第120話 英雄達の羽休め



 受勲式を終えた俺達は緊張覚めやらぬ体で、会場を後にした頃――ようやっと訪れた本格的な休息のためC・T・O施設外縁の野外開放区画へ向かう。

 学園から友人達を迎えに来る移送車両が着くまで、また離れ離れになる皆と軽く軽食を取ってくればいいとのクオンさんの計らいのままそこに出向いたんだ。


 軍部と民間との交流地点でもある区画。

 ちょっとしたファストフード店が軒を連ね、そこに並ぶテーブルを囲む様に部員仲間と……さらにもう一名が足を運んでいた。

 それは言うに及ばず、ウチの部員が作戦中お世話になったアシュリーさんだ。


 そう……いろいろと部員が世話になった事とか、お礼などをと思っていたんだけど――


「私が……翡翠色の救済者セイバー・オブ・ジェイダイト――」


「あのー……おーい。アシュリーさーーん――おーい、聞こえてるかーー?」


 皆が勲章を授与される中で、アシュリーさんの立ち位置は微妙であり――そもそも彼女があそこに呼ばれた時点で疑問が過ぎっていた俺。

 確かに彼女はソシャール救済に大いに貢献したけど……その前に本来なら軍法会議でも重罰物の事態を引き起こし――あまつさえ、演習で己が搭乗する機体すら大破に追い込んでいたんだ。


 あの破天荒で知られる皇子殿下の采配で、重罰を逃れられたものの……直後にクオンさんから現場指揮官判断による処置として営巣入り三日間を言い渡されていた。

 そう考えれば、あの受勲式の壇上に上がる事すらなかったはずなんだ。


 それが何がどうしてそうなったのか――アシュリーさんはまさかの皇子殿下から、直接特別勲章を授かる事となり……結果がご覧の有様だった。


 けれど内心では、その勲章がどんな意味を持つかを直感で理解していた。

 当然だ――勲章の文字へつづられるのはジェイダイトの羅列。

 しかしそこへ繋がるスペルは〈〉ではない〈〉。


 それを耳にし……彼女の過去を知りえてしかるべき人物なら――それがどれほど深い意味を持つか分からないはずはない。

 詰まる所それは、クオンさんがアシュリーさんの行く末を憂慮した結果であり……彼女と共に歩む部隊の誰もが願うべき未来への足掛かりだったんだ。


 そんな思考を宿しつつも、完全に想定外の事態で先輩大尉へ……一向に俺の言葉が届かないため——

 止む無く皆へ食事を先に促す事にする。


「みんなごめんな……(汗)ご覧の通りアシュリーさんがこの調子で、会話もままならねーみたいだし——まあここは、一先ず来た食事を堪能しようや。」


「おふっ?ほうふっふぇるふぉもう食ってるぞ?」


「お前は節操なしかよケンヤ……(汗)まあそれはいいとして——」


 すでにテーブル上に運ばれた軽食——サンドイッチに山盛りポテト。

 誰が頼んだのかタピオカスイーツまで並ぶ。

 犯人は女子メンツしか考えられないけど……。


 それらを食す前に俺からの謝意も送って置こうとしたら、こっちの気持ちを面白い意味であざ笑うケンヤの節操なさで苦笑が溢れた。

 上官である人物への礼を返す——今では俺自身も部隊所属故に当たり前になっていた行いが、そこまで察しきれないウチの友人達との僅かなギャップを生み……けれどそれはみんなとの距離間ではなく自分の成長と感じられた。


 ここまでの心持ちを持てたのはまがう事なくクオンさんと言う、史上稀に見る先達者がいたからだと誇らしく思える。

 と、浮かんだ雄々しき上官であればこんな場合決して忘れる事はないであろう——尽力してくれた全ての者への労わりと謝意を、英雄にならい送る事にしよう。


「ソシャールを押し戻そうとした時の、ケンヤと志奈ちゃんの声……すごく心強かった。それに——最初のゆずちゃんの行動と、良太の決死の挑戦……同じ部活にみんながいてくれて本当に良かったと思ってる。」


「ありがとう……武術部の誇らしき友人達。」


 今まで慣れ親しんだ俺の突然の行動で、皆も面食らった顔でこちらを見ている。

 けどこれで良いんだ。

 俺が背を追いかけた蒼き英雄は、それを恥じる事なく行動に移していた。

 手を借りなければ事を成せぬからこそ、全力で協力を依頼し——事の成功如何に関わらず……手を差し出してくれた全ての者への心より労わりと謝意を送る。


 きっとこんな当たり前の事がおろそかになるから、人は人同士でいがみ合い……果ては暴力と言う凶器を振りかざすんだと——心の底に刻まれた。

 だからこそ——俺はこんな素晴らしい友人達の代表として、この正義の拳を曇らせる訳には行かない。

 宿した真摯なる思いを、下げたこうべに込めた俺を……少し呆然と見ていた友人達は誰からともなく笑い合い——


「「「どういたしまして!」」」


 恐らくユルユルな部活の時では成し得なかっただろう、心地よい一体感に包まれる事となる。


 そして——いつの間にか自分の世界から戻って来ていたアシュリーさんが、天を見上げる様に俺達へ賞賛を送ってくれていたのには……俺も気付く事なくその時間を過ごす事となったんだ。



》》》》



「エーユー殿、お疲れ様なのだ!本日の医務ブモンへのごヨージは、どんなごヨーケンなのだ?」


「用事と要件は近い意味だな。重ねる事はないぞ?モアチャイ伍長。」


「それなのだ!」


「む……大尉殿。此度は大変だったようですね。」


「リヒテン軍曹は今まさに、避難民支援への大変さが覗えるな。君も無理はしないようにな?」


 荒事続きで随分久方ぶりになってしまった、かのコルブラント切ってのマスコット嬢——モアチャイ伍長は現在艦を降り、リヒテン軍曹とローナと共に本部医療施設へ詰めていた。

 流石にイクス・トリムの居住人口プラス祭典観客と言う、一万を数える避難民への救済後ケアに対し軍部医療班では手に余る事となり——

 楽園各地の医療施設への応援を要請……当然、旗艦に搭乗していたプロフェッショナルへも白羽の矢が立った訳だ。


 ごった返す軍部では各要人客間を解放し、到着を見た各地の医療班が交代制でケアに従事する。

 避難民で溢れ返る軍施設は、流石にその人数故客間では事足らず……会議室からレクリエーション施設全てを解放し——可能な限り避難民の心が癒える様に軍部で取り計らっていた。


「モアチャイ伍長もお疲れ様だな。どうだ、避難民の方々へのケアは行き届いているか?」


「万事滞りナシ、なのだ!皆さんとっても!」


「まあ、そこはな気もしないでも無いが(汗)程々で交代する様にな?」


「ありがとーなのだ!流石はエーユー殿……ハイリョ、なのだ!」


「それはだな。」


「はっ!?またやってしまったのだ!ガクシュウ、ガクシュウなのだ!」


 ローナの補助として動き回る幼き妖精の姿は、その健気さだけでも避難民の心を癒す効果をもたらし——それを知ってか知らずか……伍長もいつに無く張り切っていた。

 だがいつもの通り、根を詰め過ぎれば幼き体が悲鳴をあげる為……加減を提示して置こう。


 その小さな名医を見やる視線から、避難民の人だかり周辺を見渡し——


「ところでローナはこっちには来ていないのか?二人がいるならとこちらを当たったんだが——」


「ローナなら今、小っちゃいシャロシャロ殿と避難民さんへのケンコーシンダン中なのだ?ピチカが呼んでくるのだ?イカガなさるか、なのだ?」


「む……ピチカ、シャロシャロとは流石に中尉殿に失礼が――」


 小さな看護師候補の言葉と、少し慌てた様に取り乱す軍曹の姿で思わず失笑が漏れた。

 あの中尉殿の事だ——ピチカの小っちゃい表現にはさしもの彼女も憤慨する事はないだろうけれど、シャロシャロ殿なる呼称は想像していなかった。

 シャム・シャーロットを略した感じで、……何ともピチカらしさが発揮された訳だ。


「ああ、モアチャイ伍長は自分の仕事に従事してくれ。その上で休息も挟む様に。」


「リョーカイなのだ!エーユー殿、チコーよれー。」


「大尉殿は相変わらずピチカの扱いに慣れておられる。」


「それは褒め言葉か(汗)?だが彼女がいると君も心が休まるだろう?」


「む……その意見には同感です。」


 そして定番でもある、近う寄れと言いつつ擦り寄って来る伍長の頭を優しく撫で上げる。

 程なく僅かに頭を下げる宴黙が服を着た様な軍曹と、パタパタ手を振り返して医療支援へと向かう伍長を尻目に——

 見渡す先に、小さくも凛々しき影と居並ぶ只ならぬ妖艶なオーラを放つ影を見た。


 まあ……そこに並ぶ避難民が、この際彼等の心を大尉が癒してくれていると見逃すとして——向かう足取りの中少し気持ちを切り替える。


 かく言う彼女を訪ねる理由は、今最も懸念すべき事態——Ωオメガパートナーであるジーナについての件相談を持ちかけるため。

 そう——自分としては最大限、……そのつもりだったんだ。


 彼女のために心を割き、Ωオメガパートナーへの配慮と言う思考で動く。

 そんな自分に生まれた、——その時点では気付くことさえなかったんだ。

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