第121話 躍進、支える者達



「……っ!?指令、そりゃ本当ですかい!?旗條きじょうをブリッジにって——」


『ああ、嘘も何もない。これはクオンが艦を降りる際言伝ことづてていった件だ。現状艦内に於ける兵装データ収集を担当する者があの宇津原うづはら少尉だった事もあり、人材が不足している。』


「ちょっ……りょ、了解であります指令!おいっ、旗條きじょう……一大事だ!お前、ブリッジへ上がる許可が下りたぞっ!」


「へ……?ふぉっ!?マジスカっっ!?」


 それは整備T一同が受勲式から後、待ち侘びた下艦しての休息を命じられた頃の事。

 急遽舞い込んだのは整備T新進気鋭 旗條きじょう・ディスケスへの昇進報告であった。

 常に現場には冷静に事にあたる事で有名な……——そのイカツイ軍曹マケディが慌てふためく様は、整備Tでも珍しい事態。

 慌てた口調のまますぐさま気鋭の若衆旗條を呼び付ける。


 昇進報告を受けし当人も、何が起きたか訳の分からぬままイカツイ軍曹そばへと駆け寄った。


 整備T総出で軍部施設近隣施設へ出向き、久しぶりとなる仮初めの大地を満喫する中——揃って缶コーヒーをすすっていた二人が携帯端末へ釘付けとなる。


『軍上層部との協議が長引き、受勲式での発表に間に合わずに申し訳がない。が……後日改めて伍長へは正式に通達する。』


『――という訳で、乗艦に合わせた準備を怠らぬ様に。……くれぐれも間違う事のない様にな?旗條きじょう・ディスケス。』


「は……ハイっす!了解っす!マジでありがたい——」


「こんのバカヤローっ!?仮にもブリッジに上がる男が、騒いでんじゃねえっ!まともに復唱しねぇかっ!」


「いでっ!?痛いっす、軍曹!」


『ははっ、構わんさ。あの紅円寺こうえんじ少尉とて、最初は慣れずにその口調で任務をこなしていた——昇進に似合う成果を上げられるならば、その程度は些細な事。では今はしばし、貴重な休息を楽しみ給え。』


 まさに朗報。

 兵装データを取り扱う都合上、まさかの伍長からありえない飛び昇級で騒然となる二人。

 新鋭の若衆が放つ炎陽の勇者ばりの「っす」な語尾に、イカツイ軍曹も興奮のままバシバシと背中をしばき倒して訂正をうながす。

 整備Tにとっては棚から牡丹餅ぼたもち……軍曹としても、やる気がたぎる若衆が邁進する姿は己の事の様に喜びを得る所。

 だが——から上がるのは、只の昇進とは話が違った。


 そこへ裏切りの少尉が関わるとは言え、軍曹にとっては歓喜に打ち震える様な出来事なのだ。


「おい、旗條きじょう……今は休息を命令された時期だ!次に乗艦すればいつになるか——なら今から整備T全員呼びつけ、テメェの昇進祝いをおっ始めるぞコノヤローッッ!!」


「お……俺、マジ嬉しいっす!感激で涙出そうっす!良いんすか、俺のためにそんな——」


「ふざけんなよテメェ……こんなデケェ夢の一歩——男として逃す手があるか!後々の仕事にも兵装データ管理管制なら対して影響しねぇ……っと、おい俺だ!今すぐ整備Tを全員集合させろっ——」


「嬉しい一大事だ……今から軍部側商業区画の飲み屋〈宇宙そらの炭屋〉で、旗條きじょうの昇進祝いをぶちかますぞっ!」


 もはや上がったテンションが止まる事を知らぬイカツイ軍曹が、旗艦指令月読の連絡終了を見るや……すぐさま全整備Tへの連絡を取り問答無用の全員招集を掛ける。

 かの男の娘大尉アシュリーが駆る機体へ並々ならぬたぎりを見せていた若き新鋭への、溢れる羨望を乗せて——


 当の昇進確定の本人を引きる様に、急遽用立てた祝杯場所へと突撃して行くのであった。



》》》》



 整備Tの新鋭へ朗報が届いたのと同じ頃——

 旗艦の花形側ブリッジクルーの女性陣は、休息を命じられるも……その行為に躊躇ちゅうちょする。

 久方ぶりのまとまった休みは望む所である女性陣にしては、珍しく迷いが生じていた。


「確かにイクス・トリムは救済したけど……ねぇ。まだあんなに避難民がアル・カンデに溢れてるのに……。」


「ホンマやね、グレーノンはん。ウチら部隊の人間だけが休息って……悪い気がしてならへんわ。」


「……グレーノンにしちゃ珍しいわね。まあ一理あるけど。」


 ブリッジの花達が躊躇ちゅうちょする要因——それは差し当たって、彼女らの視界に映る溢れ返る避難民が関係していた。

 言うに及ばず、現在部隊から妖艶な名女医ローナらが避難民ケアに駆り出された状況下であり……嬉々として休暇を楽しめる雰囲気ではなかったのだ。


 そんな女性陣を押し出す様に商業区画へ足を進めるのは——


「大丈夫だよ、みんな。ボク達は何も今まで遊んでた訳じゃないんだ。あの過酷な救済任務を終えた後の今——そこまで彼らも狭い心を持ち合わせてはいないはずだよ?。」


 性同一の少女である少年、片梨かたなし軍曹である。

 さらにその後ろに居並ぶ影が、追加の言葉を続けたのだが……むしろ言葉を発した人物に仰天する女性陣が立ち尽くした。


片梨かたなし軍曹の言う通り。君達は過酷な任務後の休暇を指令よりたまわっている。そこへ遠慮の必要など——」


「……あのっ!?ハイデンベルグ少佐!?我々は——」


「——ふぅ……その名は有事に使用するコードネームでもある。通常は操舵士として詰めている身――今はロイックで構わない。」


 女性陣が仰天を顕とした人物は、あの内通者であった反意の少尉を追い詰めた諜報部所属——正式名 ロイック・フリーマン・ハイデンベルグ少佐であった。

 内通者の件詳細をすでに軍上層部へ提示した彼は、基本ブリッジクルーとして乗艦している故……あくまで操舵士としての行動に終始していた。


 今までのクルー内では、いたずらに女性への……特に上層に属する者へのへつらいが目に余る女たらし——おおよそそれが彼女らの認識の範疇であった。

 が……旗艦指令月読からその真意を聞かされた彼女らは、すでに彼に対しての認識を変更せざるを得ない状況となる。


 諜報部少佐ロイックは要人——取り分け宇宙人の楽園アル・カンデ含む上層の権力者大半を女性が占めていた事もあり……詰まる所その護衛を担っていたと言うのが実情。

 彼が持つ諜報部所属と言う事実をまざまざと見せ付ける様な、何人にも悟らせぬわざ——ブリッジクルーはまんまとそれに翻弄された次第である。


 未だ唖然と立ち尽くす女性陣を、少女な少年軍曹勇也諜報部少佐ロイックが先導する様に前に出たのを見やり……階級へ過剰反応しギクシャクする真面目系曹長ミューダスが、ふと疑問を提示した。


「あの……少佐殿!その——随分片梨かたなし軍曹と気兼ねない感じがするのですが、お二人は——」


 提示された疑問に少佐と軍曹が顔を見合わせ、その経緯が少佐より語られる。


「それほど込み入った理由などはないさ。ただ個人として尊敬している——そう捉えてくれれば構わない。」


 言葉も多くは語られず……しかし少佐が持つ紳士道が、紛う事なき本物と得るに足る。

 少佐はと評した。

 即ち、それを何より尊重する——であったのだ。


 そして……と言う言葉に僅かに頬を赤らめた少女な少年軍曹。

 見逃す女性陣ではなかった。


「……えっ?あれ?勇也ちゃん……——!?」


「翔子、声デカイ……。」


 年齢はやはり一回り以上離れた少佐と軍曹——紅潮した頬の内訳はと言うよりはに近かった。

 だが、そんな些細な内訳など吹き飛ばす衝撃が女性陣を襲う。


 ブリッジクルー女性陣にとって、己の性同一に悩む同僚の恋路の行方は何よりも憂いを孕んでいたから。

 性同一へ一権利を認められた世界とは言え……当たり前の恋路を辿れる者が、一体どれ程の数存在するだろう——

 しかし察したその訪れは、女性陣に取って歓喜に打ち震えるに足る出来事であったのだ。


「少佐!失礼を承知で提案、宜しいですか!?これは勇也ちゃんにとっての素敵な一大事——遅ればせながら、これから勇也ちゃんをお祝いする席に同行して頂きたいと!」


「ちょっ!?グレーノンはん、なんもそう決まったわけやあらへんねんで!?確かにこう……勇也ちゃんもその——さっきから視線がヨソヨソしいけど……。」


「……彼女が君達に慕われているのは僥倖ぎょうこうだ。是非便乗させて貰おう。」


「「「まさかの少佐が乗って来た!?」」」


「いえっ、あの……少佐——ボクが恥ずかしいのですが……。」


 女性陣に火が付いた。

 こと色恋沙汰には敏感に反応する彼女らだが……すでにたかぶる興奮が暴走した様に事を推し進める。

 今しがた、思考していたはずであるが——


「そうと決まれば私良い所知ってるわよっ!?一番近場な軍部側商業区画の飲み屋〈宇宙そらの炭屋〉……そこで祝杯よっ!」


「こらーっ!?グレーノンさん強引だよっ!?」


「ええからええから!さあ勇也ちゃん、もう今日はウチら……あんたを離さへんで~~。」


「しょ……少佐!?何とか言って——あーー……——」


 もはやノリノリである。

 通信手の軍曹翔子にむんずと掴まれた少女な少年軍曹は、唐突に訪れた恋模様を祝う席へと引きられ……僅かに緩んだ表情の諜報部少佐が後に続く。


 そして——

 彼女らが提示した祝杯場所である〈宇宙そらの炭屋〉にて——


「「あっ……。」」


 同じく気鋭の若衆旗條昇進祝いのために訪れた整備Tと、見事に顔を付き合わせる事となったブリッジクルーの女性陣。

 そうして結局は——飲めや歌えの宴会イッツ・パーリィー騒ぎへ辿り着き……誰とも言わず吹き出した救済部隊の英雄達であった。

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