第128話 宇宙に煌めく海の武士道



『皇子殿下からの緊急指示だ!旗艦指令も事を承知済み——万が一を想定し、いかづちを発艦させる!君らは先行し、考えうる英雄と勇者への危機に対応せよ!』


「了解だ、工藤艦長!あの英雄殿に勇者な少尉——どちらを失う訳にも行かないからな!」


「シャム・シャーロット……レスキュリオ壱番機、発艦する!!」


 それは破天荒皇子紅真のお付きである護衛少女——ワンビアが察した危機的事態を想定した緊急発進要請が発令された頃。

 未だメンテナンスに時間を取られる旗艦より、メンテ中も緊急発艦に備えた救急救命艦参番艦であり救命隊旗艦でもある〈いかづち〉が緊急発艦を敢行していた。


 同時に水の衛星エウロパから外縁に掛けては、〈いかづち〉含む救命隊の有する機関出力でも航行が叶う事もあり……衛星外縁宙域に向け救命隊の誇る女神レスキュリオが発艦した。


「クリシャ、皆続いているな!目的がエウロパ外縁なのは不幸中の幸い……だが、我らの機体出力では到着時間を考慮すればリスク増大は避けられん——」


「よって各員機関最大、死ぬ気で飛ばせ!!!」


『了解です、隊長!各員は隊長の言葉へ、己が誇りを以って答えて見せよ!』


『『『イエス、マム!!』』』


 機体スペックからしても調律騎士が駆る霊装の女神フィリーディアと救命隊の愛機では雲泥の差。

 故に事の発端となる雄々しき女神を視認する事はない救いの御手セイバー・ハンズの面々——が……今だにお目にかかれぬ存在は当然後回しとばかりに、彼女らは水の衛星エウロパ外縁を睨め付ける。


 万一味方の何れかが命の危機に瀕したならば、その命に代えてでも救命して見せるとの決意たぎらせ五条の光となって飛んだ。


「頼むぞ、我らが救いのエース達よ。あの誇り高き工藤艦長の意思を継ぎし我らが、味方の危機に手をこまねくなど言語道断——」


「全艦、我らもシャーロット中尉へ続くぞ!〈いかづち〉の名を冠する旗艦として、それに恥じぬ働きを熟してみせよっっ!!」


「「イエス、サー!!」」


 かつて悲しき地球のとある大戦の中、その工藤の性を名乗る将は先陣を切る駆逐艦を総監していた。

 そして危険地帯である戦場の只中で見た、海原で漂流する400名を超える敵兵。

 己が祖国の部隊が沈めた艦より逃げ出した彼らを……ではなく、対応——

 ともすれば敵艦に撃沈されるのもいとわずそれらを救助し続けた。


 しかしそれを彼は後世に一切残さず、歴史に刻んだその志——〈海の武士道〉は誰にも知られる事なく忘れ去られてもおかしくは無かった。


 数十年後の世で……救われた敵兵から深き感謝とともに語られねば、救いの艦艦長 工藤 俊英くどう しゅんえいとて知り得る事は無かったであろう。


 だが今彼は、その子孫として宇宙を駆け……救急救命部隊を纏める部隊長を頂いている。

 伝説の救出劇を歴史に刻んだかの海洋型駆逐艦と同名である、暁型第六兵装艦隊旗艦 〈いかづち〉を駆り……再び世界に海の武士道をかざしているのだ。




 救いの翼と漆黒の牙が、水の衛星エウロパ外縁で命の因果を奪い合う。

 魂と魂がぶつかり合ったその宙域で今……宇宙そらの因果の行く末を左右する事態が巻き起こる。

 始まりのΑアルファが——そして終わりのΩオメガの命運が、一つの歴史を動かす時の歯車クロノギアとなって……急激に勢いを増して回り始めたのだ。



》》》》



 自分の全てを出し切ったアーガスは、向うから敗北を宣言した。

 それも幾度もやり合った際に見せた暴力をかざすそれでは無く……それこそ格闘大会で戦いあった後の、健闘を讃え合う時の様な清々しさ。

 俺も拳を打ち合うたびに、アーガスのそれが透き通って行くのを感じていた。


 いつしか奴が——アーガス・ファーマーが紛う事無きライバルだと確信できる様になっていた。


 だからだろう……彼の健闘を讃えずにはいられなかった。

 そしてまた、この戦狼と称された孤高の狼との再戦を夢見る様になっていた。

 この誇り高き狼はこれからきっと、手に負えない強敵となるのは目に見えていたから。

 そう思考したら、自然と灼銅の戦機を助け起こさんと身体が動いていた。


 今度は俺がこいつに挑戦状を叩き付ける——言葉のままに動いていたんだ。


 けれど——


「……エイワス・ヒュビネット……!ふざけた真似してんじゃねぇよ!!」


 俺と戦狼が刻んだ崇高なる一騎打ちを台無しにしたのは——突如として戦狼背後を脅かした、漆黒の機体より放たれる理不尽なる一撃。

 臥双がそうの肩口へ直撃したそれが片腕ごと爆轟でもぎ取った。


 その刹那——俺の思考に止めどない怒りが爆発的に湧き上がったのを感じた。

 怒りそのままの体で漆黒の機体からの二射目を視認した俺は、迷う事無くアーガスとヒュビネットの間に割って入る。


 咆哮を上げたんだ。

 、それを守り抜くために——


『テメェ……何をしてるのか分かってるのか……!?俺は今まで……テメェら部隊を——』


「関係ねぇよ、んな事は!……それ以外に理由なんて必要あるものか!」


「傷を負いし救助者を、このアーデルハイドG-3と俺の拳が見捨てるなんて出来るはずはないっっ!!」


 それが例え偽善でも構わない。

 弱者を守れずして何が正義だ。

 それを今まで俺は、クロノセイバーで学んで来たんだ。


 振るう拳は自分のためでは無く、力無き誰かのために振りかざす。

 襲い来る物をただほふるだけでは無く……力無き者を守る決して砕けぬ盾として。


『臥双と供に後退しろ、いつき!シャーロット中尉といかづちがこの宙域へ向かっている……これよりアーガス・ファーマーは、対応する!』


『お前の拳がただ戦いに興じるばかりではないと言う事を、あの漆黒へ拝ませてやれっ!!』


「シャーロットさん……それにいかづち——工藤大尉が!?了解です、クオンさん!これよりΑアルファフレームは国際救助法に基づき、アーガス・ファーマーを要救助者として保護・移送に移ります!」


 漆黒のディザードが放った高集束砲二射目を凌いだ刹那……天頂から蒼き閃光がΑアルファフォースを従え、漆黒へと接敵——

 同時に放たれたクオンさんからの通信で、正式に国際救助の旗を掲げる許可が飛ぶ。


 もうそれを聞き届けたならば、俺は何を戸惑う事もない——問答無用で臥双がぞうを支え重力障壁を展開する。

 モニターで視認しただけでもアーガスに相当量の出血を確認し、一刻の猶予もないと察するも——この宙域が救急救命活動をこなすには危険と判断した。

 国際救助活動発令と合わせて、シャーロット中尉がレスキュリオを飛ばしているとも聞き……多くを思考する間も無くモニターへ六機の頼もしき女神の影を確認する。


『少尉、お前は無事か!だが救急救命シグナルを英雄殿から確認したが!?』


「シャーロットさん、クオンさんも俺も大丈夫!それよりも要救助者一名……元ザガー・カルツ所属 アーガス・ファーマーが機体損傷時に負傷した模様——」


「右腹部から胸部にかけ多量の出血を確認!直ちに救助願います!」


『……くっ、味方ではなくともやはり負傷者が!了解した、少尉!これより我々救いの御手セイバー・ハンズは国際救助法にのっとり、元敵勢力である負傷者救助に当たる!』


 ここまでは俺に出来る最善だ。

 あとは救いの英雄に任せる他道は無い。

 けれど俺は、その救助が終了を見るまで臥双がそうとレスキュリオを重力障壁で守る必要がある。


 それが新規結成されたΑアルファフォース隊に任された、人命救助の新たなるステージ——この深淵の宇宙そらもたらす災害に対抗するための……なんだ。




 例え救わんとする負傷者が敵兵であろうとも……命掛けで戦った者の尊厳を踏みにじる事なんて、誰にも出来はしないのだから——

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