第132話 You´re bravery
救急救命に当たった
そして――女神の打ち抜いた
そのコックピット内……表情へは漆黒の象徴でもある嘲笑を浮かべるも――僅かに歯噛みし己の策瓦解に激昂を宿す堕ちた聖者がそこにいた。
「……想定外どころではないな――この俺すらも予想すらしなかった。まさか奴が生きていたとは――」
「これではまた準備した策の前倒しが必要だろう。全く……つくづく思い通りにならんな、因果を味方に付けた駒共は。」
彼とて準備した
しかしその猛毒を無き物としたのは
漆黒の洩らした因果を味方に付けた駒とは、正しく彼の眼前に現れた
「こちらヒュビネット――ああ、そう案ずるなラヴェニカ。機体は損傷が激しい……すぐにハーミットでこちらを拾いに来い。それと――」
「まだ
不穏な通信を送った漆黒は、程なく訪れた
現時点の漆黒の策は頓挫した。
だが彼の描く策の全容を知る者は誰も居ない。
漆黒の嘲笑と言う、世界を掌に乗せて操らんとする堕ちた聖者以外には――
》》》》
アーガスの容態は重症であるも対応の早さが幸いし一命を取り留めた。
大地がある場所とは異なり、宇宙空間と言う場所での負傷は軽傷であろうと軽視出来ない。
それを処置できる施設に装備――果てはその環境が著しく不足する世界では、僅かな傷も致命傷へと変貌する事が大半を占める。
さらには——宇宙空間の極低温状況では無害の細菌やウイルスの類が、常温環境に紛れた際猛威を奮う恐れすら考慮しなければならない。
そんな極限環境を駆ける救急救命部隊の真価は言うに及ばずであった。
『アーガス・ファーマーの容態は安定している……じきに目も覚ますだろう。なおサイガ大尉はすぐ〈
『今は大人しく眠っている様だが、万一の事もある。いいかね?』
「了解した、工藤大尉。これより
救急救命部隊旗艦である〈
四番艦の〈
結果——シャーロット中尉らの活躍も相まって、アーガスの一命を取り留めるに一役買う事となったのだ。
まあ、さしものシャーロット中尉も己がそこへ厄介になるハメになるとは思っていなかっただろうが。
ともあれオレは
機体はそのまま船体へ横付けする様に固定するのが関の山だ。
それを見越したのか
『ボクは先にアル・カンデへ帰還するね?クオン。皇子殿下は兎も角、防衛部隊の総大将にはまだ挨拶すら出来ていないから……。』
「ああ、構わないさ。オレは君の顔を確認できただけでも儲け物だ。だが生きて現れたとなれば、総大将からの問答攻めは覚悟しろよ?」
『はは……生きて現れた、ね。了解したよ――あ……それからそちらのお嬢さんに何かあるといけないから、ボクの従者である
「やはり
それだけを言い残すと8年前と変わらぬ笑顔を残して飛び去った。
けれど今の俺にはその言葉だけで十分だ。
何の事はない……勝志がオレとの約束を守り通した——それだけで充分だったのだから。
そして――そのキッカケを与えてくれた少女の眠るサブコックピットを何となしに見やる。
同時に、彼女に苦痛を強いる様な事態を招いた自責の念に駆られる。
けれど瞬間――オレ自身が全く気付かぬウチに増大させていた思いがふと沸き上がった。
きっとそれは、自分が生きて支えねばと思っていたあの凛々しき楽園統括者……
彼女を支える者が帰還したならば、オレはその任を終えたも同然だから。
それ以上に――オレが支えなければならない者が、モニター越しに静かな吐息を洩らし眠りについているから。
彼女を……ジーナ・メレーデン少尉を見つめるオレは、すでに自身の想いに気付いていたんだ。
オレは彼女に好意を寄せていると。
この身を過去の呪縛から解き放った――
昔のオレの様に、過去の呪縛に囚われた蒼き地球の同胞の事を――
》》》》
「……っ、何だ?まさかここは——」
「……良かった!気が付いたみたいだな、アーガス!痛みとかは無いか!?」
「テメェは
戻った意識で最初に放ったのは開き直りを多分に含んだ諦めの言葉であった。
手に巻かれた管と視界に飛び込む照明に風景。
清潔さが溢れるそれらで敵艦内……それも医療施設の類と悟る。
己が敵艦内に捕らわれたとの思考と共に。
「それだけ威勢のいい言葉を並べられる様なら、もう大丈夫のようね。私は初めましてかしら?
「工藤艦長、アーガス・ファーマーが意識を取り戻しました。」
「……うむ、回復の早さはさすが格闘家と言う所か——鍛え方が違う。」
戻った意識で現状把握に務める視界に、
「正規の艦隊司令では無いみてぇだが……とうとう俺も、覚悟を決めろって奴か?」
ハナからその覚悟で飛び出した戦狼に悔いなど無い。
彼が初めて己の拳の意味を思考し、挑んだ一世一代の大勝負。
悔いなど、欠片も存在してはいなかった。
だが、その覚悟が直後——
救急救命部隊長であり、臨時に旗艦を預かる
戦狼も予想だにしないベクトルへと突き進む事となる。
視線を蒼き英雄へ投げると、現指揮官はあなたと視線で返される。
それは英雄から贈られた、己に流れる偉大なる血筋への畏敬の念と理解した猛将は——戦狼へ科される処遇を言い放つ。
誇り高き戦士の戦いへの……最高の敬意と共に——
「You´re bravery。アーガス・ファーマー……貴殿は当部隊の誇るパイロットである
「我らはその誇りを懸けた勇敢なる戦いに最大の敬意を表し……貴殿を、当救済艦隊の名誉あるゲストとして迎えたいと思う!」
「……な、ん——」
絶句する戦狼。
部隊を代表する者が、今まで敵対してきた者を捕虜として拘束するどころか……名誉あるゲストと言い表した。
先に同部隊に潜んだ敵対者の裏切りに会ったにも
そして戦狼は理解する——理解に至ってしまう。
炎陽の勇者を育てたのは、紛れもなくその背を押す仲間達であると。
部隊を纏める指揮官から前線で剣を取るパイロットまで——その全てが、炎陽の勇者の力を引き出すために全てを注ぎ続けていると。
「……なんてこった。これじゃどう足掻いても、
戦狼の中で何かが弾ける音がする。
彼が捨て去ったはずの物が—— 一族の誇りが湧き上がって来るのを自身でも悟っていた。
戦狼は実質傭兵の様な立ち位置であり、軍属の礼などは範疇の外である。
その彼が——湧き上がる誇りを双眸へ輝く雫に乗せ、ベットより立ち上がった。
巻かれた管の存在も忘れた様に、猛将へ向き直った誇り高き戦狼は……眼前の堂々たる者へそれを送った。
送らずにはいられなかった。
己の過去と決別する様に——
戦狼は敬礼に全てを込めて、雷の猛将へと送り返したのだった。
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