第116話 偉業を支えし影の英雄



「このシェルターで最後だ!これを以って、宇宙災害避難民の移送完了とする!」


『こちらC・T・O本部……委細承知しました。シャーロット中尉、お疲れ様でした——以降はコル・ブラント側の指示に従って下さい。』


「ああ!被災民の心のケアもしっかりと頼むぞ!通信を終わる!」


 祭典の地イクス・トリムより避難した観客含む居住民が、被災民として宇宙人の楽園アル・カンデ……その防衛の要である軍本部へ引き渡され——

 最後の民移送を終えた救いの御手セイバー・ハンズ隊長……シャム・シャーロット中尉が通信を終了した頃。


 頃合と見た、救済艦隊指令 工藤大尉よりの労りが通信越しで投げられた。


『全ての民移送を終えた様だな中尉。今回の働きは、我らが経験した任務でも類を見ぬ程の救済活動——誠にご苦労だった。』


「ははっ!まさに此度の任は、救急救命隊冥利に尽きると言うもの……甚大な災害に瀕した民の心のケアは、通常の負傷者を救うのとは勝手が違う——」


「そこへクロノセイバーに於けるが成した偉業が、彼ら彼女らの心へ勇気を与えてくれていた様な物……だからこそ我らの負担も軽かったと言うものだ!」


『……中尉の言う通り。だとしても貴君らの活躍こそが、後々の民の心を支える要となる事——努努ゆめゆめ忘れる事がない様にな……中尉。』


「了解だ、工藤艦長!あと私は小ちゃくはないからな!」


 すでに定番となる小さな女神姉シャムの返しへ、苦笑であるが首肯する救命艦艦長工藤

 それを確認した女神姉は救いの機体をひるがえすと——妹少尉クリシャ含む救急救命隊を率いて旗艦への帰路を取る。


『お姉……隊長。今回の任務は今までに無い程に過酷でしたが——何とか切り抜けましたね。』


「クリシャ……お前、また今姉と——まあいい。しかし過酷さでは、私が受け持った任務でも一二を争う緊急事態……だがよく皆、この事態を切り抜けた!部隊代表としても鼻が高いぞ!」


 剣を模した旗艦コルブラントへの帰路の最中。

 小さくも大きな誇りと器を持つ女神姉が、救いの機体セイバー・レスキュリオモニターを通し……今の今まで任務に尽力した部隊の女神らへ賛美を贈る。


 任務に全てを賭ける女神らも、自分らの活躍は隊長あってこそと——その喉まで出かかるも……小さな隊長がその様な謙遜を好まぬのを知る故、甘んじてそれを聞き入れる。

 副隊長である妹少尉も部隊皆の苦笑をモニターで視野に入れつつ——彼女としても稀に見る一大任務を終えた感慨に浸っていた。


 程なく救いの機体レスキュリオ各機が剣を模した旗艦コル・ブラント——そこに内包される救命艦隊旗艦いかづちの格納庫へ順次着艦を見る。

 救命艦隊旗艦いかづち格納庫扉が開き、小さな女神姉を先頭に機体各所が折り畳まれると……母艦である聖剣とは比べるまでもなく極小の格納庫へ全機体収納を見る。

 その隊長機がハンガーに固定されると、小さな女神姉が機体ハッチを開け放ち——


「クリシャ!この後をお前に任せる……これだけの任務後だ——しっかり皆を休めておけ!」


「隊長?どこに行かれるのですか?」


「言わずもがなだ……工藤大尉の元に行く!今後の事で月読つくよみ指令との調整もある……任せたぞ!」


「(内通者の件……か。)では隊長の指示だ……各員これより休息に入る!疲れた体をしっかり労わる様に!」


「「「アイ、マム!」」」


 部隊員の休息諸々を妹少尉へ振ると、無重力の格納庫ハッチより重力調整部屋を経て——足早に救命艦艦長の元へと駆けた小さな女神姉。

 妹少尉も姉の行動の意図を読み解くと、己は任を熟すべきと動き—— 一万に登る民を救済した女神たちはささやかな休息へと向かう。

 その成長した凛々しき隊員達を尻目に小さな女神姉は、警戒態勢の呪縛から解放されたクルーらへの労りもそこそこに……救命隊旗艦ブリッジの電磁式扉をくぐった。


「早かったな、中尉。さっそくだが——」


「ああ、分かっている。内通者の件に於ける被害状況の確認だな。」


 それはソシャールの落下回避がなり、皆が安堵のまま任務完了を見るはずの僅かの時。

 内通者が放ったクラッキングによるサイバー攻撃が、救急救命艦隊に於ける救命情報の要……命を探す目イスタール・ヴィヴレード・オブザベーターである〈暁〉と命を探す耳イスタール・ヴィブレード・オブザベーター〈響〉——その両艦を初めとする救済艦隊設備面への影響調査とし、小さな女神姉が訪れていた。


「サイバー攻撃などと言う暴挙の影響が我ら艦隊へ及べば、命を救うべく組織された各艦——それがあって初めて救える、掛け替えのない命をすくい取る事も叶わなくなるからな。」


「艦長の意見、まさにだな。全く……あの英雄の決断とは言え、とんだ面倒事を抱えてくれたモノだ。」


「言うな、中尉。英雄が下す決断のおかげで、我らは。感謝こそすれ、とがめる事など出来はせぬ。」


 救急救命艦隊は未だかつて、表舞台へ出る事など無きに等しかった。

 それが蒼き英雄が宇宙に上がった事で手繰り寄せられた因果が、彼らを国際救助に尽力すると言う晴れ舞台へ導いたのだ。


 殊勝なる救命艦艦長も個人の思いとしては、救急救命に携わる者がわざわざ表舞台に出ずとも良いと考えるも……彼が重きを置く部隊の精鋭には晴れやかな活躍をと願っていた。


 それこそが彼の口にした言葉に含まれた意味であった。


「……艦長のその言葉——しかと心に刻む様、後でクリシャ含む隊員皆に伝えて——」


 救命艦艦橋で交わされる救いの英雄の会話。

 やり取りを行いつつ艦隊全域の状況把握をと、小さな女神姉が艦ブリッジでモニター群を睨め付けんとした。

 その最中——剣を模した旗艦コル・ブラントで内通者反意の異変が勃発。

 直後……救急救命艦隊全艦へも同様に響いた通信で、そこは戒厳令が引かれた様に空気が張り詰めた。


 だが、彼ら救いの御手セイバーハンズ部隊はあくまで人命救助を生業とする者達。

 その様な事態に対する手段を持ち得ない。

 張り詰めた空気に包まれながらも、事態が良い方向へ進む事を願うしかなかった。


 ——奇しくもその願いが裏切られる事になるのだが——



》》》》



 裏切りの少尉が反意を示して僅か後、彼女の最後の良心か——無傷のまま帰還した監督官へ、剣を模した旗艦コル・ブラントでは艦隊指令月読含む重鎮が安堵の表情で胸を撫で下ろしていた。


 すでに解除された緊急令……さらわれた人物の地位も関係し、急遽その中で楽園より上層の重鎮までもが要人用シャトルにて旗艦へ乗り付けていた。

 合わせて——祭典の地イクス・トリムの衛星軌道安定を確認した破天荒皇子紅真も、監督官令嬢リヴを案じて同行する。


 事態究明と、重鎮皆が艦橋へと押し寄せていた。


「監督官……お怪我はございませんか!我らクロノセイバーと言う者が付いていながら、大変な危険に巻き込んでしまい——」


「もう、指令様!心配をする時ぐらいはもっと、友人を案ずる様に接して頂けますか!?私は確かに重要な地位で、それ故の対応が求——みゃっ!?シバっ!?」


「はい~~シバなのです~~。ちょっとリヴも落ち着き下さい~~でないと、殿下直伝のほっぺたムニムニ攻撃を~~——」


「みゃぁぁっ!?やふぇ、やふぇふぇふひゃひゃい!ひふぁーー!?」


「――巻き込んでしまい……(汗)」


「ああ……すまぬの、月読よ(汗)ウチのシバは同じ星霊姫ドールである監督官へは、いつもこの様な対応となってしまうのじゃ。そこは容赦してくれ。」


 案じたままに出た言葉が監督嬢に遮られ……あまつさえその脇から現れた、監督嬢と同じ存在でもある破天荒皇子お付きのシバ・シルエイティ——

 彼女が皇子直伝ほっぺたムニムニを炸裂させるや、かの艦隊指令が嫌な汗と共に浮いてしまった。


「全く……肝を冷やしたぞ月読つくよみ。今フキアヘズ閣下が関係各所へ説明に走ってくれている——が、一先ずは監督官の無事が確認出来て何よりだ。」


「同感おす。宇津原うづはら——いえ、もう彼女はザガー・カルツのユミークル・ファゾアットおしたか……それが最後の約束だけは守ってくれた様おすから、そこは幸いとも言えますな。」


 次いで要人シャトルから駆け付けた本部指令天城楽園管理者水奈迦——いずれも監督官の無事な顔を確認し安堵を零す。

 そして眉根を寄せた関係者一同は、今回の事態を引き起こす引き金を作った者を一瞥した。


 が——


「今回はオレが講じた策に重大な落ち度がありました。無事とはい言え、監督官をこの様な危険に晒してしまい——」


「申し開きの余地もありません。」


 内通者を実質野放しにする策を組み上げた蒼き英雄クオンが……そこに一点の曇りなき面持ちで、真摯な謝罪の言葉と共にこうべを垂れた。

 そこに宿るはまさに、例え重大なミスを犯したとて……その延長上に掛け替えのない絆を生んだ事実——

 あの男の娘大尉アシュリーから送られた激励が、揺るぎなき意思となって表情へと表れていた。


「——いいだろう、クオン。処遇は追って伝えるものとして……まずはイクス・トリム救済に尽力した君の件を合わせて上層部と協議する。君はこちらの指示があるまで霊機隊を待機させておくんだ。いいな?」


 破天荒皇子のお付きがもたらした、これまた破天荒な行いは……彼女に備わるの為せる技となり——重く沈むかに思われた場を程よく解きほぐす。

 蒼き英雄が艦隊指令へ首肯したのを一瞥した破天荒皇子が、「でかした。」との視線をお付きの眠り姫シバへと送り——にへらと微笑む、安寧に満ちた眠り姫も歓喜に包まれる事となる。


 そして程なく、事態究明に取り掛かる部隊重鎮達。

 彼らが成した偉業と望まぬ波乱が過ぎ去った今、故に成すべきこれからを話し合うその影で——


 部隊の誰もが様子だにしない場所から、暗き浸蝕が進み始めていた。

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