第130話 Ω 絶対絶命、呪いは猛毒となりて



 蒼き英雄クオンが叫ぶと共にドローン砲台へと飛ぶ。

 だが——

 視認した時点ですでに、戦狼の機体を射程に捉える砲台は容赦なき砲撃目前であった。


『シャーロットさん!アーガスは!?』


「大丈夫だ少尉!今止血を終え、救命ポッドへ固定したが——臥双がそうはもう持つまい!隊員らの機体搭乗を待ってこの宙域より緊急離脱だ!」


『了解っす!けど砲台はすでにこちらを射程に捉えてます!急いで下さい!』


 戦狼アーガスが駆っていた灼銅の戦機臥双は、漆黒ヒュビネットの砲撃によるメイン機関への被害を免れるも——いつ爆散してもおかしくは無い状態で連結パックに固定される。

 それでも自壊を抑え込まんとする姿は、まるで主を早く救い出してくれと叫んでいる様にも見えた。


 機体が放つ叫びを小さな姉中尉も感覚的に感じ取る。

 言うに及ばず彼女もまた、己が駆る救いの機体レスキュリオとは一蓮托生であるからだ。


「(臥双がそうとやらよ、今しばし待て。必ずお前の主を無事救出して見せるからな……。)よし!救助者を救命ポッドへ搬送固定後、各員緊急離脱!紅円寺こうえんじ少尉は……っうっ!?」


『シャーロットさん!?どうかした——』


「……っ、いいか少尉——このまま皆を障壁で囲み離脱!問答は不要だ!」


『りょ……了解っす!』


 戦狼の止血を終えた小さな姉中尉シャムは、その身体を救命ポッドへ運び固定する際……己が身を無重力の中固定するため痛めた腕を伸ばしてしまう。

 思わず発した呻きは小さくも——それを気取る炎陽の勇者が案ずる言葉を投げた。

 しかし己の事に割く猶予など無いのは百も承知の中尉は、有無を言わさぬ指示を勇者へと被せたのだ。


 そして、速やかに各々の機体へ戻る女神達を視認した炎陽の勇者は障壁を広域展開。

 即座に傷だらけの戦機から離脱を図る。


「スーパーフレーム 臥双がそう……お前と戦えて良かった!お前の主は俺達が救済して見せる——達者でなっ!」


 離脱ざまに勇者が言葉を掛けたのは、先に赤き霊機Α・フレームと魂の激戦を繰り広げたスーパーロボット——主が救われるまで必死で自壊するのを押し留めたであった。


 吐き出す気焔のままに離脱を図るΑアルファフォース。

 その間に小惑星の影に現れたドローン砲台は、一撃を放つためにエネルギー充填を終える。

 狙い定められる灼銅の戦機臥双……さらに射線上には離脱を図る部隊。


 と——小さな姉中尉の機体が一行から遅れだした。


「シャーロットさん!いったいどうし——シャーロットさんっ!?大丈夫っすか!?」


 赤き霊機Α・フレーム内コックピットで異変に気付いた勇者が、中尉へモニター越しで応答を乞う。

 勇者の視界に映ったのは……吹き出た脂汗の中、朦朧もうろうとする中尉の姿であった。


 かかる言葉で僅かに意識を引き戻した中尉は激痛の最中、それでも救助者優先となる指示を勇者へと言い放つ。


『……私を気遣う暇があるなら、救助者を——救うべき弱者を優先しろ……ばか者。』


 砲撃はすでに放たれる寸前。

 大きく遅れ、取り残された中尉の機体を歯噛みする勇者が一瞥。

 同時に機体をひるがえした。


「シャーロットさんっ……クソッ!Αアルファフォースは救助者を優先し、この宙域を離脱します!」


『少尉、待って……待って下さい!まだ姉様が——』


 勇者の悲痛なる決断と妹少尉クリシャの叫びが入り混じる。

 だが混じる悲痛と入れ違う様に救済部隊後方……裂帛の気合いを纏い——寸での所で駆け付けた、


「我らの家族をやらせてなるものかっ!!〈いかづち〉機関最大……同時に左舷重力アンカーを放て!船体を盾にする!!」


 それは救済部隊の小さな旗艦。

 暁型第六兵装艦隊 参番艦にして、かの伝説の救助劇を刻んだ偉大なる艦長の駆る駆逐艦の名を継ぎし存在。

 救いの艦〈いかづち〉である。


 救助者優先にて離脱を図る赤き霊機Α・フレームを、吐き出す気焔のまま通り過ぎた船体はピンポイントのミストルフィールドを射線側へ展開。

 重力アンカーとサイドスラスターによる強引な方向転換を敢行し、船体を……


 エネルギー充填を終えたドローン砲台は、無情にも火砲を解き放つ。

 間一髪とはこの様な事を言うのであろう——小さな姉中尉の機体は、盾となった旗艦〈いかづち〉に守られる様に放火の閃条を凌いだのである。



》》》》



 ドローン砲台の砲撃は容赦なく臥双がそうを狙い撃ち……そこにいる我が救済チームΑアルファフォースを問答無用の射線に捉えた。

 その行為はあくまで、臥双がそうと言う機体の機密保持を狙ったとの意図をチラつかせ——射線上にいた国際救助の旗を掲げる機体は偶然居合わせたていを演出する。


 仕組まれた様な展開から、オレですらも込められた意図を導き出し……その様な狡猾な策を展開した漆黒の機体をモニター越し——歯噛みする様に睨め付けた。


 すでに放たれたドローン砲台の火線。

 だがオレの聴覚にはそれが届いていた。

 紛う事なくそれはあの救急救命隊を纏める堂々たる猛将、工藤艦長の咆哮だ。

 直後……何故か遅れ始めたシャーロット中尉の機体を、砲火からさえぎる様に横滑る〈いかづち〉を目撃したオレは安堵とともにドローン砲台を標的に捉える。


 漆黒の機体をアシュリーが足止める内に、無用な被害拡大要因の排除に当たらんとしたのだ。


 そう——

 臥双がそうと言う機体の秘密保持のための破壊……そしてそれに乗じ、国際救助部隊をも排除する。

 それがエイワス・ヒュビネットと言う男の、今この宙域で展開している策のはずだった。


 オレは、——


『クオンっ!ディザードがっ!?』


「っ……!?」


 突如響く通信はアシュリーからのもの。

 ドローン砲台を狙うオレは、Ωオメガの長射程火線砲をすでにロックしていた。

 その背後を脅かしたのは——いつか感じた深淵を浸蝕する様な負の霊振動ネガ・ヴィブレード

 オレの背を脅かしたのはヒュビネットのディザード・マイスターズだった。


『随分と手練てだれた部隊へと進化させたものだな、。』


「貴様っ!エイワス・ヒュビネット……いったいどう言う——」


 ドローン砲台を爆轟に包むと同時に、背後へ迫る漆黒のディザードを相手取る。

 向けた火線砲で威嚇する漆黒……奴の憎悪と狂気にまみれた嘲笑がコックピット内のモニターを占拠した。

 だがそれが、同時に不可解な事態を視界へ叩き付けて来る。


 奴が放った強制外部通信がサブコックピット——今もジーナが機関制御を行うそこにまでも同時に繋がっていたんだ。


『——残念だが今日の俺の目的はお前ではない、蒼き英雄とやら。俺の目的はそちら——』


Ωオメガフレーム 機関制御オペレーター……ジーナ・メレーデン。そう……。』


 刹那……モニター端に映るジーナの動きが停止した。

 否——正しくそれを言い表すならば……と評するのが妥当であった。

 言うに及ばずそれを確信させる彼女の姿が、オレの視界を貫いている。


 ジーナがヘルメットの中、したたる大量の汗の奥で見せるそれ。

 傍目でも分かるほどに、信じられぬ物を見る様に双眸を見開いている。

 何故自分が、との戸惑いをジーナから感じたオレは——同時にΩオメガの機関メインシステム作動効率が徐々に低下しているのを目撃した。


「ジーナ!システム作動効率が低下しているぞっ!?奴の声に耳を貸すなっ!!」


 反射的に叫んだオレは、作動効率の下り続ける機体で漆黒を振り切らんとする——が……元より、60パーセント以下の出力が関の山な現状では焼け石に水。

 振り切れぬ漆黒からの容赦なき砲撃が機体をかすめ始めた。


 そんな満身創痍のΩオメガを駆るオレなど眼中に止めぬヒュビネット。

 言葉はそのままジーナへと向けて放たれる。


『知っているぞ?その蒼き巨人はどうやらお前が機関の制御を一手に引き受けている様だな。なるほど……英雄とやらが何故英雄と呼ばれる成果を出しえたかが理解できた。が——』


『——め、て……。やめて……やめて……――』


 そのに含まれた内容は恐らくあの内通者——ユミークルから漏れた物と察したオレは……湧き上がるザラついた感覚が増すのを感じた。

 さらに言うなら……明らかにジーナの様相が急変し始めていたが——オレはその時点では、彼女自身の深き闇にすら気付いていなかったんだ。


『良いのか?お前がその様ななどに従事してていて——』


『やめて…嫌!嫌、嫌……嫌嫌嫌嫌嫌——』


「ジーナ!?耳を貸すな!ジーナ!!」


 闇に気付かぬとも——漆黒やつの放つ言葉がジーナへ……その精神へと幾重の刃を突き立てている状況を悟ったオレは、Ωオメガで漆黒の砲撃を回避しつつ彼女への呼び掛けを続ける。


 しかし遂に——

 その言葉の刃は……ジーナの心を貫いたんだ。


『呪われた大地……かの地球で、テロリズムに身を貶めた父を捨てし者。――ジーナ・メレーデンよっ!』


『嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっっ!!』


 彼女が狂気に捕らわれた様に双眸を見開いた。

 視界が暗転するほどの負を抱いたのがモニター越しでも分かる程に。


 直後鳴り響くのは、全システムが強制シャットダウンされた警告音。

 ジーナが放った負の力をまともに受けたΩオメガの——

 ……



 ゆっくりと突き付けられた……漆黒のディザードの火線砲を眼前へ捉えたままで——

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