第117話 血塗られた過去の呪縛は、深淵の歌声
イクス・トリム救済と言う偉業。
歴史上類を見ない部隊の総力を挙げた救済作戦。
赤き勇者と呼ばれた
私はC・T・Oに配属されてクオンさんの人となりを知り——蒼き
そもそもそれが、クオンさんを部隊に呼び戻したいと思った要因でもあるけれど——
——今心にあるのは、焦りと……増大する不安。
クオンさんが
身障者と言っても彼の症状は、実の所
つまりは身障者の身であるクオンさんの立ち位置は、地上出身の私と大差ないと言う事でもあった。
だからこそ私は彼に憧れた。
そんな私はクオンさんを同列――同じスタートラインに立っていると思ったからこそ憧れたんだ。
けど――最初の出会いで負の面を覗かせるも立ち上がった彼。
その後の彼は、私の想像を遥かに凌ぐ邁進を続けた。
同列と思い込んでいた私を置き去りにする様な勢いで――
気が付いた時には……近世時代に於ける奇跡の覚醒を遂げていた。
――私を……地上の呪われた呪縛に囚われたままの私を、後方の彼方へと置き去りにして――
》》》》
「あれ?これ何度目だろ……。また入力ミスだ。」
奇跡の偉業を成した
しかし今回の事例は、良い報と悪い報を同時に引っさげての帰還――
奇跡の偉業を成した事を祝おうにも、悪い報である内通者の反意と離反と言う事態が足を引っ張り……対応として緊急招集が掛かると言う混迷の渦中に放り込まれる。
すでにその緊急招集に際し、
そんな中……一人
だが――
先ほどから乱れまくった精神が、幾度と無く調整のために打ち込んだデータ入力へ誤入力の山を刻んでいた。
傍目からしても異常な乱れ振りは、彼女が蒼き霊機専門である事すらも無き物にする。
『ジーナ、根を詰めすぎるな。一応今は休息を厳命されている時間だ……一度
「……あっ、クオンさん。って——えっ!?もうこんな時間!?すみません、すぐに降ります!」
機体調整状況の一部始終はシステム上外部とリンク状態であり、格納庫の一室にある整備T所掌のモニタリングルームでも状況を把握できる。
そのモニターを確認した
突然響く通信で慌てた様に
そのまま会話も無く己が休憩へと早足で向かってしまった。
「クオンよう……ジーナ嬢ちゃん、最近おかしくはねぇか?」
「マケディ軍曹にもそう見えるか。今のジーナは違和感が其処彼処に漏れ出している……オレの方でも彼女への配慮を重きに置いているけど——状況によってはローナへまた相談を持ち掛けるつもりだ。」
「そうしろ。嬢ちゃんの仕事は、
「敵さんに寝返った奴よりも優先的にな。」
が——英雄が抱く違和感は整備長も察しており……同意の言葉に加え、敵ばかりに塩を送り続ける英雄へ釘を刺す様な追加項目まで提示した。
返す言葉もない突っ込みに苦笑しか浮かばぬ英雄も、嘆息気味に首肯する。
当然その行為こそが、
イカツイ整備長も守られる側だからこそ知り得ていた。
最前線で戦う者を後方より客観的に観察しての忠告であった。
「……軍曹にはまた借りを作りそうだな。ありがとう——その忠告を心に刻んでおくよ。」
「気にすんな。そいつはウチの若いの——あの旗條の奴が昇進できた暁に相殺しといてやる。」
蒼き英雄が再起するための道を開けたのは、他でも無いイカツイ軍曹。
ならばと軍曹もそれを返すための案として、
例え活躍の舞台が、最前線とそれを支える裏方ほどに離れていたとしても……持ちつ持たれつこそが
それだけに——
》》》》
上がる口角そのままに、凶鳥格納庫へと足を向ける。
「隊長、お疲れ様です!わざわざご足労とは、こちらへ何かご用でしょうか?」
「スーパーハーミットの恒星間航行テストは上々だな。ちょうどユミークルと言う戦力補充のために役立った。だが今後……あいつの機体を整備する必要は無い。」
「は!?いやしかし……こちらに彼女が帰還した際、すぐに搭乗する機体をと——た、隊長っ!?」
凶鳥格納庫では——
が、今後を見越しての準備であった電脳姫専用機体が……まさかのロールアウト撤回と言う指示に慌てふためく青年。
そんな青年を一瞥した漆黒は、電脳姫が搭乗するはずであった機体へと向かう。
眼前で準備されたそれを見やり……次いでその目で禁忌の怪鳥を——それこそ内から見るでは無い、神の目で見下ろす様な思考で見渡した。
そして——
「整備の必要が無いと言っただけだ……調整は続けておけ。但し——調整の際はこのフレスベルグのメインシステムとリンクさせて行え。」
「この機体は元々電子戦用の後方支援機体……だがあいつのクロノセイバーに対する敵対心は使える。それを活かすための調整だ。」
放たれた言葉に絶句する青年。
少なくとも青年は、
そんな青年が想像した漆黒の戦略は……言わば電脳姫が操る機体を介し、本来ドールクラスの制御が必要不可欠である禁忌の怪鳥のメインシステム全制御――それを人の手で行おうと言う正気を疑う行為だった。
言葉を失う整備クルー青年を再び一瞥した漆黒は、口角を上げたままで補足を加える。
「あのブリュンヒルデがデータサンプルと、それに必要なシステムを構築した。万一、あの忘れられた人形が出奔した場合……旗艦を動かせる者不在では俺のゲーム所ではないからな。」
整備クルー相手でさえゲームの下りを付け加える漆黒。
しかしその言葉の羅列に、
「りょ……了解しました!では、その様に!」
しばし驚愕で言葉を失った整備クルーの青年も気合を新たに作業へと戻る。
心酔したる者からの指示を待ち望んでいたかの様に。
水を得た魚の如く、青年が配下の者であろう整備クルーへ伝令を飛ばす中……漆黒は
その足で人気のない長大な通路をさらに人気が感じられぬ旗艦の先端部、凶鳥の最前部となる展望区画へ向かい――
展望施設へ辿りつくや漆黒は独りごちる。
「アーガスは英雄の毒にやられ、その目が醒めるも時間の問題。ブリュンヒルデは……まあ、あのユーテリスが付くなら
「ならばそろそろ傭兵隊を呼び戻し……あちらからの戦力を補充する必要があるな。さて——」
その視線は火星は愚か、その先にある蒼き星……漆黒が心の底より絶望を覚えた地球を睨め付けていた。
「あちらではすでに、邪神の尖兵が審判を下すため動き出しただろう。ならばあの狡猾な邪神からの戦力補充も——叶うと見て間違いないな。」
睨め付ける視線で漏らす不穏は、最早木星圏に止まらぬ太陽系全土への危機すらも孕み——
視線はそのまま懐から出した携帯端末より、その危機が現実となるかの予兆を……端末先の同志へと漆黒が解き放つ。
「こちらヒュビネット。バーゾベルは現在の任を終えて後速やかに、残る例の件を片付け……火星外縁アステロイド帯指定座標でこちらと合流せよ。その際、邪神の部隊より不動とマサカー合流を待ち——」
「俺の機体——
そう——ついに漆黒が……その手に持つ剣を振り下ろす準備を始めたのだ。
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