第117話 血塗られた過去の呪縛は、深淵の歌声



 イクス・トリム救済と言う偉業。

 歴史上類を見ない部隊の総力を挙げた救済作戦。

 赤き勇者と呼ばれたいつき君に、蒼き英雄であり——私が何度も説得を試み……ようやく部隊へ戻って来てくれたクオンさんの活躍が奇跡の偉業成功を引き寄せた。


 私はC・T・Oに配属されてクオンさんの人となりを知り——蒼きいにしえを内包する巨人、Ωオメガフレームに憧れた。

 そもそもそれが、クオンさんを部隊に呼び戻したいと思った要因でもあるけれど——


 ——今心にあるのは、焦りと……増大する不安。


 クオンさんが宇宙人そらびと社会でも類を見ぬ重度の身障者である事は、個人データで確認していた。

 身障者と言っても彼の症状は、実の所宇宙人そらびとの中では生命活動の全てにおいて極めて低く評価されるも――あの然したる差も無かった。

 つまりは身障者の身であるクオンさんの立ち位置は、地上出身のと言う事でもあった。


 だからこそ私は彼に憧れた。

 宇宙そらに上がり目にする宇宙人そらびとの誰しもが、私の生命活動に於ける基礎能力をことごとく凌駕する世界――息苦しいなんてものではなかった。

 そんな私はクオンさんを同列――同じスタートラインに立っていると思ったからこそ憧れたんだ。


 けど――最初の出会いで負の面を覗かせるも立ち上がった彼。

 その後の彼は、私の想像を遥かに凌ぐ邁進を続けた。


 置き去りにする様な勢いで――

 気が付いた時には……近世時代に於ける奇跡の覚醒を遂げていた。


 ――私を……地上の呪われた呪縛に囚われたままの私を、後方の彼方へと置き去りにして――



》》》》



「あれ?これ何度目だろ……。また入力ミスだ。」


 奇跡の偉業を成した救いし者部隊クロノセイバーは、またしても訪れた事態の対応のため――宇宙人の楽園アル・カンデへのとんぼ返りを食らわされていた。

 しかし今回の事例は、を同時に引っさげての帰還――

 奇跡の偉業を成した事を祝おうにも、悪い報である内通者の反意と離反と言う事態が足を引っ張り……対応として緊急招集が掛かると言う混迷の渦中に放り込まれる。


 すでにその緊急招集に際し、剣を模した旗艦コル・ブラントが楽園外部ドックソシャールへ向かう頃――各霊装機セロ・フレームパイロット含む部隊員は、各々の任に於ける持ち場確認を行いつつ待機を命じられる。


 そんな中……一人蒼き霊機Ω・フレームのサブコックピット内へ閉じこもるのは、ブロンド少女ジーナ――奇跡の偉業を成すため他の霊機パイロットらが重要任務に奔走する中、待機任務で蚊帳の外を食らった少女は一人機体調整に明け暮れる。


 だが――

 先ほどから、幾度と無く調整のために打ち込んだデータ入力へ誤入力の山を刻んでいた。

 傍目からしても異常な乱れ振りは、彼女が蒼き霊機専門である事すらも無き物にする。


『ジーナ、根を詰めすぎるな。一応今は休息を厳命されている時間だ……一度Ωオメガから降りたらどうだ?』


「……あっ、クオンさん。って——えっ!?もうこんな時間!?すみません、すぐに降ります!」


 機体調整状況の一部始終はシステム上外部とリンク状態であり、格納庫の一室にある整備T所掌のモニタリングルームでも状況を把握できる。

 そのモニターを確認したイカツイ整備長マケディが、未だ調整から上がらないブロンド少女を慮り蒼き英雄クオンを呼び付けていた。


 突然響く通信で慌てた様に蒼き霊機Ω・フレームから降りた少女は、モニタリング室に詰めていたイカツイ整備長と隣り合う蒼き英雄へ……余所余所しさを仄かに匂わせる視線を送り、思い出した様に敬礼を返すと——

 そのまま会話も無く己が休憩へと早足で向かってしまった。


「クオンよう……ジーナ嬢ちゃん、最近おかしくはねぇか?」


「マケディ軍曹にもそう見えるか。今のジーナは違和感が其処彼処に漏れ出している……オレの方でも彼女への配慮を重きに置いているけど——状況によってはローナへまた相談を持ち掛けるつもりだ。」


「そうしろ。嬢ちゃんの仕事は、Ωオメガという名のブラックボックスの塊を常に万全に保つ事——その過酷さはお前さんが一番よく知ってるだろ?きちんと嬢ちゃんを労ってやれよ?」


優先的にな。」


 が——英雄が抱く違和感は整備長も察しており……同意の言葉に加え、釘を刺す様な追加項目まで提示した。

 返す言葉もない突っ込みに苦笑しか浮かばぬ英雄も、嘆息気味に首肯する。


 当然その行為こそが、救いし者部隊クロノセイバーの起死回生に於ける一手となり……結果不利と思える状況を、巻き返しての勝利を重ねて来たのは事実であり――

 イカツイ整備長も守られる側だからこそ知り得ていた。

 最前線で戦う者を後方より客観的に観察しての忠告であった。


「……軍曹にはまた借りを作りそうだな。ありがとう——その忠告を心に刻んでおくよ。」


「気にすんな。そいつはウチの若いの——あの相殺しといてやる。」


 救いし者部隊クロノセイバーがまだC・T・Oから独立した機関となる前。

 蒼き英雄が再起するための道を開けたのは、他でも無いイカツイ軍曹。

 ならばと軍曹もそれを返すための案として、男の娘大尉アシュリーの機体に情熱をほとばしらせる若き新鋭の未来を英雄へ委ねる。

 例え活躍の舞台が、最前線とそれを支える裏方ほどに離れていたとしても……持ちつ持たれつこそが救いし者部隊クロノセイバーを構成する強さでもあった。


 それだけに——

 裏切りの少尉シノ離反と、蒼き霊機Ω・フレームの要でもあるブロンド少女ジーナの只ならぬ異変は……部隊への目に見える大きなダメージとなって後々へと影響して行くのであった。



》》》》



 最大の衛星カリストより遥か外縁にて未だ羽を顰める禁忌の怪鳥フレスベルグ内。

 裏切りの電脳姫ユミークルから齎された情報に対する対応を巡らせる漆黒の嘲笑ヒュビネット

 上がる口角そのままに、凶鳥格納庫へと足を向ける。


「隊長、お疲れ様です!わざわざご足労とは、こちらへ何かご用でしょうか?」


「スーパーハーミットの恒星間航行テストは上々だな。ちょうどユミークルと言う戦力補充のために役立った。だが今後……。」


「は!?いやしかし……こちらに彼女が帰還した際、すぐに搭乗する機体をと——た、隊長っ!?」


 凶鳥格納庫では——漆黒の指揮する部隊ザガー・カルツ整備クルーである青年が駆け寄り、珍しく現れた隊長が直々の指示をくれるものと期待し問うて来る。

 が、今後を見越しての準備であった電脳姫専用機体が……まさかのロールアウト撤回と言う指示に慌てふためく青年。


 そんな青年を一瞥した漆黒は、電脳姫が搭乗するはずであった機体へと向かう。

 眼前で準備されたそれを見やり……次いでその目で禁忌の怪鳥を——それこそ内から見るでは無い、神の目で見下ろす様な思考で見渡した。


 そして——


と言っただけだ……調整は続けておけ。但し——調整の際はこのフレスベルグのメインシステムとリンクさせて行え。」


「この機体は元々電子戦用の後方支援機体……だがあいつのは使える。それを活かすための調整だ。」


 放たれた言葉に絶句する青年。

 少なくとも青年は、漆黒が指揮する部隊ザガー・カルツ内でもそれなりの経験にて各機体へ関わる立ち位置であった。

 そんな青年が想像した漆黒の戦略は……言わば電脳姫が操る機体を介し、――正気を疑う行為だった。


 言葉を失う整備クルー青年を再び一瞥した漆黒は、口角を上げたままで補足を加える。


「あのブリュンヒルデがデータサンプルと、それに必要なシステムを構築した。万一、……旗艦を動かせる者不在では俺のゲーム所ではないからな。」


 整備クルー相手でさえゲームの下りを付け加える漆黒。

 しかしその言葉の羅列に、人ならざる少女ブリュンヒルデが隊を抜ける事態を仄めかしていた。


「りょ……了解しました!では、その様に!」


 しばし驚愕で言葉を失った整備クルーの青年も気合を新たに作業へと戻る。

 心酔したる者からの指示を待ち望んでいたかの様に。


 水を得た魚の如く、青年が配下の者であろう整備クルーへ伝令を飛ばす中……漆黒はきびすを返して格納庫を後にした。

 その足で人気のない長大な通路をさらに人気が感じられぬ旗艦の先端部、凶鳥の最前部となる展望区画へ向かい――

 展望施設へ辿りつくや漆黒は独りごちる。


「アーガスは、その目が醒めるも時間の問題。ブリュンヒルデは……まあ、あのユーテリスが付くならいずれは——」


「ならばそろそろ傭兵隊を呼び戻し……戦力を補充する必要があるな。さて——」


 その視線は火星は愚か、その先にある蒼き星……漆黒が心の底より絶望を覚えた地球を睨め付けていた。


ではすでに、。ならばあの——叶うと見て間違いないな。」


 睨め付ける視線で漏らす不穏は、最早木星圏に止まらぬ太陽系全土への危機すらも孕み——

 視線はそのまま懐から出した携帯端末より、その危機が現実となるかの予兆を……端末先の同志へと漆黒が解き放つ。


「こちらヒュビネット。バーゾベルは現在の任を終えて後速やかに、片付け……火星外縁アステロイド帯指定座標でこちらと合流せよ。その際、——」


——γガンマフレーム=デス・クロウズの搬入、準備も滞りなく進めて置け。」


 そう——ついに漆黒が……その手に持つ剣を振り下ろす準備を始めたのだ。

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