第113話 漆黒の電脳姫、ユミークル・ファゾアット
「――と言う訳だ、アシュリー!これよりこちらの事後処理を、また君に任せる事になるが――」
「ちょっと待ちなさいよ、クオン。」
初めて訪れた、己が判断の致命的な過ち……それが生む憂いの末路に。
これまでが出来すぎていた事も多分に関係しているであろう――だが、彼は仲間である
最前線での重責を負う現場指揮官としては、まさに有能極まる配慮でこれまでの作戦を支えていたのだ。
その一端を己が身で嫌という程味わった
そして――
「あなたも大概重すぎるモノ……背負ってたのね。けど私から一つ――あなたのこれまでの行いに、間違いは無かったと言わせて。でなければ――」
「私は、こんなにも充実した人生を送る事なんて出来なかった。きっと今頃全ての男性を憎悪し――クロノセイバーなんて部隊、滅茶苦茶にしてたと思うから。」
「アシュリー……――」
語られたのは、英雄の決断が生んだ新たなる絆の切なる想い。
彼の行いは確かに……ソシャール イクス・トリムの木星重力圏への落下――さらには元凶である少尉の反意を招いた。
だが……英雄が英雄として下した判断で、その人生が救われた者が確かに存在する。
男の娘大尉の口にした言葉は、まさにその一言に尽きていた。
「だからさ……どんな結果が待ってようと――胸を張ってればいいんじゃないかしら?何かあれば、私達ラグレア隊もチーム総出で協力するからさ。」
英雄の判断が生んだ結果で、信の置ける仲間へと昇格した男の娘大尉へ……少しだけ楽になった英雄はその心情と供に首肯――改めて、心からの謝意を彼女へと贈呈した。
「すまない、アシュリー。ありがとう……感謝する!」
》》》》
救いし者がクロノセイバーと名を変えてからも、幾つもの救済行動を
皆一様に、その我が家でもある
だが、すでに尊き日々の欠かせぬ場所となりつつあったそこへ——今響くのは銃声と怒号。
「諦めてこちらに投降せよ!
「……くっ!?予想以上に対応が早い……こちらもダメか!安寧に包まれた平和しか知らない奴らが、生意気な——」
艦全長400m越えを誇る旗艦。
全幅と全高を含めれば、小企業の所有するソシャールに匹敵する居住等スペースを持つ
しかし現在、旗艦指令の号令により……その各種アクセスゲートが強制ロック——不法侵入者として追われる
ブリッジから直通とも言える中央通路は、エスカレーターとエレベーターにより艦底部へ通じる経路だが——エスカレーター部は各フロアでそれぞれ独立した隔壁を持ち、旗艦上段フロアと下段フロアも合わせて隔離できる機構である。
緊急時の備えとして設けられる非常設備が、少尉の逃走速度を鈍らせる結果となっていた。
逃走の最中、追いすがる
諜報部少佐の行動に合わせ、
「各セクション……主計含む民間協力クルーらは、決して持ち場の隔壁を解放するな!今
通信を各艦へ放ちながら、旗艦指令は歯噛みする。
曲がりなりにも、今の今まで仲間であり家族として過ごして来た少尉——その彼女の巻き添いを喰らうと言う表現……それは彼女の放つ凶弾が仲間を撃ち抜く最悪の事態である。
なぜ家族である者に、銃を持って命を奪われなけばならないと……その指示を出した指令こそが、悔しさにその表情を歪めていた。
家族と向き合うとした蒼き英雄の判断に……旗艦指令は何よりも同調していたのだ。
確実に退路を断たれ——
徐々に距離を詰められる反意の少尉。
だが——彼女はもはやこの様な艦になど後腐れも無いとの殺意を
その視線が……部隊にとって最悪のタイミングとも言える瞬間を目撃してしまう。
「はいっ!ロック良しなのです!それにしても
少尉の視線に映った人影……それは今しがた重要施設施錠を確認した、艦の技術管理者として同行する人ならざる少女——技術管理監督官のリヴ嬢である。
重要施設開閉は軍部上位……又はそれに準ずる権利者による生体認証が必要不可欠であり——監督嬢がその施錠に
視界に捉えるは人ならざる者――
だが皮肉にも、反意の少尉は知り得ている。
例え人ならざる者であれ——それが命ある生命体であれば、
命救済のために組織された部隊が……その命を犠牲にして自分を捕獲しようとするなど、あるはずが無いと思考に宿した。
そして——
「……丁度いい——私の盾になって貰うぞ!」
「ふぇっ!?
「監督官っ!?しまっ——」
想定外を突かれた諜報部少佐の視線の先——
監督嬢が反意の少尉に気付くか否かの刹那……彼女の背後へ回り込んだ反意の少尉は、そのか細き腕を捻り上げ——
家族であった令嬢の背へ……銃口を突き付けた。
「痛っ!
「せめてもの情け——本気で撃つ様な事はしたくは無い。けれどそれは、あちらの出方次第だ……!」
冷たい殺意が監督嬢の背筋を撫で上げる。
耳打ちされた声に宿る感情で、背を取った女性が本気であると悟る
その視線の先、少尉を追う操舵士である男性と旗艦指令を視界に捉えた監督嬢は目配せする。
「私は大丈夫です。」との意を宿して。
「
悔しさと無念が入り混じる旗艦指令が、家族であった少尉への最終警告と供に鋭い眼光を突き付け……同時に、指令に合わせた諜報部少佐が拘束用
しかしすでに退路の無い状況下、追い詰められているはずの少尉は言い放つ。
まさにこれより……クロノセイバーとの関係を完全に絶つ事となる宣言を——
「宇津原?そんな者はもういない。とっくの昔、そんな名は本名と言う虚像として捨てた。言っておいてやる——」
「私の名は電脳姫のユミークル・ファゾアット。この名は私が心酔する漆黒の天才——エイワス・ヒュビネット隊長から頂いた名だっ!」
「……エイワス……ヒュビネット!そう言ってしまうのか、少尉!我らの家族であった君が、その名を口にしてしまうのかっ!!」
「黙れっ!私はお前達を、家族と思った事など欠片もありはしない。……家族?仲間っ!?反吐が出るっ!」
「私はその家族と呼ばれた本当の肉親にすら見捨てられたんだぞっ!?家族だけじゃない——地球と言う世界全てが私を否定したんだっ!!」
剥き出しの殺意が、悲痛を伴い元家族へと突き付けられる。
もうその差し出した救いの手が——手遅れだと言わんばかりに。
「そんな私を受け入れてくれたのは隊長だけ……。人々に忘却された血塗られた世界の闇全て……その救済を宣言した漆黒の革命者——」
「ザガー・カルツ部隊の……エイワス・ヒュビネット隊長だけなんだよっ!!」
決別の時が訪れた。
反意の少尉は元家族の前で、その名と……僅かに過ごした日々の全てを投げ捨てた。
そこへ——外部より強制通信。
反意の少尉が所有する携帯端末——感情は希薄……しかし多分に狂気を孕んだ幼さ残る声が響いた。
『ユミークル、手間取るな。さっさとこちらへ合流して。隊長に叱られる。』
「分かってるから少し黙ってろ、この操り人形。すぐにそちらへ向かう。」
反意の少尉への通信から時を置かず、旗艦指令へも通信が飛び——
『こちらバンハーロー!エウロパ宙域にて敵機体反応を確認……数は1!重火線砲装備からして、敵のスーパーフレーム ハーミットと推定!指示を請う!』
「待機だ!こちらの事態と関連しての接近であれば、それ以上の攻撃は無い!むしろ今、敵機が被害を受ければ監督官の命が危ない状況だっ!」
『何ですとっ!?くっ……了解!キルス隊及びラグレア隊は宙域で警戒待機する!』
退路を断たれていたはずの少尉は、監督嬢の背を銃口で突く様に誘導——そのまま最も近くに確認した緊急脱出シャトルゲートへと……視線は旗艦指令らへ向けたまま移動する。
「私がここより離脱する間、監督官を人質にする。大人しく緊急シャトル用ゲートロックを解除するなら、追って彼女を解放する。言っておくが——」
「その間に変な気を起こせば、彼女の体に風穴が開くぞ……。」
「……少佐。彼女の言う通りに——緊急シャトルゲートのロック……解除だ。」
「……止むを得ませんね。了解……解除します。」
少尉の意思は離脱さえ叶えば良いと言う物。
それを察した旗艦指令の指示で、苦渋の表情を噛み殺した諜報部少佐はシャトルゲートのロックを解除——それを確認した指令が全艦へと臨時指示を飛ばした。
「フレーム隊を含むすべての者へ告げる!これから脱出する緊急シャトルには、敵対を宣言した少尉と……監督官リヴ嬢が搭乗している!各員——」
「これより、そのシャトルに対する手出しの一切を禁止する!指示があるまで待機せよっ!」
指示を終えた旗艦指令は、歯噛みしたまま元家族であった敵対者を睨め付けた。
元家族である反意の少尉——否……
直後旗艦より一機のシャトルが虚しさを残して、接近した操り人形と称された少女が駆る
人質となった監督官を……未だシャトルへと捕らえたままで——
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