第127話 交わる拳の生んだ絆



 水の衛星エウロパ外縁小惑星帯にて——

 今、己の魂を掛けた戦士達の拳が激突する。


 振りかざす拳に宿る正義が、信念が……目指さんとする道が正しいのか否か。

 その解を得る為に互いの命運を賭けてそこへ訪れた。


 そして今——己の持つ最大奥義を、誇り高きライバルとなった男のため振るうのは赤き霊機Α・フレームを駆る炎陽の勇者。

 対するは、灼銅と黄がまばゆきスーパーフレームを駆る戦狼。

 迷いを断ち切る為に漆黒ヒュビネットの隊を抜け……敵対勢力として拘束される覚悟にて、戦狼は単身一騎打ちに挑む。


「推して参るっっ!!」


「上等……受けて立つ!!」


 炎陽の勇者が吼えると戦狼アーガスも負けじと対抗する。

 真っ向より迎え撃つ構えは背を向ける事など考慮していない。

 いかな攻撃も受け止め、受け流し、さばききって反撃を与えるため双方が双方を睨め付ける。


 刹那——赤き霊機Α・フレーム灼銅の戦機臥双が踏み込んだ。

 否……灼銅の戦機臥双はオーバースペックながらも、フレーム規格ギリギリな現代技術の範疇とも言える設計——だが赤き霊機Α・フレームいにしえに準える超技術の塊。

 一方がであるのに対し——もう一方は備わる技術を最大限活かし、を展開している。


 それは格闘技に於ける先手……で致命的な差となった。


「はあっっ!!」


「おあああっっ!!」


 交差する機体はその致命的な差が、追撃への反応の差として現れ——

 赤き霊機Α・フレームの初手をしのいだはずの灼銅の戦機臥双が……刹那の連撃をもろに受ける事となる。


「な……んだ!?そりゃ——」


 戦狼は初見であったそれを察知出来ず、まともに食らった左右の拳打で機体ごと衝撃で浮き上がる。

 だが——

 赤き勇者の奥義は

 


 戦狼を超えるために編み出し、戦狼の戦闘スタイルに敬意を表したその御業は——最初の一撃が入る事がキッカケとなり爆発する。


 衝撃から来る意識の揺さぶりをこらえた戦狼が、反撃をと視線を飛ばしたモニター ——赤き霊機Α・フレームと違わぬ半全天型モニターへ映っていたはずの霊機それが……消滅した。


『これがあんたへ敬意を表した奥義の全貌だ、得とその身で味わって行け!……アーガス・ファーマーっっ!!』


「……何、を——」


 響く通信へ戦狼が答える間など直後に存在しない。

 炎陽の勇者の言葉が響いたと同時に、衝撃が幾つもの荒波の如く灼銅の戦機臥双を貫いた。

 辛うじて追えた視線が視認したのは彼も見た事がない赤く輝く円状の膜——それも戦狼の機体を包む様に配置されるそれ。

 そこで——あろう事か赤き霊機が、機体脚部で宇宙そらを踏み締める様に駆けていた。

 そう……まるでそこに——


「そう言う事かよっ!シャレにならねぇどころじゃねぇ——って奴だろっ!!」


 反撃せねば連撃に打ちのめされる。

 思考では理解する戦狼。

 だが機体の……そもそも戦闘に用いている環境が違いすぎる。

 戦狼は小惑星を足場とするも、言うまでもなくそこに満足な重力場など存在しない。

 


 故に灼銅の戦機臥双は宇宙空間での推進力頼みの戦いに終始せざるを得ない。

 だが赤き霊機Α・フレームは、その宇宙空間でさえも足場として支配する事が叶うのだ。

 それを戦狼は機体性能の差とは考えてはいない——当然である。

 元来宇宙に存在する膜宇宙ブレーン・スペースなど、通常の人間では感知できるはずもない。


 しかし眼前の炎陽の勇者はそれさえも感知し……それが出来る存在だからこそ、赤き巨人の本領が発揮されるのだ。


『アーガスっ……ファーマーーーーーっっ!!』


紅円寺こうえんじ……いつきーーーーーーっっ!!』


 衝突する信念と信念。

 激突する誇りと誇り。


 それは互いの勝敗如何に関わらず……互いの本質を拳を通して伝え合う魂の儀。

 いつしか拳を交えた二人はその双眸へ——決して切れぬ絆を宿す事となるのであった。



》》》》



 最初の拳を交わした瞬間。

 その本気度が俺の魂を貫いた。

 こいつは俺の様な者へ、本気で拳をぶつけてくれている。

 そしてそこに込められた物が何であるかは分からないが……俺では勝てないと悟らせた。


 だがそんな事は分かってる。

 あの熨斗のしつけて送って来やがった事実——俺はそれを現実に叩き付けられただけ。

 だからこそそこから、その勝てねぇ理由を会得するためにこいつの——炎陽の勇者、紅円寺 斎こうえんじ いつきとの一騎打ちに臨んだんだ。


 一撃一撃に込められた信念は、俺の想像を遥かに超える程に重かった。

 機体質量の差など置き去りにする拳が臥双がそうを穿つ度、反撃どころか機体のダメージばかりが増大する。

 奥義と称したそれは、俺が見る限りでもあいつの本来のスタイルじゃないのは一目瞭然——左右に振り、フェイントを交えた拳打の応酬を得意としていた

 そこまでして奴が俺に敬意を表している事実に、恥ずかしさしか浮かばなくなっていた。


 同時に理解する。

 こいつはただの強者ではない……真の格闘家であると——


 そう悟った時には、受け過ぎた機体ダメージに対する警告アラームが鳴り響く。

 もはやこのまま奴に討たれる瞬間を覚悟した俺は——


 その日最大の驚愕を覚える事となった。


「テメェ……何、の——つもりだ……。」


 すでに奴の奥義を受けた臥双がそうは、ダメージ蓄積が限界ギリギリ。

 立って構えるだけのエネルギーすら底をつく。

 その俺の機体を前に……奴は


 奥義とやらの最後の決めを封殺し……


『何ももないさ。俺が受けた一騎打ちはあくまで相手が倒れるまで——決してそれはなんかじゃない。倒した敵をなぶる様な拳は持ち合わせてはいないよ。』


「本気で言ってやがるのか?負かした相手に止めをささねぇなんて……そんな意識で戦場に出ようもんなら、テメェ自身の命だって——」


 そして語られるのは甘っちょろい偽善心——少なくとも俺はそう思考して返した。

 語るのが本当にただの偽善心なら、俺もそこから学ぶ事なんて無いから。

 けれど奴は言い放った。

 、彼方に弾き飛ばす言葉を。


『本気さ。でも勘違いしないでくれアーガス。自分の命を危険に晒してもそれを貫くのは、俺がこれまでで学んだ。それは今のあんただけじゃない、この背に背負う全ての弱者のためでもある。』


『俺のこの背に守るべき者があるなら、。正義を貫き弱者を守ると豪語するなら……それをなさんとする俺は。』


「……っ!?そいつぁ——」


 甘っちょろい偽善心。

 それを語る者は概ね自分の事しか考えていない。

 あまつさえ救うべき命があったとて……行動にすら移した事さえ無い奴もいるはずだ。


 しかし眼前のこいつは言った。

 その背に背負う弱者のために倒れる訳には行かないと。

 それはこいつ自身が弱者にとっての最後の砦であると言う事実……己の拳の正義を貫き通すが故の確固たる信念。

 言ってのけた。


 何て事だ——こいつはただの強者どころか強き格闘家と表する事すら生ぬるい。

 この眼前の赤き巨人を駆る男は、


 その時——俺の中にあった全ての自信が木っ端微塵に砕け散った。

 俺がどれ程足掻いたところで敵う訳がない。

 こいつの……紅円寺 斎こうえんじ いつきと言う勇者が拳に乗せているのは、その背に背負う数多の弱者の人生。

 数千数万、いや——出会いうる限りの……宇宙人そらびとの未来を乗せた拳なのだから。


 全ての真実に辿り着いた俺は、驚く程に素直な言葉が口を突く。

 清々しさと……何の遺恨も宿らぬ晴れ渡る思いと共に——


紅円寺 斎こうえんじ いつき……言わせてくれ。この勝負、俺の負けだ——完全な敗北ってやつか?今の俺ではお前に勝てる要素が何処にも見当たらねぇ。」


『そうか!アーガス……あんたもスゲェ格闘家だったぜ!あんたがいなけりゃ、俺もこんなに高みを目指せなかった。だから頼みがある——』


『今度はあんたがもっと強くなってからの……一騎打ちの再戦——俺から挑ませてくれ!』


 俺の言葉を聞き届けた炎陽の勇者は、あのヒュビネットの部隊の連中では見た事もない清々しさを湛えた双眸で——赤き剛腕を差し伸べて来た。

 俺への新たなる挑戦状と共に。

 敗北した者を嘲笑う事もなく、それでいてその敗北者の健闘を湛え……持ち得る限りの敬意を込めて。


「……クソッ。そんな顔で言われちゃ断る事も出来ねぇってヤツじゃねぇ——」


 すでに最初からライバルだったかと見紛う程に、俺はそれを拒まず受け入れ……勇者の手を取ろうとした。

 その背後——遥か後方、一瞬の警告アラーム。

 それはロックされたワーニング音。

 何が起きたかを確認する間も無く襲う衝撃が、臥双がそうの右肩部から爆轟と共に消しとばした。


「っがっっ!!?」


 刹那の衝撃。

 それが襲ったのは前からでは無い。

 俺が賞賛した男が、不意打ちめいた真似などしないのは疑う余地も無い。

 同時に……俺は知っていた。


「……すでに俺は捨て駒扱いかよっ、エイワス・ヒュビネットっ!!」


 叫ぶ身体に、今の衝撃で叩き付けられた事が要因の赤い物が滲み出す。

 テメェの危機的状況を悟るも身体が激痛で言う事を聞かない。

 そんな俺はモニター越しに目撃した。

 あり得ない現実を。


 あの炎陽の勇者が俺とヒュビネットヤツとの間に立ちはだかり……狙い定めた二射目の集束火線砲を受け止める姿を——

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