第123話 陰る蒼と、決意の戦狼



 宇宙人の楽園アル・カンデでの災害避難民受け入れが落ち着きを見せる頃。

 しばしの休暇を満喫する救いし者部隊クロノセイバーの内、新たに配備される兵装のテストとして……霊装セロの騎士を含むフレームパイロットらが軍本部より招集を受ける。


 未だメンテナンス中の旗艦に先立ち……来る有事を控えた軍部としても、早急に新兵装データ収集とロールアウトを済ませたい実情が存在していた。


『先にも話した様に、Ωオメガに追加される兵装はデータ収集と調整にそれなりの時間を要する。と言う事で、先んじてその支援部隊——キルス隊をΩオメガフォース隊……ラグレア隊をΑアルファフォース隊とし——』


『それぞれの尉官である、サイガ大尉と神倶羅かぐら大尉を中心とした二部隊編成を基本に――新型兵装データ収集を兼ねた模擬戦闘を開始する!』


「「了解っ!」」


 通信により、旗艦指令月読の号令が模擬戦参加陣営へ飛ぶ。

 新兵装導入にあたり、充実した戦力へさらなる汎用性を与えるため蒼き英雄クオン赤のサポート大尉綾奈を中心に部隊を編成——

 軍部内でも想定された、かの漆黒が指揮する部隊ザガー・カルツの正規部隊及び傭兵隊への備えとしたのだ。


 加えて——

 国際救助任務専用の電撃救命部隊編成として Αフォース隊へ救急救命隊【救いの御手セイバー・ハンズ】を配する事で、救急救命活動時に於ける女神らの安全確保徹底がなされた。

 その Αフォース隊は、暫く充分な部隊活動が無かった事もあり……優先的に実践段階での調整を兼ねた模擬戦が行われていた。


 模擬戦が行われるそこは楽園生活重力圏内——三衛星の軌道共鳴危険時刻も過ぎ、軍事演習可能となった宙域。

 赤き霊機Α・フレームがそこで舞い……競り合っていた。


『どうしたの、この格闘バカ!足元がお留守になってるわよっ!』


「くっ……ヤバイっすよアシュリーさん!その機体——どんだけトンデモカスタムしたんすかっ!?」


『落ち着きなさい、いつき君。でもまあ……ちょっとトンデモ性能な所は認めるわ。ヤバイわねそれ。』


 宙域を所狭しと舞うは、宇宙戦用の外部スラスターユニットを装備し――且つこれまでの戦闘で弾き出されたデータを反映させ……対宇宙格闘戦用機体へと特化した赤き霊機Α・フレーム

 対するは——


『あーあー、聞こえますか?アシュリー大尉!こちら旗條きじょう……旗條きじょう・ディスケスで——』


『いや、そう言うのはいいから!?ちゃっちゃとデータ寄越しなさいな!確かにこいつ……Εイプシロン・フレーム シグムント=ヒュレイカ——只でさえ高性能な所にとんだカスタムをかましてくれたわねっ!』


『お褒めに預かり恐悦至極——』


『語尾の「っす」は止めろ!!』


『そ、それは無茶っす!?』


 男の娘大尉アシュリー破天荒皇子紅真より勲章を賜って以降……すでに彼女の面目は躍如されたとして——整備T全面協力の元、彼女へ配されたのがあの議長閣下より託された機体。

 元来ラグレア隊へ全機配備予定であった、Εイプシロン・フレーム シグムント=ヒュレイカだ。


 そこへ、整備Tから華々しい躍進を遂げた旗條きじょう・ディスケス准尉が施したカスタムにより——最早手の付けられぬジャジャ馬と化したのが、男の娘大尉専用機体〈ヒュレイカ・ジェイダイト〉である。

 目に余る程のジャジャ馬ぶりはまさに彼女の専用機に相応しく——すでに赤き霊機Α・フレームを乗りこなす勇者をして、相手をしあぐねる事態へと陥っていた。


 ジャジャ馬な所もさる事ながら、 Ωフォース隊と共用装備として各機体が纏うカラーリング——〈ミストラルシーリング〉と称される極薄のナノマシンフィールドを形成するそれが、色味を帯びてコーティングされる。

 機体色として Ωフォース隊は軍機用グリーンに加え各種可動関節部へディープブルーを……そして Αフォース隊には薄い桜色をベースに可動関節部へディープレッドを配する。


 その中にあって、専用機である男の娘大尉の〈ヒュレイカ・ジェイダイト〉は彼女専用カラーとして翡翠色を機体に纏っていた。


『双銃打突部位は、格闘戦用に特殊設計した強化人工オリハルコン製っす!T・Aテスラ・アサルトの間にあわせ装備から比べれば段違いのはずっすよ!』


『良いわね、この感触!感覚が——』


『……聞こえてるっすからね、アシュリーさん!?そんな個人的感情で訓練はダメっす!』


『あーもう!五月蝿いわね!気が散るじゃないのよ!』


『『そこまで言うっすか!?』』


 専用機体に専用武装。

 近接格闘をこなす事の叶う双銃が振り抜かれる度、赤き霊機Α・フレームが防戦一方のまま演習宙域より押し出されて行く。

 しかしその状況は、以前のデモンストレーションの時とはまるで違っていた。


 そう——今の男の娘大尉は憎悪や殺意が鳴りを潜めた、戦士の研ぎ澄まされたこころざしで模擬戦に挑んでいる。

 故の劇的に向上した一撃一撃の精度……さらにはジャジャ馬の性能が上乗せされた攻撃が襲い来ているのだ。


 炎陽の勇者とて、確実に霊機乗りとしての技術と経験を積み上げて来ているはずだが——その彼ですらも以前を上回る劣勢に立たされていたのだ。


「機体の性能は折り紙付きとして……肝心の彼女の心根は、大きく変化したと見ていいようだな。それに——」


「はい……ディスケス准尉は整備Tでもあのマケディ軍曹に着いて手解きを受けた身。腕は確かと、軍曹より推薦された所です。」


 赤き霊機Α・フレームと Αフォース隊を優先しての戦力強化にあたるため——

 宙域を一望出来る観測艇へ詰める旗艦指令月読蒼き英雄クオンは、眼前で繰り広げられる目の覚めるような模擬戦闘へ確かな手応えを感じていた。


 それは男の娘大尉の目に見える変化だけではない……彼女を支える様に整備Tからのし上がり、現機動兵装データ管理担当となった気鋭の准尉旗條——その新たなるブリッジクルーへの羨望も含まれているのだ。


「……一先ずこちらはこれで良しとしてだ——クオン……メレーデン少尉の精神状態が悪化しているそうだな?そちらは看過できん状況だぞ?」


 眼前の成果はすでに憂う所では無い。

 無いが——憂いは


 旗艦指令の言葉へ僅かに眉根を寄せた蒼き英雄……それを視認した指令も、そこへ予断出来ぬ事態を悟る。

 しかし言葉を選びかねる英雄へ、それ以上の言葉を控えた指令は再び模擬戦闘評価をと視線を演習宙域へ戻した。

 事は重大——だが未だそれを好転させる要因が不足している事を……彼らの行動が物語る。



 そして——

 蒼き霊機が孕んだ憂いの浸蝕は……——急展開を迎える事となる。


 それは……遥か最大の衛星カリスト宙域から——



》》》》



「……アー……ガスさん!?な……ぜ、こんな——」


「悪りぃな。ちょっと気絶して貰うだけだ——それにもう会う事もねぇってやつだ。」


 思考した時には身体が動いていた。

 行動を起こした以上、俺はもうここに戻ってくる事も出来ない——いや、戻る必要なんてないな。


 今の俺には奴と——赤き炎を背負って拳をかざす勇者……紅円寺 斎こうえんじ いつきと戦う事しか頭に存在しいていない。

 もう他の事が頭に入ってこねぇぐらいだ。


「(何のつもりだ、テメェ。それを報告して自分の株でも——)」


「(案ずる事などない——隊長より、それが確認されたら放って置けばいいと指示を受けている。だからこちらの憂いを払うために、私個人の意志で手を貸すだけだ。)」


「(……あのイケ好かない隊長の考えそうなこったな。)」


 俺にその意思が巡った頃合いを見計らったかの様な、ユミークルからの——だがそれが隊長の計算にすら加味されてる事態に嫌気がさす。


 つまりは……だった訳だ。


「ならばもう一々思考する事もねぇってやつだ……ユミークルの奴が俺の名を記した挑戦状を記録用ドローンに載せ、楽園宙域へ飛ばしてくれた。」


と吐いてた俺が、これじゃじゃねぇか。ならばもう——心残りなんてねぇ——」


 格納庫で当直に当たっていた、隊長を心酔して止まない整備クルーを昏倒させた俺はその足で臥双ガソウへ乗り込み——強引に起動させた機体で拘束アームを引き千切る。

 突然の事態で慌てふためく整備クルーには配慮する間もない訳で……まあせめてそれがおっ死なねえ所に千切れたハンガーを放り投げた。


 多分ユミークルの仕業だろうが、俺に合わせた様に格納庫ハッチが解放……せめてもの配慮でクルーが船外活動服で無重力調整していたタイミングを狙った俺は——

 取り敢えず旗艦での死者を出す事もなく、漆黒の闇に紛れて機体を飛ばす事に成功する。



 目指すはエウロパ宙域外縁、小規模小惑星帯。

 伸るか反るかのワンチャンス——恐らく勝っても負けても俺は奴らに拘束される。

 けど——それだけの価値がこの出奔にはある。


 あいつとの——赤き炎陽の勇者との一騎打ちと言う、テメェの全てを賭けた大勝負のための……

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