第131話 再開、8年の時を超えて



「クオン!?ちょっと……何がどうなって——」


『隊長、これマズイわよ!?Ωオメガの動力システムが完全に停止してるわ!!』


「なっ……!?それって、つまり——クオンっっ!!」


 訪れた異変は、先に漆黒ヒュビネットへの迎撃行動に移っていた男の娘大尉アシュリー率いるΑアルファフォースにも伝わる。

 確認された事態は有り体に言うなら——絶体絶命。

 それは蒼き霊機が確実に堕とされると言う、二人の人命的且つ戦力的な側面に止まらぬ……今の救いし者クロノセイバーにとっての最大の希望を喪失する事に他ならなかった。


 蒼き英雄クオンがドローン砲台へと飛んでいた事もあり、支援を遅らせる。

 魔改造を施した大尉のシグムンド=ヒュレイカをしても、ゼロ距離で蒼き霊機Ω・フレームを狙う漆黒を止めるのは絶望以外の何物でもなかった。


『クオンさん……ジーナさんっっ!!』


『そんな——クオン、回避をっ!!』


『何て……事だ!』


 各々の機体へ木霊する絶望的な叫びは、虚しく暗き深淵へと吸い込まれる。

 炎陽の勇者が、猛将俊英が……男の娘大尉アユリーでさえ——

 その宙域には……蒼き霊機Ω・フレームの危機に駆け付けられる者が存在していなかった。


 そのはずであったのだ。


「さらばだ、Ωオメガフレーム——蒼き英雄、クオン・サイガっ!!」


 無常なる砲撃が蒼き霊機Ω・フレームを爆轟で包む。

 視認した者全てへと壮絶なる絶望を叩き付ける様に。


 が——

 その絶望の渦中へ……飛び込んでいた。

 蒼き霊機Ω・フレームを包んだと思われた爆轟は、——宙域へ存在する者全てが悟るまでには僅かの時を要する事となる。


「……っ!?何が起きた!?」


 漆黒でさえ事態把握に困窮した。

 彼の思考では全てが策の通りに運び、蒼き霊機Ω・フレームを仕留めるには絶好の勝機を導いていたはず——

 だが機体が構える火線砲が、危険を察した漆黒は後退を余儀なくされていたのだ。


 驚愕に揺れる漆黒の機体内モニターへ……全く想定などしていなかった声が響く事となる。


『お久しぶりです、隊長。いえ……もうあなたの部下などとは口にしたくはありませんがね。陥れようとした——非道なる漆黒の嘲笑などの部下などとは……。』


「っ!?貴様、なぜ——なぜ生きている!?」


 想定どころでは無い。

 漆黒としてはすでにその存在は過去の遺物。

 彼が仕組んだ壮大なる策略の……最初の汚点。

 事が上手く運ぶはずであったかの8年前に、


「貴様がなぜ生きているっ、御堂 勝志みどう かつしっっ!!」


 いつもの嘲笑さえ忘れた様に声を荒げる漆黒。

 その視界には、紛う事無き死んだはずの青年が映る。

 それは蒼き霊機Ω・フレームに搭乗していた当時の英雄をかばい——小惑星へと突撃して以降消息を絶っていた、英雄の無二の親友の姿。


 御堂 勝志みどう かつし――皇王国直属調律騎士エル・クラウンナイツ カツシ・ミドーが今再び、最愛の友を救うべく馳せ参じたのだった。



 》》》》



 唯一生きていた非常電源が、警告アラームで真っ赤に染まるコックピットへ申し訳程度の外部映像を映し出す。

 そこに映る影は、オレの認識など遥か彼方へと吹き飛ばしていた。


 Ωオメガかばう様に舞い飛んだそれは、例えるなら銀嶺の女神。

 衣の様に伸びる背部スラスターを備え、銀嶺の鎧甲冑を思わせる姿は……荘厳にして凛々しき様相。

 まるで錯覚に陥った。


 そんな思考に戸惑うオレの聴覚へ届いた声に——信じ難いとの思考と……同時に溢れる懐かしき想いが湧き上がるのを感じた。


『よかった、どうにか間に合ったみたいだね……クオン。』


「……そんな!?この声——勝志かつし……なのか!?」


『約束したからね君と。必ず戻るって……。』


 声色は幾分大人びてはいる。

 だが確かにそれはオレが8年前に聞き慣れた声。

 あのの折、二度と会えぬかもと絶望に暮れた瞬間――

 けれどその声が放った通り……帰ると約束した友のもの。


 オレの無二の親友――御堂 勝志みどう かつしの懐かしき声だった。


「すまない、勝志かつし。オレは8年も引き籠って、こんなにも宇宙そらへ戻るのが遅れてしまった。けれど――」


、なんてのは無しにしてよ?ボクは実際なんだから。』


「……なっ――それはどういう――」


『それよりもまずは――君のパートナーの正気を取り戻すのが優先だ。フォーテュニア、頼んだよ!?』


『イエス、マスター!これよりフォーテュニア・ケルヴンテインは、霊量子情報をドール本体より分離……Ωオメガ・フレームへの介入を試みます!』


 オレとの会話もそこそこに、音声のみで響く声にもう一つの通信が重なった。

 その言葉でオレは、勝志かつしがどのような存在と化してここに現れたかを悟ってしまった。


「まさか、勝志かつし――君は……オレと同じく観測者に見初められた――」


 おぼろげながらに記憶を辿り行き着いた情報。

 あの紅真こうま皇子殿下がそうである様に、星霊姫ドールを従える存在は宇宙人そらびと社会でも数えるほどしかいない。

 殿下に至ってはかなり特殊な立ち位置ではあるが……恐らくオレの記憶が正しければ勝志かつし使――星霊姫ドールを従え人類の歴史調律を行う使者、ドールマスターであるはずだ。


 オレが言葉を放つや、Ωオメガの機体へ半透明な光が――否……人の形をした光が舞い降りた。

 それがサブコックピットへと吸い込まれると……モニター端に映し出されたジーナの元へ人型の光が届いていた。

 機体を貫通する現象は人型の光が量子情報体を取る故と察したが……直後その光が少女の姿へ変貌した後――

 未だ双眸を見開き正気を飛ばしかけるジーナをそれが包み込んだ。


『もう大丈夫。あなたの過去を……あなたの家族を貶める様な方は、新しき宇宙そらの家族にはいないはずですよ?さあ、心を落ち着けて――少しだけ眠りましょう。』


『禁忌の蒼に選ばれし、……。』


 目にした少女が語る言葉はどこか霊量子の振動めいて―― 一度に襲った事態に混乱を始めていたオレの思考までもを鎮めて行く。

 直接その光を受けたジーナは、負に蝕まれていた表情が嘘の様に安らぎに満ち……程なく意識を手放した。


 同時に……シャットダウンされたΩオメガのシステムが復旧を見ると――ようやく勝志かつしの表情が、再起動したメインモニターへと映し出された。

 だが――


「勝……志!?お前――」


『余り見ないでくれるかな、クオン。言ったよね?死んだも同然って。』


 彼の言葉を現すその様相。

 顔の半分を仮面で覆い――けどその端々に痛ましい傷が残り、全身黒甲冑を思わせるパイロットスーツで身を包む。

 それを視界に捉えてしまったオレは否が応でも悟ってしまった。


 勝志かつしの身体はその一部――もしくは半分近くがと言う事を。


『そちらはもう大丈夫みたいだ。後は――』


 機体異常の要因となったジーナの精神安定を確認した勝志かつしが、女神の機体で気炎を撒く。

 戦場の女神とも取れるそれが手にする武装――体躯の倍以上もある騎兵槍オクスタンを思わせるそれを振りかざすと銀嶺の閃光が走った。


『後はヒュビネット……あなただけだ!ボクの大切な友人に与えた仕打ちへの報い――しかと受けてもらうよっ!!』


 銀嶺の閃光はΩオメガをも上回る速度で漆黒のディザードを迎え撃つ。

 体躯でもΩこちらを一回り巨大にした女神が、ディザードを成す統べなく打ち散らす。

 オレを機体諸共策略に次ぐ策略にて打ち倒す算段であった漆黒が、勝志かつしと銀嶺の女神が現れた事で全て台無しにされ――

 あまつさえ機体へ幾つもの穿つ尖撃を打ち込まれて、引き摺る様に撤退して行く。


 迎撃行動に終了を見た勝志かつしが銀嶺の女神と供に振り返る様は――まるでオレがいつきΑアルファ・フレームを救った時の様に堂々たる姿で輝いていた。



 僅か後、刹那に襲った事態をようやく落ち着いて理解出来る時間を得たオレは……やっと待ち望んだ再会の言葉を口に出来たんだ。


勝志かつし、ありがとう。オレの元に帰って来てくれて……。」


『うん、ただいま……クオン。ボクも約束を、やっと果たすことが出来た。』


 それは全ての後悔と無念を洗い流す、8年の時を超えた再会だった――

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