい—— 一緒に、大きな試練へぶつかってやりましょう。」


 想いは伝わった。

 宇宙そらに上がり、ようやく彼女と同じ方向を向けた気がした。

 Ωオメガと言う因果がこの結果を導いた事は間違いない——けれど

 それを伝えるために、蒼き地球を湛えたかの碧眼を真っ直ぐ見つめる。

 ジーナもその視線を逸らすことなく……見つめていた。



 深き意識の底に響いた……Ωオメガの咆哮をその身に感じながら——

 オレはジーナと唇を重ねあった。

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