第125話 戦狼からの挑戦状



 剣を模した旗艦コル・ブラント整備に、各フレーム隊の新鋭装備配備がとどこおりなく進むその最中。

 異変は最大の衛星カリスト宙域から訪れた。

 それはその宙域から放たれたと思しき無人ドローン衛星が、宇宙人の楽園アル・カンデへと流れ着き——軍によって接収されての今に至る。


 緊急では無いが、訪れた件へ関係すると思われる者が防衛軍C・T・O管轄の小会議室へと招集を掛けられる。

 が……危険は無いとするそれが有していた情報により——憶測が飛び交う事態へと発展していた。


「この様に……明らかにザガー・カルツから発せられたドローン衛星ではあるが——そこから得られた情報に頭をひねっている訳だ。クオン……どう見るかね?」


 ドローン衛星からの情報……それは軍に属する者が視認したとて、理解に苦しむ内容であった。


 ——ザガー・カルツを出奔せし、戦狼より……赤き霊機を操る紅円寺 斎こうえんじ いつきへ。木星標準時 明後日早朝 07 : 00時にエウロパ宙域外縁小惑星帯、ポイントF1195にて一騎打ちを所望する。——


 旗艦指令月読軍指令天城が、その意図を思考しあぐね……フレーム隊を纏める蒼き英雄クオンを始めとしたフレーム隊員を招集していた。


「先のユミークルを名乗った、彼女の反旗に合わせた様な行動——戦狼を名乗ってはいますが……あのヒュビネット大尉が絡んでいないとは言えない内容ですね。」


 言うに及ばず救いし者部隊クロノセイバーは、共に歩んだはずの家族反逆と言う憂いをこうむった矢先——つづられる内容を俄かには信じ難き状況であった。


 だが——

 その挑戦状と取れる内容を食い入る様に見ていた者が声を上げる。

 それが例え罠であったとしても……臆さず挑まんとする気概を宿して——


「意見、構いませんか。俺が思うに……確かにあのヒュビネット大尉ならば何かの策を弄している可能性があります。ですが——」


「これは多分あの戦狼——アーガス・ファーマーの紛う事なき意思だと、俺は感じます。俺を名指しにする時点で、Ωあの大尉関与の可能性が低くなるかと。」


 声を上げたのは赤き勇者

 同時に……事をよく見定めた意見に旗艦指令ですら感嘆を顕とする。

 赤き勇者の言葉は無知や憶測から来る物ではない——、熟考された意見だったのだ。


 意見した少年も揺るがぬ視線で、提示したそれが最も有力であると訴えかけ——同じく勇者へ賛同する英雄が続いて意見具申する。


紅円寺こうえんじ少尉の意見は実に信憑性が高いと、オレも推測します。彼はあの戦狼と漆黒双方と拳を交え……さらにはモニターや音声越しではありますが、端的なやり取りを交わした事も記憶に新しく——」


「加えて……オレがあの木星圏総力戦で掛けた言葉の揺さぶりに起因した物と考えれば——戦狼の取る行動に整合性も見出せるかと。」


 英雄までも口にする確信。

 しかし通常の軍という組織では、その様な意見で迂闊な作戦行動を許可するなど言語道断である。


 だが、思考する軍部上層に位置する旗艦指令と軍指令は違っていた。

 そもそも救いし者部隊クロノセイバーに貢献する民間協力隊は、かの宇宙人そらびと社会で名を馳せた紅円寺 陽善こうえんじ ようぜんと言う天才格闘家の支援を受け——さらには現在その支援団体代表を務める会長……陽善ようぜんの妻である暁 咲弥あかつき さくやの協力あっての部隊。

 格闘家の在り方やこころざしを理解するには十分すぎる環境であった。


 旗艦指令と軍指令は首肯しあい最終意見を提示する。

 ——


「いいだろう……紅円寺こうえんじ少尉——この件はまず君が向かい対応したまえ。漆黒が動いた場合の備えとして、Ωオメガフレームと現時点で調整の間に合う支援隊のいずれかをつける。」


「アーガス・ファーマーの一騎打ちと言う信念が誠と感じたならば——遠慮はいらん……君の持ち得る全ての真価を叩きつけて来るがいい!」


 旗艦指令の視線は赤き勇者への期待で充ち溢れる。

 指令とて、この勇者がもはや誰かの指示がなければ動けぬ学生上がりなどとの扱いはしていない——

 眼前の赤き勇者に対し、蒼き英雄と並ぶ救いし者部隊クロノセイバーの輝ける希望として接していた。


「了解しました!」


 揺るがぬ双眸の赤き勇者も鋭き敬礼にて復唱を返す。

 その勇者に宿るは戦狼へ己が抱いた思い。


 ——戦争行為でなければ一騎打ちも辞さない——


 それに応えんとする男の意思を、今確かに感じていた。

 拳と言う力をただ暴力として振るった暴漢が……宿打ち震えていた。


 背後に見え隠れする……にも気付かぬままに——



》》》》



 戦狼アーガスからの挑戦状が宇宙人の楽園アル・カンデへ届く前後。

 惑星間航行ブースターを持ち出した戦狼は、赤き勇者との一騎打ちに備えて水の衛星エウロパ外縁に存在する小惑星帯への到着を見る。

 約束された時刻までは1日を要するタイミングではあったが……戦狼は愛機となる灼銅の闘士臥双調整を開始していた。


 今まではただその拳を振るう事だけに集中し、機体整備などは全て整備クルーへ任せきりであった戦狼。

 だが—— 一騎打ちを宣言してからこちら、己の手足となる機体をつぶさに観察し……来る時に備えていた。


「エウロパ近隣ならば、すぐにでも奴らの監視衛星に気付かれんだろう——それより外縁にアステロイド帯があったのは好都合ってやつだ。」


 機体モニター群をしらみ潰しに確認し、僅かの異常も見落とさぬそれは……まさに決戦へ挑む前の格闘家であった。

 程なく調整の全てが終わりを見た頃——手近なアステロイドへ張り付く様に機体をとどめ……その上で戦うべき相手を見据える様に訓練を開始する。


 彼の戦闘スタイルでもある我流ボクシングを中心に、総合格闘術を基盤とする赤き勇者の動きに合わせ——シャドーボクシングを開始した。

 戦狼が封印していた体術……それは己が一族に伝わる格闘術——破門を告げてきた師であるフォックス・バーゼラ・アンヘルムより学び取った【ダイモス流格闘術】である。


 一騎打ちを宣言した以上、形振なりふり構わず勝利を手にするべく灼銅の巨人をアステロイド上で操る戦狼——

 だが……思考にはあの蒼き英雄クオンが突き付けた「紅円寺 斎こうえんじ いつきの足元にも及ばない」と言う言葉がチラつき——しかしそれでもそれを否定する事なくただ訓練に没頭する。


 そこには確かに……本質的な所が大きく変化しつつある戦狼が存在していた。


「俺には……何が……足りない!技か——速度か!いや、そうじゃない……何かが俺に欠けているから、俺はあいつに勝てないんだ!」


「赤き勇者と呼ばれる、あの紅円寺 斎こうえんじ いつきに勝利できないんだ!!」


 ただ頑なに灼銅の巨人臥双を操る戦狼は……最早敵対勢力としていたずらに力を振るい——闇雲に強さを求めた姿は無かった。

 それはライバルとなった勇者に、技で、実力で……そして明確に勝利を宣言できる何かを目指して戦う武闘家の姿へと昇華されていたのだ。



 ——そして時は流れる。

 戦狼が最後の後詰めとなる訓練に打ち込んで1日の時間が経ち……挑戦状に記された時刻が訪れる。

 指定された場所……指定された時間に、二つの拳が相対した。


「唐突に変なもんを寄越して悪かったな、紅円寺 斎こうえんじ いつき。だが……疑う事なく受けて立ってくれた事——感謝しかないってやつだ。」


「あんた——いや、アーガスが本気なのは何となく分かっていた。だから俺も本気で答える必要があると思っただけだ。礼には及ばないよ。」


 小惑星帯でも一際大型な物の上を戦いの場とした、二体の巨人が双眸をぶつけ合う。


 一つは赤き恒星の如き炎陽の機体——

 一つは眩き黄と銅が炎たぎらす灼銅の機体——

 互いの拳と信念を賭けた一騎打ちのために……その場に存在するのはその二体のみである。


 万一漆黒が何らかの策を弄した際を鑑み……機体調整を最後に回していた蒼き霊機Ω・フレームと、先んじて調整を済ませていた新生Αアルファフォース隊が護衛につく。

 だが、一騎打ちの立会いを申し出た蒼き霊機Ω・フレームはその小惑星上宙域へ——そしてΑアルファフォース隊はその後方へ配置する布陣。


 一騎打ちの邪魔になる物を一切排した舞台を作り出していた。


「ではクロノセイバーを代表し、クオン・サイガが君達の一騎打ち立会いをさせてもらう!細かいルールは必要ない——君達が思い残す事のない様……拳に魂を乗せて打ちあうがいい!では——」


 格闘家型フレームパイロットとして少年を鍛え上げて来た蒼き英雄も、それに応じんとする戦狼に最大限の敬意を表し——

 今……因果の邂逅の一幕——赤き勇者と灼銅の戦狼が、魂の拳を激突させる。


「……ルール無しのバーリトゥードゥ——始めっ!!」


『『うおおおおおおおっっっ!!!』』


 木星圏、水の衛星エウロパ小惑星帯宙域にて……二体のスーパーロボットが爆炎を纏いて交差した。

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